二十章 究極の兵器 vs 円卓の騎士
重い石の扉を押し開けると、そこにも漆黒の闇が広がっている。その空間に一歩足を踏み込むと、冷え切った空気が裕なの肌に触れた。
「――こんな時間に何かご用ですか?」
その優しさを含んだ男の声は、天国から届いた神のものに思えた。暗闇の奥、こちらに近づいてくる足音がある。ユウナは自然と柄を強く握り、いつでも攻撃できるよう身構えた。
闇からすっと浮かび上がった影は大きい。そして、次に浮かび上がる長く青い髪の毛と年齢不詳の整った顔立ち。ユウナの良く知る顔は、最初まろやかな微笑を浮かべていたが、ユウナと目が合った瞬間にその顔は突如として驚愕に変わった。
「ユウナ!? どうして……」
男――ユウナの父たるその者は、困惑したような声を上げる。
「莫迦な……それとも幻?」
「私は私、だよ。お父さんの娘」
一方のユウナは至って冷静に告げた。
「でも今は戦わなきゃ。みんなを守るために」
「……そうか。“究極の兵器アルテマウェポン”はユウナのこと……」
自分の父がアーサー王だと聞かされたとき、大きなショックを受けたのを覚えている。それと同じで、父も娘と対峙していることにショックを受けたのだろう。苦い顔をして沈黙している。
「……もう、やめよう」
その言葉が大きく感じられたのは、父のやろうとしていることがとてつもなく大きなことだからだろう。たった一言なのに、千の言葉を並べたような気さえした。
「世界を破壊するなんて駄目だよ」
「ユウナ……」
父――アーサー王=ブラスカは少し悲しそうな表情を浮かべる。
「世界に大切じゃないものなんかない、っていったのはお父さんだった」
大空城のひまわり畑で懐かしさを感じたのは、幼い頃に同じような場所で父に大切な言葉を教えてもらったからだ、今ははっきりと思い出すことのできるあのときの記憶――一面をひまわりに囲まれた枯れ木の元でやさしく微笑む父が言った言葉。
「なのにどうして……」
すべてが大切であると説いた人間がなぜ世界を破壊しようとするのか。
「仕方がないんだ」
返ってきた短い言葉は、凍てつく滝のような冷たさを含んでいた。
「私は黒い心を持って生まれた。なぜそうなったのかは分からない。どんなに愛情を持って生きても、自分の手で壊してしまう。だから――」
運命というものは本当に残酷である。すべてを愛して生きたいと願う人間に闇の心を与え、破壊する力を託す。そして、深い絆で繋がっているはずの親子を戦わせた。
「もう後戻りはできない。私はすべてを破壊する。父さんを止めないでくれ」
「……あなたは」
ユウナは剣の柄を握り締める。それは破壊衝動に身を沈める父への怒りか、それとも闇の心を持つ者に対する憎しみか――どちらにしてもユウナのやらねばならぬことは一つしかない。
「あなたは、私のお父さんなんかじゃないっ!」
鋭い一声とともにユウナは高く跳躍した。その尋常とは思えぬ跳躍力を前にブラスカは無表情に佇んでいる。だが、その手は腰の鞘から密かに古い抜いていた。
「はっ!」
落下のスピードと重さをかけての一閃は、ブラスカの剣に当たって高い金属の音を上げる。
「……どうやら私はユウナを殺さないといけないようだ」
冷えきった声が暗い空間に響き渡った。同時に、ユウナの細身がおもちゃのように吹っ飛んだ。
「それが運命だから」
ブラスカの巨体が文字どおり、かき消えた。そうかと思えば魔法のような唐突さで、起き上がったユウナの背後に出現し、“湖の剣を振り下ろしている。
ユウナはすぐに身を翻すと、ソロモンソードでそれを防御。次いで後方に跳躍して間合いを取ろうとするが――
「遅い」
ユウナが着地するよりも早くにブラスカの一閃が炸裂し、背中からコンクリートの床に叩きつけられた。
「ぐっ……」
口の中に血の味が広がる。だが、ここで動かなければ殺されてしまう。力を振り絞って身を起こすと、今しもユウナを襲おうとしていた斬撃をぎりぎりのところで避けた。
次の一振りをソロモンソードで防ぎ、それを振り切って相手の内側に入ろうとするが、ブラスカが後方に跳躍するほうがわずかに早かった。
「ユウナは強いな」
あくまで冷静な声は暗黒の中から聞こえた。
「だが、私には及ばない」
もしもソロモンソードを盾にしていなければ、疾風のような一振りにユウナの胸は深く抉られていただろう。高い鉄の音と同時に火花が散った。
「私はこの世で最も大きな力を授かった。それは主が私に破壊を見せてくれと頼んだようなものだ」
強い力で剣を押してくる父は微笑む。だが、その微笑みにユウナの知っている優しさと温かさはない。
「違う。主はその力を人のために使ってほしかった」
「じゃあ、破壊することが人のためになるんだね」
「違う違う! 破壊衝動はあなた自身が生んだ心の闇だよ」
ユウナは半身を捻ってブラスカの剣をかわすと、その内側に入ってソロモンソードを旋回させる。だが、あと少しというところで相手が跳躍。同じように高く飛び、空中で攻撃を繰り出した。
連続して剣を振るもすべて“湖の剣”に弾かれては意味がない。
地に足が着いたとき、ブラスカの強力な一太刀がユウナを襲った。身を屈めてそれを避けるとユウナも力いっぱいの一太刀を浴びせる。
「破壊衝動は主が授けたものなんかじゃない!」
主、とは言うものの、実際ユウナはそんなものを信じてなどいない。人が悪を行うのも、人が戦うのも、すべて人が生み出した意思。ここは人の世界なのだから。
「あなたは間違ってる」
強く言い切ったとき、辺りが突如として明るくなった。頭上には晴天の夏の空が広がり、そしてユウナたちの周りはひまわり畑に変わる。
快いそよ風がユウナの茶色い髪を撫でた。たくさんのひまわりがいっせいに揺れ、黄色い花びらが宙を舞う。
正面に一本の木があった。一面のひまわりにはそぐわぬ、芽も花ないも枯れ木。その下で微笑む青い髪の男はユウナのよく知る人物であるが、決して微笑み合える仲ではない。今は倒さなければならぬ敵――
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