十三章  白き神の使い


「――失せるのはなんじのほうじゃ」

“凍てつく魔女”――円卓の騎士ナイツオブラウンドパーシヴァルは毒々しい微笑みを眼前で停止している茶髪の男に向ける。
“ストップ”は標的の動きを停止させる魔法。かかれば数分は身動きがとれなくなる。そしてまんまとパーシヴァルの仕掛けた罠にかかったこの男も例外ではない。
 パーシヴァルは勝利を確信した。相手が動けない以上、自分は好き勝手に攻撃できるのだから。さて、どんなひどいことをしてやろうか。

「なんぞ言いたきことはあるかや?」

 ある、と唯一動かすことのできる口で茶髪の男――クルドは言った。どうせこの男は助からないのだから、最後に戯言たわごとくらいは許してやろう。

「ほお、では言ってみよ」
「――我は地獄の底より炎を呼び覚まさん

 停止している男が口に出したのは意味を持たぬ文字の羅列だった。

汝は地獄の底より天に手を伸ばさん その手に握られし剣は世界を打ち滅ぼさん

 パーシヴァルはようやくその文字の羅列が何なのか理解した。それは自分の主が破壊に用いるもの。特別な力を持つものでなければ唱えることはできぬもの。――忌まわしい、古代魔法。

その剣 天の力によりて汝と交わらん――来たれ“炎の剣フランベルク

 クルドが古代魔法の詠唱を完了した刹那、虚空に向かって火柱が勢いよく吹き上がった。それは徐々に何かの形に変化し始める。――剣だ。巨大な炎の剣が完成しつつあるのだ。
 だが、“凍てつく魔女”はそれを見て驚いたりしなかった。

莫迦ばかめが! わらわにはシールドがある故、“炎の剣”は効かぬ!」

 本当に莫迦な男だ、とパーシヴァルは胸中で呟く。シールドの存在を知らなかったのだろうか? あるいは自分の窮地きゅうちに気が動転してその存在を忘れていたのかもしれない。
“炎の剣”が鳥の急降下並みの速さでパーシヴァルに向かって落ちていく。だがしかし、そのときには“凍てつく魔女”の身体は薄い緑色のベール包まれている。火属性魔法である“炎の剣”はシールドに吸収された――はずだった。

「!?」

 パーシヴァルはこの日初めて目を見開くという行為に至った。
 全身が焼けるように熱かった。心臓が握りつぶされたような感覚さえする。そして鼻に突き刺さる肉の焦げる臭い……。
 彼女の左胸に、炎をまとった剣が突き刺さっていた。

「……なぜっ」

 苦しさに耐え切れず、その場に膝をつく。

「――あんた、本当に莫迦だな〜」

“ストップ”が解けたらしい茶髪の男がパーシヴァルのそばに歩み寄ってくる。

「“炎の剣”は一見して火属性に思えるけど、古代魔法は全部無属性だから“炎の剣”も無属性になるってわけ。だからシールドは意味がない」

 そうじゃったのか、と遠のいていく意識の中でパーシヴァルは呟いた。

「まあ、楽になれよ、“凍てつく魔女”」

 眼前で無表情に佇む男が、いつか愛した誰かに似ている気がした。その男を殺したのは紛れもない、自分自身。破壊衝動など持って生まれたばかりに彼を――
 だが、今なら殺さずに愛し続けることができる気がする。あの世でもしも彼に逢えたらきっと――
 円卓の騎士パーシヴァルは、大切なものを見つけて、眠りについた。


 +++


 肉の裂けるような音がした。
 だがそれは、決してユウナの身体がミルディンの薙刀なぎなたに引き裂かれたからではない。目を開くと、背後で薙刀を振り下ろそうとしていた巨影は完全に消滅していた。――わずかな血痕を残して。
 ガサガサ、と近くのひまわりが揺れた。ミルディンか、あるいは別の誰かか――いずれにしても剣を構える必要があるだろう。
 ガサ、とひまわりが一際大きく揺れたとき、それが姿を現した。洗い立てのシーツのような純白だった。狼のような姿をしており、ネイビーブルーの瞳がユウナをまっすぐに見つめている。
 ユウナはその獣に見覚えがあった。そう遠くない過去にどこかの森で世話になったような記憶が確かにある。

「…フェン…リル?」
『ああ』

 直接心に話しかけてくる低い声が懐かしい日の記憶を呼び覚ます。この異世界に迷い込んで初めてであったのがこの獣――フェンリルだった。

「久しぶり……だね」

 フェンリルは頷くようなしぐさを見せると、ユウナの手に頭を当てつける。ユウナはそれを優しく撫でてやった。

「でもどうしてここに?」
『円卓の騎士討伐に協力してほしい、と黒竜から』

 黒竜はこの世に一頭しか存在しない、と聞いたことがある、つまり、フェンリルに協力を要請したのはテュールの黒竜――クロのことだろう。

「そういえばミルディンは?」
『ミルディン?』
「私の後ろにいた円卓の騎士」

 それなら始末した、とフェンリルは言った。

「ありがとう、フェンリル。キミが来てくれなかったら……」
『礼には及ばない。――残りの敵の数は?』

 分からない、とユウナは首を横に振る。

「数人でここに乗り込んで、別々に戦ってる。だから他のみんながどうなったのかは……」
『そうか。では、我らは他の人員の手助けをしよう。城の中を捜せばそのうち遭遇するだろう』


 +++


 円卓の騎士ガウェインは勝利を確信した。瞬時に王女の背後に移動し、サーベルを振り下ろそうとしている今、その王女はまだこちらを振り返っていない。圧倒的な速さを持って仕掛けたこの攻撃は防げないだろう。しかし――

「!?」

 王女の姿がサーベルが振り下ろされるまでの一瞬の内にかき消えた。そう、先ほどガウェインが王女の背後に回りこんだときと同じように。
 咄嗟とっさに後ろに旋廻させたサーベルは、硬い何かとぶつかり合って高い金属音を上げた。

「……なかなかやりますね」

 サーベルと対峙したのは王女の持つ最凶の暗器――衝撃波ブレードである。扇子の形をしたそれは、マイクロサイズのフレアで衝撃波を生み出すらしい。
 ガウェインは衝撃波が放たれる前に間合いを広げる。

「では、そろそろ私も本気でいかせてもらいます」








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