七章  破壊こそが美


「――美しい……実に美しいよ」

 大空城の庭園にはなぜかひまわりばかりが咲き誇っている。天高くに輝く太陽に、種のある部分を向けているひまわりの様子は、希望のともしびに幸福を願う人々にさえ見えた。
 そんな美しい場所に銀髪の男――人形めいた端整な顔立ちは女にも見える――が立っていた。ひまわりの花びらを一枚取ると、自分の花に押し当てる。

「――誰ですか?」

 背後から声をかけられても男は振り返らなかった。

「美しい庭園ですね。一面黄色でとても綺麗だ」

 ようやく振り返ったとき、背後に佇んでいた青い長髪の男が少しだけ眉をひそめた。整った顔立ちは年齢不詳で、背は高い。

「褒めていただけて嬉しいです。この庭園は私がつくったものですから。それよりも、あなたは誰ですか?」
「僕はクジャ。美しいものを好み、醜いものを嫌う召喚士です」



 召喚士――その単語を聞いた瞬間、アーサー王=ブラスカの心の奥底で大きな破壊衝動が湧いた。
 遥か昔に世界中の人間が尊い、愛し、希望の光だと絶賛していた召喚士。だが、ブラスカは彼らを憎んでいた。彼らは自分たちを封印しようとする。長い戦いを繰り広げたあげく彼らに自分以外の円卓の騎士ナイツオブラウンドを封じられてしまった。
 ブラスカがあちらの世界からこちらに戻ってきたときに恐れたのは召喚士の存在だった。自分が強大な力を持っているとはいえ、多くの召喚士にかかられればなす術もない。そんな不安を抱いたまま酔うような街を回り、召喚士が全滅したという噂を耳にした。これで安心して自分の目的を達成できると思っていたが、今目の前にその全滅したはずの召喚士が佇んでいるではないか。

「……私たちを封印しにでも来たのですか?」

 たった一人でいる召喚士などただの雑魚にすぎない。いつでも攻撃できるよう腰に差した“湖の剣エクスカリバー”に手を伸ばす。

「いやいや、僕はあなた方の破壊活動に参加しようと思いましてね」

 まるで世間話をするかのような調子でクジャは言った。

「ぜひとも僕を仲間に入れてほしいんだ」

 ねっとりと微笑むクジャをブラスカはねめつけた。
 これまで敵対していた存在が突然味方につく――不審に思わぬ人間がどこにいようものか。それでも心の片隅で利用できる、と思う自分がいる。あちらからのスパイかもしれないが、それが判明したら殺せばよいではないか。
 心中で迷いに迷った末、ブラスカはクジャの申し出を承諾することにした。

「私たちに加入しようと思った理由はなんですか?」
「僕はこの世界にいる、とある人間を憎んでいる。その人も、その人のいるこの世界も破壊したいだけですよ」

 なるほど、とブラスカは頷く。
 満足のいく理由ではないが利用価値は十分にありそうだ。

「では城内へお連れしましょう」

 心中の黒い微笑みを表に出さず、ブラスカは最後まで紳士的に応じた。


 +++


「どうやら円卓の騎士の中に優れた技術者がいるようだ」

 遥か遠くに逃げていく大空城を見つめながら、短い黒髪の男――エリオル・ヴァレインは呟いた。
 航空局から“城のようなものが浮いている”と聞き、彼は遥か昔に大空城が存在したことを思い出したという。おそらくは街に溢れる人々を狙って攻撃してくるだろうと予測され、それを防ぐためにユウナは街に連れて来られたのだ。
 予測どおりの攻撃――それをユウナが古代魔法で防ぎ、更には大空城の近くに転移した。撃破までは至らなかったが撃退することには成功。事態がこれほどまでに小さな規模に納まったのはエリオルの鋭い推理力のおかげと言えよう。

「さて、こうもゆっくりとしていられないわけだ。

 エリオルが言わずともユウナにだってそれくらい分かる。
 この街はじきに大量の衝撃忍耐システムに守られることになるらしい。先日、他国にもそれが輸出されたらしく、大空城からの攻撃は完全にシャットアウトされる。そうなれば円卓の騎士たちも地上戦に身を乗り出すだろう。そうなる前に大空城ごと奴らを破壊する。それがユウナたちのしなければならないことだ。

「リンドブルム王が飛空艇を出してくださるそうだ」
「それであのお城を壊すんですね」
「それで済むのなら簡単だけど、そうはいかないよ。城にはシールドが張られている。並みの攻撃じゃあ突破できないよ」

 “シールド”は属性魔法を吸収し、通常攻撃を無効にする防御魔法である。兵器は火属性か雷属性のどちらかに分類されるため、シールドの張られた大空城には通用しない。そこで先ほど無属性魔法に分類される古代魔法で討とうとしたのだが、街にまで被害が及ぶ可能性があるので急遽きゅうきょ守備の古代魔法に変更したのだった。“未知への壁フィッシャー・ディ・デビトル”で高エネルギー砲を大空城に転移――上手くいけば高熱で城を消す炭にできたのだが、おしくも逃がしてしまった。

「リンドブルムをずっと南下したところに広い砂漠がある。そこでならいくらでも古代魔法を使ってくれても構わないけど、誘導するのは難しいだろうね〜。それに奴らも城を攻撃させまいと、わざとどこかの街の上空に待機する」

 海の上なら、とユウナは提案したが、ラミューダ海にしても他の海にしても大切な財産だ、と却下された。

「――さて、大空城に突入する件だけど」

 エリオルは愛用のパイプに火を灯すと、優雅に吸い始める。

「リンドブルム王に飛空艇をお借りしたのはあくまで大空城に潜入するためだけ。そしてなぜリンドブルムの飛空艇かというと、シド大公――リンドブルム王――の設計した最新の飛空艇には衝撃忍耐システムが搭載されているからだ。更にスピードも速いから防ぎ切れない攻撃から逃げられる」
「へぇ〜」

 ユウナはなんとなく空を見上げた。

「ん?」

 そのとき、巨大な積乱雲が浮かぶ空に小さな影を見出した。

「……鳥?」

 鳥にしては少し大きいような気がする。あるいはただ距離が近いから大きく感じただけかもしれない。
 
「何……」

 ユウナが虚空に訊ねた刹那――世界が光に包まれた。

「!?」

 青白い、寒気を引き起こすような光だった。すべての絶望が集結し、世界を破壊するようにさえ思える。
 ユウナはその光に見覚えがあった。しかもそれほど昔の話ではない。大粒の雨に打たれているとき――そう、確かあれは黒竜の背に乗ってこの国に向かっている途中だったはず。

 ――クジャ……。

 唐突に思い起こされた名前にユウナは嫌悪さえ感じた。
 アクアスで、クジャの銀竜に襲われた村を見た。民家や木々は残っていたのに、人間だけが残像もなく消滅したという。もしも今見ている光がそれと同じものなら――

汝罪なる者ならば

 ユウナは咄嗟とっさに古代魔法を詠唱する。

我の神なる力に打ち滅ぼされん。すべては我に、我はすべてに――」

 だが、ユウナの魔法が完成するよりも早く、激しい光が地へ落ちた。同時にすべての音が消え、見るものすべてが青白く染まる。
 ユウナはあのときと同じように目を閉じた。――その目が再び開かれることは果たしてあるのだろうか……。








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