十二章 “凍てつく魔女”
「――ほお、王女さまは戦闘を知っておられるのですか。さすがです」
慇懃な言葉遣いとは裏腹に、眼鏡の男の言葉には皮肉がこもっている。そして、クレルムの扇子を押さえつけている力には憎しみのようなものがこもっている気がした。
「では、お手並み拝見といきましょうか。ああ、私はガウェインと申します」
短い自己紹介と同時に、眼鏡の男――ガウェインの姿がかき消えた。
「玉体に傷をつけるやもしれません」
声は上からだった。クレルムの頭上、ガウェインはサーベルを振り上げた態勢で降下しようとしている。
クレルムは扇子を旋廻させる。大理石さえも粉砕するその一撃は、サーベルごとガウェインを斬り裂くだろう。しかし――
「!?」
放たれた衝撃波は呆気なくサーベルに弾かれてしまった。
「甘い!」
気合の一声とともに繰り出された一撃は、クレルムの扇子と交わって高い金属音を上げる。
「!?」
だが、次に驚くのはガウェインの番だった。扇子の刃が高速回転し、サーベルを弾いたのである。
ガウェインが怯んだ隙を見てクレルムは衝撃波を放った。防御態勢が万全でなかったガウェインは後方に吹っ飛んだ。
クレルムの第二撃、この暗器の大技である“マイクロフレア”を炸裂させる。放たれた白い光は大理石の床を抉りながら目的地を目指した。いくら円卓の騎士といえど、この攻撃には耐えられまい。
だが、確実にガウェインを仕留めるはずの光は、その直前で消滅した。
「本当にお強いですね。しかし――」
薄く笑うガウェインの周囲に緑色のベールが張り巡らされている。
「シールド!」
クレルムは吐き捨てるように“イージス”に次ぐ強力な防御魔法の名を口にした。
「そう。私にはこのシールドがあります。故にあなたは私に勝てない」
ガウェインの姿が再び消滅する。半瞬後には白昼夢のような唐突さでクレルムの背後に出現し、サーベルを振りかざしていた。
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“凍てつく魔女”の話をクルドは知っている。暇なときに読んだ円卓の騎士に関する資料の中にその文字はあった。天才的な黒魔法の使い手で、アーサー王以外の者に冷たく接していたことからそう呼ばれていたという。
クルドが大空城で最初に出会った円卓の騎士は、その“凍てつく魔女”――パーシヴァルだった。白銀の長い髪、年齢不詳の顔立ち、そして暗黒のローブ。魔力と呼ばれるにふさわしい容姿の女である。
「クルフレイド・ヴァレインと見た」
開口一番に言われて内心で驚く。
「へえ。俺も有名人ってわけか」
おどけた調子で言うクルドに対し、パーシヴァルは冷たく微笑む。
「汝はセルク王国の王子じゃからな。削除対象になっておる」
「あっそ」
どうでもよさそうに目を細めつつ、背中に隠れた右手の人差し指で魔方陣を描く。それはもう、完成しつつあった。
「それよりあんた、化粧濃いよ」
「……なんじゃと?」
どうやら事実なだけに彼女の癇に障ったらしい。顔を憤怒に染めると、手中に炎を出現させてそれを投げつけてくる。――これはクルドが最も望んでいた展開だった。
クルドの姿が小さな魔法陣だけを残してかき消えた。続いてそれと同じ魔法陣がパーシヴァルの足下に出現する。
黒魔法メテオ――宇宙から引き寄せられた一つの小惑星がパーシヴァルの頭上に現れた。闇ばかりがわだかまった空間に、大きな爆発音が轟く。
「はっ! ぬるいわ!」
だが、爆発に巻き込まれたはずのパーシヴァルは、邪悪な微笑みを浮かべていつの間にかクルドの近くに佇んでいた。不気味な形に手を動かすと何かを口走る。――刹那、先ほどのメテオを真似たかのような大爆発が起こった。
耳をつんざくような轟音と、激しく上がった火柱。地獄絵図のような光景がそこにある。
「あんたも人のこと言えねえな、“凍てつく魔女?」
轟々たる空間の中、クルドは平然と佇んでいた。その周囲に浮かぶ丸いものからは白い光が放たれている。
「ほお、それがかの有名な衝撃忍耐システムか」
同じく平然と佇むパーシヴァルは、何がそんなに面白いのか口元を綻ばせている。
「じゃが、おもちゃにすぎぬ」
パーシヴァルの姿が残像だけを残してかき消える。クルドが魔法を詠唱するよりも早く至近距離に入ってきて――もっと言えば衝撃忍耐システムがベールを生成するよりも早くに間接距離に入ってきて、持っていたロッドを丸い球体に振り下ろした。
「!?」
浮遊していた球体はいとも簡単に破壊されてしまっていた。
「ベールを生成するよりも早く破壊すればよい。弱点を知らぬとでも思っておったか」
すべての球体が闇に落ちたとき、凍てつく魔女の長身はクルドの間接距離に入ってきている。咄嗟に杖を構えるが、遅い。特別な呪が施されたロッドの一振りでクルドの身体は宙を舞った。
「くっ……!」
激しく身体を地に叩きつけられ、背中に激痛が走る。
「人間が我ら円卓の騎士に刃向かうなど、お遊びがすぎる」
パーシヴァルは喋りながら新たな魔法を繰り出そうとしていた。
クルドは背中の激痛を堪えて立ち上がり、古びた杖を強く握り締め、パーシヴァルとの間合いを縮める。
「はっ!」
間近に炸裂した“ファイガ”をぎりぎりのところでかわすと一気に間接距離に入った。
接近戦はあまり得意ではないが、この場面においてはそちらのほうが賢い戦い方だと言えよう。衝撃忍耐システムが破壊されてしまった今、クルドにとっては攻撃こそが最大の防御だった。
勢いよく振った杖は“凍てつく魔女”の長身を吹っ飛ばした。
「円卓の騎士も大したことねえじゃんか。特に“凍てつく魔女”さまなんか」
悔しそうに顔を歪めたパーシヴァルを見て、クルドは薄く微笑む。
「失せな」
クルドは最後の一撃をかますべく、高く跳躍した。空中で必殺の態勢となって一気に降下。先ほどの攻撃で大ダメージを喰らって動けないパーシヴァルにこの攻撃は防げまい。特別な呪のかけられた杖だから、シールドさえも貫通する。
しかし、クルドの攻撃がパーシヴァルに届くことはなかった。
「甘いわ、青二才!」
今しもパーシヴァルに留めを刺そうとしていたクルドの身体は直前で完全に停止している。――“ストップ”、という魔法だった。
「失せるのは汝のほうじゃ」
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