九章  突入!


 地面ごと引き抜いた木のような形の浮遊物体――円卓の騎士ナイツオブラウンドのアジトである大空城は、まるで空の飾りであるかのように空中に静止していた。
 その城の周囲を旋廻している無数の光は鳥だろうか? ――いや、違う。あれは飛空艇だ。数機の飛空艇が大空城を砲撃している。



「まったく。邪魔なハエどもだ」

 モニターに映し出された敵の飛空艇を見て、円卓の騎士ガラハッドは呆れた顔をする。
 突然の襲来だったが、焦る必要は皆無だった。大空城はシールドに守られているから、火属性に分類される数々の兵器は吸収される。先ほどから砲撃を繰り返している敵の飛空艇がハエに見えるのも無理はない。

「さて、と。そろそろ駆除に取り掛かりますか」

 ガラハッドは事務仕事でも始めるかのような冷静さで、大空城に備えられているレーザー砲の起動スイッチを押した。そして、コントロールパネルをピアニストのような鮮やかな手つきでいじり始める。

「地獄へ落ちろ!」

 大空城からレーザー砲――すなわち高熱を持った赤い光が吐き出された。そしてその光は周囲を旋廻している飛空艇を確実に打ち落とす――はずだった。

「何!?」

 驚愕の表情を浮かべたガラハッドの目に映っていたのは、相変わらず砲撃を続けている飛空艇だった。確かにレーザー砲は直撃したはず……それなのに向こうの飛空艇は火を上げるどころか気体に傷一つ付いていない。

「そうか! 衝撃忍耐システムッ!」

 ガラハッドはセルク王国きっての発明品の名を吐き捨てた。
 自分たちがまだ当たり前のようにこの世界に君臨していた頃にはあのような優れた防御システムは存在しなかった。聞く話によると、あれは今のセルク王が開発したもので、どんな攻撃も無効にする最強のバリアらしい。先日のこちらの襲撃はあのマシンのせいで失敗に終わっている。そして今も――
 あの飛空艇にはどうやら衝撃忍耐システムが搭載されているようだ。

「こしゃくな」

 モニターを睨みながらガラハッドは憎悪のこもった声を出す。――警報がけたたましく鳴り響いたのはそのときだった。

「何事です!?」
『侵入者が確認されました』

 操縦席に通信を入れると、この城の舵を握っている“空の支配者”の落ち着いた声が返ってきた。

『飛空艇が一機、庭園に着陸しています』

 しまった、とガラハッドは舌打ちする。先ほどから大空城を攻撃している飛空艇は、本陣が安易に侵入するためのおとりだったのだ。だからシールドに守られていることを知っても攻撃し続けていた。それに気づかなかった自分が悔しい。

「他の騎士たちを庭園に集めましょう……ん?」

 ガラハッドの提言に対する“空の支配者”の応答はなかった。

「どうしましたか、“空の支配――」
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 代わりに聞こえてきたのは女のものと思われる、断末魔の悲鳴と湿った肉が床に落ちたような音。

「何が起こったのです!?」
『――別になんでもないのよー』

 スピーカーの向こうから聞こえてきたのは、男なら誰もがぞっとするような女のアルト声だった。それは先ほどまでガラハッドと通信を取り合っていた“空の支配者”のものではない。

『円卓の騎士って大したことないのね〜』

“空の支配者”がいとも簡単に殺されてしまったことよりも、スピーカーの向こうにいる女の侵入の早さに驚きを隠せない。あまりにも早すぎではないか。飛空艇が侵入してきたのはついさっきのことなのに……。


『あら、ごめんなさい。あなたを置き去りにしていたわ』

 侵入者の声は余裕と自身に満ち溢れている。

『私はシスター・デリア。あなたの名前は言わなくても結構よ。どうせ死ぬんだから』

 あまりにも舐めきった女の台詞に、ガラハッドは怒りを覚えた。同時に、わずかだが胸の内に恐怖が湧き上がっている。

『えっと、そっちは兵器制御室ね。すぐに行くから待ってなさい』
「……くそっ」

 ガラハッドは通信を切ると椅子から立ち上がる。操縦室に向かおうと出入り口のドアに手をかけた――

<――どこへ行くの?>

 ぞっとするような女のアルト声は意外なほど近くから聞こえた。だが、声の主はどこにもいない。

<私はここよ>

 ガラハッドの背筋を悪寒が走る。
“それ”は通気口から姿を現した。ジュル、ジュル、と気分が悪くなるような異音を立てて床に下りてくる。着地するときにベチャ、という音を立てたのは秘密だ。
 ガラハッドには“それ”が何なのか理解できなかった。ゲル状の“それ”は生き物のように床を這い、ガラハッドの正面までやってくる。
 そしてそれは、人の形を形成し始める。――長い金髪の美女だった。玉のような白い肌と、白いシスター服が妙にマッチしており、宝石のように輝く翠の瞳が印象的だ。男ならば一目惚れも確実だろう――敵対さえしていなければ。

