十章 偽りと衝動
「――あたしら二人には破壊衝動ってもんがねえんだ」
赤毛の女――円卓の騎士ベディエルの口調は、友達に誰かの好きな人を教えるような密やかなものだった。しかしその口から飛び出した言葉は世界が破壊されるよりも衝撃的である。
「どういうことです? 円卓の騎士は生まれながらにして破壊衝動を持っているのでは?」
半ばパニックに陥りながらクレルムは問うた。
「昔はあったさ。他の奴らは今でも持ってると思う。けど、今のあたしとこいつは綺麗さっぱりなくしてる。円卓の騎士としての力はあるけどな」
つまり、この二人は力はあってもそれを破壊に使おうとは思っていないわけだ。それどころか、自分たちの長であるアーサー王の死さえ望んでいる。
「でも破壊したがってるふりでもしねえとこっちが殺されちまう。今は事を起こせねえ」
事を起こす、とは反旗を翻すということだ。すなわち彼らは近い将来アーサー王及び他の騎士たちを討ち滅ぼそうとしていたのである。此度の敵――クレルムにとっては味方――の侵入は、彼らにとっては喜ばしいことだろう。
「お前んとこは実際どうなんだ? 強いのか?」
「ええ、まあ……。こちら側にアーサー王に近い力を持ったものがおります」
「噂は聞いてる」
アーサー王に近い力を持った者――シスター・ユウナが実際どれほどの実力者なのかは知らないが、竜巻や津波を起こせる力に近いということは、一般人とはかけ離れた力の持ち主であるということは推測できる。
「アーサー王はただもんじゃねえ。他の騎士とは比べもんにならねえほどの力を持ってやがる」
ベディエルは脱獄した凶暴な殺人犯のことを話題にしているかのような、警戒した声色で語る。
「あいつの周りには常にシールドが張られてる。攻撃態勢のときでさえも」
防御魔法“シールド”は、一旦唱えれば一定時間継続される。ただし発動するのは防御態勢のときだけで、攻撃に出たときは無効化してしまう。つまり、攻撃態勢のときでもシールドが有効にできるアーサー王はどう考えても異常なのだ。
「それからあの古代魔法。あれがあるからあいつは恐ろしい」
通常の魔法と古代魔法の力差は圧倒的だった。通常魔法は上級に至っても大した破壊力を持たない。最も規模の大きいもので街一つ。それに対して古代魔法は世界を滅ぼしかねないほどの強大なものだ。ベディエルが恐れをなすのも無理はない、とクレルムは思った。
「けどあたしゃその古代魔法に不審な点を見つけた」
「不審な点、とは?」
「古代魔法で世界を破壊し尽すなんて簡単なことだろ? 疲れもなきゃ使える数が限られているわけでもない。ただ長い台詞を言えば済む。なのにあいつはそれを使わないんだ」
「先日、津波や竜巻を起こしたようですけど?」
「それ以来使っていない」
「でもそれは衝撃忍耐システムがあるから諦めたのでは?」
違う、とベディエルは壁しかないほうを見る。
「そのなんたらシステムってのがない時代でさえも使おうとしなかったんだ。一発どでかいのをぶっ放せば終わるものを。――きっと、使うと不利益を生むようなことがあるんだ」
それは何かの核心に迫るような発言だった。それさえ知っていれば、アーサー王を追い詰められるような気さえする。
「この城の奥になんかの装置があった。それがどういうものかは分かんねえけど、もしかしたら古代魔法やシールドと関係あんのかもしんねえ」
「それを調べることはできますか?」
「ああ。――ほんじゃ、今から調べるとするかな」
そう言うとベディエルは立ち上がり、出入り口のほうへ歩き出す。
「ああ、そうだ。ちょっとお前らにやってほしいことがある」
+++
「こんなところまでどうしたのかね? ベディエル」
薄暗い空間に佇む眼鏡の男は教師めいた口調で、入ってきた赤毛の女に訊ねる。
