十四章  破壊と尊敬と殺意と


 ガウェインのサーベルが不気味な形を虚空に描き始める。その複雑な模様のそれは魔方陣によく似ているが、どうやら違うらしい。

「私の力を、身を持って知るがいい」

 完成した紋章――“支離の印”をガウェインは斬り裂く。――刹那、轟音ごうおんを上げて周囲の壁と床が粉砕した。発生した衝撃波で空気さえも歪む。
“刻印の剣”――ガウェインが編み出した剣技で、大気を破壊することができる。かつてはこの技で人々を殺めていたものだ。
 王女――クレルムはその攻撃をかわせない。咄嗟とっさに身をひるがえし、通路を逃げる。破壊と崩壊の渦はもうすぐ近くにまで迫ってきていた。

「攻撃から逃げるのが本当にお上手だ」

 ガウェインは薄く微笑むと、サーベルを握って歩き出した。そして、クレルムが曲がった通路へと一歩一歩、焦らすようにゆっくり進んでいく。
 そこは行き止まりだった。突き当たりの壁、その前で長い茶髪の少女が完全に辟易へきえきしている。

「大人しく独房にいれば死なずに済んだものを」

 クレルムがこちらを振り返る。その間の距離は三十メートルほどか。ここから“刻印の剣”を放てば彼女は確実に木っ端微塵になるだろう。
 しかし、絶体絶命のクレルムは、とても追い詰められている者とは思えぬ鋭い視線をガウェインに向ける。それが彼のかんに障った。

「泣け! 喚け! そして命乞いしろ! そうすれば生かしておいてもいい」

 怒気を込めた言葉にクレルムは反応しなかった。変わらない、軽蔑けいべつしているような視線。

「くっくっく。これで終わりだ!」
「終わるのはあなたのほうですわ」

“支離の印”を描こうと上げた手が止まる。
 負け惜しみだろうか? あるいは最後まで王女としての風格を保とうとしているのかもしれない。どちらにしても、あの女が死ぬことに変わりないのに。

「王女さまが負け惜しみなど、みっともない」
「負け惜しみではありません。私は充分に時間を稼ぎました。――そうですよね、ベディエルさん?」
「――ああ、そうだな」

 背後から女のハスキーボイスが聞こえた刹那、ガウェインの視界は暗黒に染まった。


 +++


 どこを見回してもそこには闇しか存在しない。昼夜の感覚さえ狂いそうになる。まだ目が慣れぬうちは何が潜んでいるか分からぬことに恐怖するものだろう。――この男を除いては。
 セルク王国国主エリオル・ヴァレインは優雅にパイプを吸いながら暗闇に佇んでいた。その姿は大国の王と言うよりも恥知らずな田舎者にしか見えない。

「これは……」

 ライターの火を明かり代わりにして見つけたそれは、何かの機械のようだ。なんとなく記憶していた大空城の地図からするとここは兵器のエンジンルームに当たるところだから、おそらくそれは兵器のエンジンだと推測される。

「とりあえず、これを壊すとするか」

 エリオルの低い声が闇にこだました。――重々しい機械音が突如として響き渡ったのはそのときである。

「ん?」

 短い疑問符が口から漏れると同時に周囲がパッと明るくなった。

「おやおや、見つかってしまったようだね〜」

 とても敵に発見された侵入者とは思えぬ愉快げな調子で自分の危機を述べると、パイプを咥える。
 それ・・姿を現したのは、エリオルが入ってきた出入り口だった。ちょうど公園噴水くらいの大きさで、鋼鉄の蜘蛛クモのように見える。漆黒のボディを支えるあしのようなものが不気味さを引き立たせていた。
 その蜘蛛にも似た異型のロボットは、重々しい機械音を引きずりながらエリオルに接近してくる。

「う〜ん。実に心魅かれるロボットだね〜」
<――興味を持っていただけて嬉しいよ、セルク王>

 スピーカーを当して聞こえた声は若い男のものだった。

<あなたの発明品の数々を拝見させてもらった。どれも素晴らしかったよ>
「敵に褒めてもらえるっていうのは喜ばしいことだね〜」

 ふう、と紫煙を吐くと、エリオルは微笑む。

<心の底から尊敬するよ。でも、僕はあなたを殺さなければならない>
「君も大変なんだね〜。――話は変わるけど、そのロボットは君が造ったのかい?」
<ええ、手慰めに。自動シールド機能を搭載してる>
「へえ。敵でなければ技術者として雇ったのに……もったいない」

 エリオルはゆっくりとパイプを床に置く。視線は異型のロボットから外さずに小さく腕を振った。――刹那、ロボットの脚部が激しい破壊音を立てて崩れた。支えを失ったロボットはバランスを崩して斜めに傾く。
 微小単分子ワイヤー――エリオルの開発した見えない武器が炸裂したのだ。

「君の発明品は本当に素晴らしいと思うよ。だけど、どんな素晴らしい発明品にも欠点がある」

 第二撃、今度は相手を粉砕しようと大きく腕を振った。エーテルを含んでいる単分子ワイヤーの前にシールドは何の意味ももたらさない。それが強力な防御魔法のしかるべき欠点だ。
 ダイヤモンドさえも砕く単分子ワイヤーは不規則な動きでロボットのほうへ伸びる。円卓の騎士ナイツオブラウンドが造り上げた機械など、一種にして産業廃棄物に変えられるだろう。しかし――

<これをつけておいて正解だった>

 ロボットの大体に備え付けられた大型火器から激しく炎が吹き上がり、敵を粉砕しようとしていた単分子ワイヤーが力を失ったように突如としてその動きを止める。

<あなたの仰るとおり、どんな優れた発明品にも欠点がある。もちろん、あなたの発明品にもね>

 単分子ワイヤーは熱に弱い。それを知られた以上、同じ武器はもう通用しないだろう。

<今更だけど、一応。僕は円卓の騎士“ケイ”。よろしくね>








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