九章 地獄の輝き
決して強大な力など持って生まれたくはなかった。
自分が愛したものも、そうでないものも、すべてを破壊してしまう力など、欲しくなかった。
誰が自分たちにそのような力を与えたのだろうか? そして何のために強大な力など持たせたのだろうか?
「私はいったい何なのですか?」
青色の長髪を戴いた男は、虚空に問うた。答えは返ってこない。
そこは何かの制御室のようなところだった。広さはちょうど街中の公園くらいのもので、真ん中には大きくて丸い何かがある。周りにはモニターやコンピュータなどがあり、どこかのビルの監視ルームを連想させる。
男は青い瞳を部屋全体に走らせると、中心の丸い何かのところまで歩く。
「誰が私たちなど生み出したのだろう? そして、なぜ世界を破壊させる? 私はそんなこと望んでいないのに!」
男は拳を丸い何かに叩きつけた。
「だが、それもこの世界を破壊すれば分かるかもしれない」
彼らの破壊衝動は絶対的なものだった。人間の性欲以上に大きく、そして逆らえない。生まれながらにして持っていた強大な力は、破壊と崩壊しかもたらさなかった。
「もしかしたら世界が滅ぶと、この衝動も消えるのかもしれない。だったら――」
結局、彼がやらなければならないのは破壊だった。すべての謎を解くため、そして自分が生きるために……。
彼の復活に気がついて、彼を破壊しようと行動を起こしている者たちがいる。しかも彼同様、そちらの者の中に強大な力を持った者がいるらしい。それが判明したのは昨夜のこと。彼が唱えた“殺戮の風”を消滅させるほどの力の持ち主がいた。果たしていかなる人物だろう……。
「どんな人間であろうと、破壊してやればいい」
驚くべきほど端整な顔立ちには、邪悪な微笑が貼り付いていた。
「さて、そろそろかな」
男は表情を引き締めると、身近のコンピュータを弄り始める。
「封印システム、管理者プログラムをキーボード入力から音声入力に書き換え」
まるで独り言のように男は言葉を発した。
『管理者プログラムをキーボード入力から音声入力に書き換えしました。ユーザID、パスコード、名前の提示を求めます』
機械の無機質な音声が不気味に響き渡った。それはまるで世界の終わりの始まりを告げたかのように。
「ユーザID、BI-ROC。パスコード、U61-7024。名前は…………“ブラスカ・アーサー”」
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悲しんでばかりでは何も始まらない。金髪の美女はそう語り聞かせた。だからユウナも気持ちを切り替えていつもどおりにすることにしたのだ。
竜巻のせいで教会と僧房が崩壊したので、ユウナたちは近くのホテルで生活することになった。宿泊代等は王宮のほうがすべて負担してくれるらしい。
その用意されたホテルのなんとも豪勢なこと……。デルヘン市内でも最高級と言われるホテルのスウィートルームで生活することになったのだ。もちろん食事つきで、更にはパソコンや大型液晶テレビなどの設備も充実している。また、最上階なのでデルヘン市内からラミューダ海までもが一望できてしまう特典つきなのだ。
一泊するのには五十万ギルという莫大な金銭がかかる。聖職者の一か月分の給料よりも大きな数字だ、それでデリアはぼったくりだのへったくりだのぼやいていたが、ユウナからしてみれば、こんなに素晴らしい部屋の割には安いほうだろうと思った。
「でも王宮も莫迦よね〜。こんなとこに私たちを数ヶ月泊めてくれるのはありがたいけど、大赤字だわ」
金髪の美女――デリアは窓際でデルヘンの街並みを眺めている。
「それとも何か裏があるのかしら? セルク王の愛人にさせられちゃうとか?」
「あれ? セルク王って女の人、だったよ? 私と同い年くらいの」
先日、ユウナはセルク城にてセルク王その人との面会を果たした。クレルム・ヴァレイン・セルク。確か若々しい女だった。
「ああ、それは王女よ。きっとセルク王の代わりに出てきたのね」
王女といえば、おとぎ話などによく登場するお姫さまに当たる人物だ。そのお姫さまといえば、お城で可愛がられながら贅沢をしているものではなかったか。
ユウナが見た王女は、まさに栄えた国の国主たる風格の女だった。贅沢に身を浸しているどころか、厳しい環境で生き延びた鉄の女さえも連想させる。
「王子がいない今、彼女が王位を継ぐのは確実ね。まあ、結婚しちゃえば別だけど」
王子といえば、ユウナのよく知るなんちゃって変態王子――クルドは今頃何をしているのだろうか?