「お前こそこんなところで何やってんだよ、ガウェイン」
ベディエルはこの眼鏡の男――ガウェインがあまり好きでなかった。ガウェインに限らず、頭のいい男はみんな嫌いだ。教師めいた落ち着いた口調は癇に障るし、自分の賢さをアピールしているのを見るとイライラしてくる。
ガウェインはまさにそれらと合致していて、吐き気をもよおすほど嫌いな存在だった。
「私はこの装置の様子を見に来ただけだよ」
ガウェインは暗黒に息を潜める機械を指差す。
「これ、なんなんだ?」
「私もよく知らないんだが、シールドを生成するものらしい。主上が造られたものだ」
「へぇ」
ベディエルはすぐに興味を失ったように視線を出入り口に転じる。
「ベディエル、敵が侵入してきたのに君がこんなところをうろうろしているとは珍しいな」
「あたし看守らしいから。でもじっとしてんの耐えらんなくて出てきたけど、全部他の奴らに取られてた」
「なるほど。――王女さまはどんな様子だ?」
「石みたいに黙ってやがる。あいつの出番はまだなのか?」
「もう少し先になりそうだ。――くれぐれも丁重に扱いなさい」
分かってる、とベディエルは身を翻した。ガウェインを背後に、にやりと笑う。
+++
「おい! 王女が脱獄したってベディエルが」
けたたましく看守室兼独房のドアを開け放ったのは、忌々しい鎧を身にまとった男だった。ここまで駆けてきたのだろう、肩で息をしながらずかずかと中へ入ってくる。
それにしたいして看守のベイリンは暢気に茶をすすっていた。
「何、茶なんか飲んでんだよ! お前の暢気なとこ好きだけど、行き過ぎはよくな――え?」
憤怒を露にする男の首が、短い疑問符を最後に血煙を上げて吹き飛んだ。崩れ落ちる男の胴体の背後にいたのは長い茶髪の美女――クレルムである。
衝撃波ブレード――扇子の先端からマイクロフレアを発する最強の暗器を閉じ、クレルムはベイリンに歩み寄った。
「ボールス……いいやつだったけどな」
名残惜しそうに首のない死体に目を向けているベイリンにどんな言葉をかけてよいものか分からず、クレルムは沈黙していた。
「……仕方ありませんわ」
静かに発した言葉は自分でも残酷だと思う。自分たちのために仲間を陥れたベイリンの気持ちは痛いほど分かるが、本当に仕方がないのだ。
「行きましょう」
「上手くいったか?」
合流地点で待っていたベディエルに訊ねられ、クレルムはやや間があって頷いた。視線の端で落胆しているベイリンを捉える。
「気を落とすなよベイリン」
暗い顔をして佇むベイリンに気づいて、ベディエルが慰めらしい言葉をかける。
「これが上手くいけば、楽しい未来が待ってるんだぜ」
「おお……」
だがベイリンの様子にあまり変化はなかった。
「例の装置はシールドを生成するものらしい。つまり、アーサー王のシールドはその装置のおかげで継続されているってことになる。それを壊すと、セルクの軍に協力するとで分かれよう」
「私が軍のほうへ行きましょう。あなた方では敵と見なされてしまいます」
「一人で大丈夫か?」
大丈夫、とクレルムは頷く。
「できるだけ早く終わらせるから、あんま無理すんなよ」
「はい」
ベディエルとベイリンが通路のおくに行くのを見送ってクレルムは扇子を開いた。
「その間に――」
「その間に、何ですか?」
もしも反射的に扇子を後ろに振っていなければ、クレルムの首は血煙を上げて吹き飛んでいただろう。横から襲い掛かってきたサーベルは先端に刃のついた扇子に当たって金属音を上げた。
「こんなところで何をなさっておいでですか? 王女さま」
振り返った先にいたのは、クレルムを地上からこの城に連れてきた眼鏡の男だった。
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