六章  “未知への壁フィッシャー・ディ・デビトル


 高エネルギー砲によって発生した熱が収まりつつあるモニターの中の風景に見出したのは、破壊されたデルヘンの街ではなかった。
 壁だ、と男――円卓の騎士ナイツオブラウンド“ガラハッド”は思った。街の周囲の景色が微妙に歪んでいる。肉眼では確認しにくい壁に攻撃が遮断されたのだ。

「衝撃忍耐システムか!? いや、しかしあれは……」

 衝撃忍耐システムで空中に、しかも広範囲に渡ってバリアを張るのであれば、ベールを生成するソフトボールほどの大きさの装置を大量に飛翔させなければならない。それがどこにも見当たらないことから、衝撃忍耐システムを使用したのではないことが分かる。では何なのだ? 新しい発明品だろうか?
 別の方法、と考えに考えて導き出した答えに、男は恐怖を覚えた。

「まさか……“未知への壁フィッシャー・ディ・デビトル!?」

“未知への壁”は空間転移テレポを引用した古代魔法である。広範囲に渡って張り巡らされた魔法のベールが熱や衝撃などを吸収した後、それが一塊となって“未知への壁”を詠唱した者の任意の場所に転移。そして、吸収したすべてのものを放出する。

「だが、あれは“あの方”しか使えないはず……」

 彼の言う“あの方”が“未知への壁”を使うはずがない。“あの方”は破壊を望んでいるのだから。何の意味も持たぬ街や人々を守ったりしない。
 最終的に辿り着いた答えに、ガラハッドは再び言い知れぬ恐怖に駆られた。

 ――“あの方”と同じ力を持った者がいる……

 “あの方”――アーサー王の力は絶対的なものだった。過去にガラハッドが挑んで惨敗した“赤のたてがみでさえも敵わない力の持ち主であり、その者に対して昔から恐怖心を持っている。今は形だけでも仲間であるからいい。しかし、敵の中に同じような力の持ち主がいるとなれば、生きた心地がしないというものだ。

「――どうですか、下の状況は?」

 突然にして背後からかけられた声に、ガラハッドは飛び上がらんばかりに驚いた。死人のような顔になって振り返ると、出入り口のところに青い長髪の巨漢が立っていた。

「主上……」

 穏やかな微笑みを浮かべる巨漢――アーサー王=ブラスカは、硬直しているガラハッドのそばまで歩み寄ると、モニターを覗き込む。瞬間、彼にしては珍しく険しい表情をした。

「“未知への壁”……まずい! こちらに転移される!」

 ブラスカが叫んだのと爆発音がとどろいたのは、ほぼ同時だった。
 音源は近かったが、大空城はシールドに守られているために転移された高エネルギー砲の爆発の被害を受けることはない。それでもブラスカが鋭い声で回避を求めたのは高エネルギー砲最大の恐怖とも言える高熱を恐れてのことだろう。
 シールドは高温――四万度以上の熱に弱い。炎魔法などではそう簡単に消滅したりしないが、高エネルギー砲の五万度近い熱では、大空城はたちまち炭の塊と化してしまう。
 ブリッジで城を操縦している“空のみかど”にガラハッドが通信を入れると、大空城が大きく傾いた。
 空気の熱伝導率は低いとはいえ、勢いのすごい爆風に乗ってくるとなれば別である。
 急降下のために、ガラハッドたちを凄まじい重力が襲った。妙な浮遊感と口から心臓が飛び出しそうな、嫌な感じがする。呼吸さえもできない時間は思った以上に長かった。

『――安全圏に入りました』

 凄まじい重力からようやく開放されたとき、身近の通信機から“空の帝”の静かな声がした。

『お二人とも、ご無事でしょうか?』

 無事です、とブラスカが答える。

「しかし、酔いました……」

 脅威の欠片も見受けられない顔をしたブラスカは、近くの椅子に腰掛けた。――すこぶる顔色が悪い。

「冷たいお飲み物でもお持ちいたしましょうか?」

 ガラハッドが訊ねると、端整だが弱った顔は頼んだ、と頷いた。

『――大変です』

 と、まったく大変そうに思えない落ち着いた口調で“空の帝”が告げたのは、飲み物を持って来ようとガラハッドが席を立ったときだった。

『侵入者です』






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