行方不明だった彼が帰ってきた今、王宮は大きな騒ぎになっているのではなかろうか。その情報が外部に漏れていないというのはすごい。
「で、結局なんなのかしらね、私たちの宿代を負担してくれる理由って。災害保険でお金下りてるのに……」
「ユウナ姉さんに何か関係があるんじゃ」
先ほどまで一言も喋らずにいたエステルが、思い出したように口を開いた。
「先日も王さまのほうから面会を求められたし、やっぱりそれに関係があるんじゃないんですか?」
「あ、そうかもしれない」
ユウナはこの世界の究極の兵器である。もしかしたらそのことをバックにセルク王はユウナたちを支援しているのかもしれない。
それはそうと、ユウナは円卓の騎士に関する一つの可能性を失っていた。アーサー王が自分の父であると聞いたから、もしかしたらブレイルがそうなのかもしれないと思っていたが、そのブレイルが死んでしまったことで彼がアーサー王であるという線は消えた。事は振り出しに戻ってしまったのである。
しかしその反面、身内の者と戦わずに済んだことに密かに安堵していた。
「私、もう一度セルク城に行ってみるよ。いろいろ確かめたいこととかあるから」
確かめたいこととは、本当に父がアーサー王であるのか、ということと、そのアーサー王を見つけ出すための手段である。そして、もし戦うようなことになったとき、自分の力でどうにかできるのか。
「ユウナって、なんなの?」
ユウナの最も触れてほしくなかったことが、デリアの口から唐突に飛び出した。
「セルク王に面会を求められるって大きなことなのよ。もしかして、特別な技術者とか?」
そうだったらまだよかったかもしれない、とユウナは思う。技術者ならば、今自分が抱えている使命よりも幾分か気持ちが軽い。
「私にはこの国……いえ、この世界に対する義務があるの」
「義務?」
「うん。この世界のみんなを破壊から守らないといけない」
――それは、自分に与えられた使命を忠実に実行しようとする者の言葉だった。そしてそれは、自分の運命に立ち向かう者の決意の表れだった。
「その“義務”についてはあえて訊かないことにするけど、でも――全部ユウナ一人で抱え込んじゃ駄目よ」
金髪の美女は、優しい微笑みを浮かべる。
「少しは私やエステルを頼ってよね。私たちは姉妹なんだから」
「そうですよ! 困ったときは助け合ってこそ姉妹ですから」
姉妹、と言いつつ姉たる二人に敬語を遣うのは、誰にでも敬語を遣ってしまうというエステルの長年の癖らしい。
「美人が三人もそろえば●姉妹なんて目じゃないわ」
「いやいや、デリアさん、それはあっちの世界の――ん?」
ユウナがなんとなく街方面の窓の外に視線を移したとき、何か奇妙なものが見えたような気がして訝しげに眉をひそめた。
遠くのほうで何かが光っている。最初、建物の窓ガラスか何かが陽の光を反射しているのかと思ったが、その光はみるみるうちに大きさを増し、近くに広がる湖を飲み込みつつある。その様子は、破裂せんばかりに膨らんだ風船さえも彷彿とさせた。
「何!?」
驚愕と言い知れぬ恐怖がユウナの口からこぼれた刹那――世界が白光した。
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