十七章 円卓の騎士vs円卓の騎士


「――グレイルはベディエルの相手を。俺はベイリンをる」
「分かった」

 男たちの会話を聞きながら、クレルムは密かに扇子を開く。身体は大きいが気が小さいベイリンのことが心配ではあるが、今はベディエルを狙っているグレイルの動きに集中する。
 ベディエルとグレイル――対峙しているにも拘らず、両者武器を装備していない、だが、よく見ると二人ともあいている手の指を複雑に動かしている。

「お前に俺を倒すことはできん」

 あごひげを生やした男――グレイルは、視線はベディエルから離さず、ピアニストのような鮮やかな指の動きを見せる。それを正面から睨みつけているベディエルも同様だ。

「それはあたしの台詞だぜ」

 グレイルの手が光る何かを投じたのと、ベディエルの手から赤い糸のようなものが飛び出したのはほぼ同時だった。その二つがぶつかり合った瞬間、ジュウ、という何かが焼けるような音がした。

「やはりこの程度の攻撃では無理か」

 再び指を動かしながらグレイルは言う。

「今のが命中していれば、お前は死んでいただろう」
「当たれば、だろ? 残念だけど、お前の攻撃は当たんねぇんだよ」

 ベディエルが両手を少し上げると、床に落ちていた赤い糸のようなものが、まるで生き物のように動き出した。それはまっすぐにグレイルの頭部めがけて伸びていく。

「あれは……“殺生の糸”」

 戦いの様子を黙って見ていたクレルムは、前に円卓の騎士に関する資料で見た特殊能力の名を口にした。糸のようなあの物体は実はレーザーで、人の身体など一瞬にして焼き切ることができる。そして、それは所有者の思い通りの操作することができるため、一つの生き物のように見えるというわけだ。
 独特のしなりを見せて動く“殺生の糸”は確実にグレイルの頭部に穴を空けるだろう。しかし――

「甘いな」

 グレイルの頭部に接触する寸前、青い光が“糸”に走ったかと思うと、“糸”が力を失ったように床に落ちた。そして、その光は“糸”を操作していたベディエルに命中。小さな呻きを上げて赤毛の女は膝をついた。

「大したことないな、ベディエル」

 グレイルはそのいかつい邪気のこもった微笑を浮かべ、また指を動かす。おそらく、ベディエルに留めを刺すために攻撃の準備をしているのだろう。
 ――クレルムが扇子を振ったのと、グレイルが光る何かを投じたのはほぼ同時だった。しかし、クレルムの放ったマイクロフレアのほうが早くに目標に到達。光る何か――ナイフは一瞬にして消え失せる。
 そして、まだ勢いのある衝撃波は通路の壁をえぐりながらグレイルに破滅の矛先を向けた。
 
「ふん」

 だがそれは、グレイルを包み込んだ緑色のベールによって防がれる。

「我らにはこのシールドがある。これがある限り、人間などに負けんわ!」

 厳つい巨漢のターゲットはクレルムに変わったようだ。手にナイフを持って突進してくる。
 だがこれは、クレルムが最も望んでいた事態だった。扇子の弧の部分を相手に向け、持つ部分についているスイッチを押した。

「!?」

 転瞬、猛牛のごとく突進していたグレイルの身体が突如としてその動きを止める。

「がああああああああああああ!!!」

 低い絶叫が広い通路に響き渡った。

「貴様……ッ!」

 憤怒を露にした巨漢の目には細い針が突き刺さっている。溢れ出る鮮血が涙のように頬を伝い、憎しみのかたまりはゆっくりと身体を起こした。

「許さん!」

 怒気のこもった一声とともにナイフが飛んでくる。それをひらりとかわしたところに再び飛んでくるが、今度は扇子で弾いた。だが、更にそこにナイフが飛んできて、クレルムはすぐに跳躍。空中で態勢を崩しかけながらも扇子を振った。もちろん、それがシールドに防がれることは予測済みであるが、それこそが敵にできる唯一の隙だ。
 クレルムの扇子に仕込まれた針はエーテルを含んでいるためにシールドを貫通する。つまり、シールドに守られて安心しきっているうちが決定的な隙となるのだ。
 相手の右目を狙って放たれた針はおしくも目標を外すものの頬に突き刺さった。

「あぐっ……」

 呻き声を上げてその場に膝をつく巨漢にクレルムは同情したりしなかった。すぐに次の針を放って敵を弱らせねばならない。再度狙点を定めてスイッチを押す――が、

「あ……」

 今度こそグレイルの右目に命中するはずの針が発射されることはなかった。扇子の射口に仕込まれているはずの針がない。どうやら先ほどので最後だったらしい。シールドに守られた相手にマイクロフレアは無意味だし、接近戦も危険すぎる。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 地獄の底から湧き上がった雄叫びは、二本の針が顔面に刺さった巨漢のものだった。空気さえ揺れるような声に、クレルムは一瞬怖じる。

「人間の分際でよくもッ!」

 怒りや憎しみがどうやらグレイルを動かしたらしい。針の痛みに呻いていたのがうそのように元気ハツラツとしている。

「うあああああああああああ!!!」

 再び雄叫びが上がったと同時に、グレイルの手から大量の光の筋が放出された。そのすべてがナイフであると気づいたときにはすでに至近距離まで入ってきている。マイクロフレアも間に合わない。このままクレルムは八つ裂きにされてしまうのだろうか――

「――派手なことしてくれんじゃねぇか」

 女のハスキーボイスはクレルムのすぐそばからだった。半瞬して赤い糸のようなものが浮かび上がり、今しもクレルムに襲い掛かろうとしていた数本のナイフを残らず粉砕する。

「ありがとうございます、ベディエルさん」

 ハスキーボイスの主――ベディエルは軽く微笑むと、怒りに荒れ狂っている巨漢に鋭い視線を向ける。

「さっきは電気ビリビリありがとな。変わりに熱いもんくれてやるよ」

 ベディエルの手からは次々と“糸”が吐き出されていた。そして、それが空中に浮かび上がると網のようなものを形成する。通路いっぱいに広がった網は、グレイルのほうへ前進を開始。

「学習能力がないな」

 網の向こうではグレイルが青い光を生成している。おそらくあれは電気で、糸を伝ってくるのだろう。“糸”は常に所有者と接触しているため、ベディエルも電気のダメージを受けるというわけだ。
 そして、その電気はグレイルの手から放たれ、網状になった“糸”に接触する。

「二度も同じ手に引っかかるかよ、バーカ」

 ベディエルは自分の手から“糸”を離した。

「クレルム!“糸”を衝撃波で飛ばすんだ!」
「はい!」

 咄嗟に振った扇子からすさまじい衝撃波が放たれた。“糸”を侵食していた電気はその衝撃波によって瞬間的にグレイルの身体を突き抜ける。

「!?」

 低い呻き声と同時に巨漢の身がよろめいた。そして、その隙にベディエルが新たな糸を生成し、グレイルのほうへ飛ばしている。シールドでは防ぐことのできない上にかなり弱っているグレイルに、その攻撃は防げまい。








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