「初めまして、円卓の騎士。――そしてさようなら」

 初対面の挨拶は一瞬にして終わった。
 ガラハッドが剣を取り出したときには、尼僧の姿は完全に掻き消えている。咄嗟とっさに側転していなければ、ガラハッドの身体は真っ二つに斬り裂かれていただろう。尼僧の剣は虚しくも空気だけを斬った。
 
「ちっ!」

 いままわしい舌打ちとともに尼僧は次の攻撃に出る。ガラハッドは剣を裏手に持つと、攻撃態勢の尼僧のほうに跳躍。
 甲高い鉄のぶつかり合う音とともに火花が散った。

「強い!」

 尼僧の力はガラハッドよりも明らかに上をいっていた。同士討ちしたときにわずかだが自分の身が後方に弾かれたのだ。

 ――なぜだ……ただの人間なのにっ!

 ガラハッドは確かに本気で剣を振った。普通の人間ならば大きく弾き飛ばされていたはずの一閃だ。にも関わらず、美しい尼僧――デリアとか言ったか――は今もなお目の前で剣技を繰り出している。
 思えばこの尼僧は登場したときからおかしかった。最初は人ではない別の何か――ゲル状の物体ではなかったか。その時点ですでに普通の人間ではない。

 ――こいつはいったい……。


 +++


 大き目のコッペパンに温かいコーンスープ、海藻サラダ、牛乳。それがクレルムに与えられた夕食だった。こんなものしかないが、と看守は悪びれた様子で夕食を渡してきたが、捕虜のクレルムにとっては豪華すぎるほどだ。
 冷房の効いた独房は涼しくて快適だった。四方のうち三方が壁、あとの一方は格子が降りている。その向こうでは看守の円卓の騎士が二人ほどいるが、先ほどから読書に明け暮れている。
 独房は狭いが自分が捕虜であることを忘れそうなくらい自由に過ごせた。鎖を繋がれるわけでもなく、手錠をかけられるわけでもなく、ただこの四角い部屋に入れられただけ。しかも部屋には綺麗なベッドやたくさんの本が並べられた本棚があり、とても捕虜を監禁する牢屋には思えない。
 更に付け加えると、看守が恐ろしいほどに優しい人柄であった。クレルムをここに連れてきた眼鏡の優男やさおとこも丁重な扱いをしてくれたが、看守の優しさには及ばない。ここに入ったばかりの頃、男の看守は「困ったことがあったら言えよ」などとクレルムを労わるような言葉をかけてくれた。もう一人の赤毛の女に至っては、言葉遣いこそ穏やかではなかったが、ここに連れてきたことを謝罪していたほどである。
 クレルムにはさっぱり理解できなかった。破壊の道を進む円卓の騎士ともあろう者がなぜそこまで優しさをもって自分に接するのか。

「あの……」

 本来なら捕虜である自分が看守に話しかけるのもしてはならないだろう。しかし、二人の看守がごく普通にこちらを向いた。

「なんだ? 飯が口に合わなかったのか?」

 そう訊いてきたのは赤毛の女のほうだった。白色に近い顔はなかなか美しいが、口調だけはどうにも汚くて淑女には程遠い。

「いえ、そういうことではなくて……。あの、そんなにお仕事をおろそかにしてよろしいのですか?」
「だってお前、逃げねえだろ?」
「まあ、そうですけど……」

 本当ならクレルムはここで内部崩壊作戦の一章である“誰かの陰謀”を実行しなければならなかった。しかし看守があまりにも消極的すぎる。これでは陰謀を囁いても軽くスルーされるだけだろう。

「それと、先ほどサイレンが鳴ってましたけど、何かあったのですか?」

 さあな、と赤毛の女の返事は適切とは違う意味の適当だった。

「たぶんお前のお仲間が侵入してきたんだよ。ま、どうでもいいけどな」
「どうでもいいって……」
「正直、あたしゃアーサー王に死んでほしいんだもん」

 まるで自分の飼っていた虫の生死がどうでもいいとでも言うかのような女の発言に、クレルムは驚いた。

「ここだけの話だけどさ」

 赤毛の女は邪気のこもった微笑みを浮かべると、格子に寄ってくる。

「あたしら二人には破壊衝動ってもんがねえんだ」








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