01. 幸せな日常


 初恋は実らない、という言葉がある。

 その言葉のとおり、若松孝輔の初恋も成就することはなく、想いを伝えることすらできないままにその人と疎遠になって、もう五年が経つ。今は彼とは見た目も性格もまったく違う男と付き合っていて、それなりに幸せな日々を送っていた。
 しかし、こうしてテレビの中で活躍している彼の姿を見ていると、強烈に恋焦がれていた頃の自分を思い出す。純粋な憧れが徐々に恋愛感情に変わり、彼の言葉や態度にひどく心を動かされる自分。それを懐かしく感じると同時に、少しだけ切ない気持ちになるのはなぜだろう?

 玄関のドアが開く音がした。きっと彼が帰ってきたのだろうと、用意した食事を温め直す準備をする。

「ただいま〜」

 現れた長身の男が、間延びした声で自らの帰宅を告げ、若松に抱きついてきた。

「お帰り、鉄平」

 身長193センチの若松とほぼ同じ背丈をした大柄な男。彼こそが今現在の若松の恋人であり、己の生涯を捧げてもいいと心の底から思っている相手だ。
 彼――木吉鉄平は高校時代、若松と同じくバスケをしており、当時はライバル校の司令塔的存在だった。練習試合こそ何度がしたが、木吉と特に会話を交わすことはなかったため、まさか彼が同じ企業に就職するとは知る由もなく、入社式で顔を合わせたときは互いに驚いたのも懐かしい話だ。

「飯温め直すから、風呂入って来いよ」
「遅くなるから先食っててもよかったのに」
「ちょっとくらいは待てるっつーの」

 木吉は他に類を見ないほど懐が深く、優しい男だった。だから若松は自分がゲイであることを早々に打ち明けたが、やはり変わらぬ態度で接してくれた。
 ありのままの自分でいられる木吉のそばはとても居心地がよく、彼の優しさに対して若松はいつしか恋心を抱くようになっていた。だからと言って自分の気持ちを伝えようとは思わず、木吉のことを愛しく思いながらも友達という関係を維持していた。
 そんなある日、予想もしていなかったことが起こる。それは木吉からの告白だった。

『最近、孝輔のことばっか考えてしまうんだ。たぶん俺は孝輔のことを好きなんだと思う』

 そこから始まった、恋人としての付き合い。木吉はどうしようもないくらいに若松を愛してくれ、若松もまた負けないくらいに木吉を愛した。気づけば交際を始めて三年という年月が経っており、現在は二人でともに暮らしている。

「あ、また青峰の試合見てる」

 テレビの放送内容に気づいて、木吉が拗ねたような声を上げた。

「別に青峰を見てたわけじゃねえよ」
「本当か〜? なんか妬けちゃうな〜」

 青峰大輝――高校時代の若松の後輩にして、いまやアメリカのプロリーグで活躍するようなビッグプレイヤーとなった男。そして、若松の初恋の相手でもあった。
 かつてのチームメイトがこうしてテレビの中で活躍しているのを見るのは不思議な感覚だったが、青峰があそこにいるのは、彼のプレイを目の当たりにしていた若松にとって至極当然のことのように思えた。
 型にはまらないバスケスタイルを持ち味とする青峰。ボールハンドリング、スピード、シュート力、そのすべてが究極の域に達している天才で、高校時代も誰も寄せつけない圧倒的な得点力を持っていた。そんな彼のバスケをそばで見ながら、“ああ、こいつがバスケの頂点なんだ”と若松は幾度となく感じさせられた。
 青峰に恋焦がれていた時代の話は木吉にしたことがあるので、今みたいにテレビに映る青峰を見ていると、木吉はどうも嫉妬してしまうらしい。もう終わった恋だと何度も釘を打ったのだが、それでも木吉はたまに拗ねたような態度をとる。

「俺も青峰くらいバスケが上手かったら、孝輔ももっとぞっこんになってくれたんだろうな〜」
「バーカ。今でも十分ぞっこんだろ」

 と、自分で言っておきながら自分で恥ずかしくなり、赤くなった顔を隠すようにそっぽと向くが、木吉はそれを見逃していなかった。

「孝輔、顔真っ赤! 可愛いなあ、もう」
「う、うっせーよ! 早く風呂入って来い!」
「は〜い」

 からかうように笑いながら返事をすると、木吉はその場でおもむろに服を脱ぎ始める。みっともないから脱衣室で脱げと何度か注意した過去があるが、なかなか直らないというか、本人に直す気がないようなので今ではすっかり諦めている。
 服を脱ぐと露わになる、逞しい身体。若松も決して負けてはいないが、人の身体となるとやはり自分のとは印象が違って見える。そしてそれが木吉のものとなると、感心する以外にもいろんな気持ちが湧き上ってきて、気づけば彼の身体に手を伸ばしていた。

「どうした?」
「ちょっとムラムラした」

 自分の気持ちを素直に吐露すれば、木吉はくすりと笑った。

「いつも見てるだろ?」
「そうだけど、なんか今日はやばい。風呂の前にやっちゃ駄目か?」

 明日は互いに仕事は休みだから、なんの支障もない。どうせ寝るまでにはヤるつもりでいたので、いまヤっても決して早くはないだろう。

「孝輔はスケベだな〜。でも俺の身体で興奮してくれるなんて嬉しい。ベッド行くか?」
「おう」

 寝室に向かう前に木吉はその場でズボンとパンツも脱ぎ捨て、生まれたままの姿になった。若松もそれに倣って着ているものをすべて脱ぎ、木吉の手を引いて真っ暗な寝室に足を踏み入れる。
 デスクライトを灯し、ベッドに腰かけた木吉を押し倒すと、彼は少し驚いたような顔をした。

「今日は俺がネコちゃんなのか?」
「駄目なのか?」
「駄目じゃないけど、ずいぶんと久しぶりだな〜と思って」

 木吉の言うとおり、若松がセックスで責め役に回るのは久しぶりのことだ。元々二人はどちらの役もこなすことができるので、互いの気分次第でどちらをヤるか決めているのだが、最近は若松がなんとなく受け役に回ることが多かった。

「やり方覚えてるか?」
「さすがに一か月くらいじゃ忘れねえよ」

 そっか、と笑った顔はやはり男前だと改めて思う。その上性格も穏やかで優しく、自分にはもったいないほどの優良物件だ。そんな男に愛されることが嬉しくもあり、また誇らしくもあった。
 手を握れば、同じ力で握り返してくる。それを感じながらキスを交わし、空いたほうの手を木吉の胸に滑らせると、指先で乳首を優しく擦った。

「あっ……」

 その瞬間に木吉の身体がぴくりと反応し、恥ずかしそうにはにかんだ。

「なんかちょっと恥ずかしいな」
「なんでだよ? 何度もやってきたことじゃねえか」
「そうだけど、いつも責めてる側だったから不思議な感覚がする」

 言われてみれば確かに違和感を覚えないこともないが、木吉の身体を弄るのは好きだし、感じているときの声や顔なんか死ぬほど可愛いと思う。いまだって乳首を弄られながら、むず痒そうに――それでいて気持ちよさそうに歪んだ顔に、すごくそそられる。

「あっ!」

 舌先で胸の突起を突けば、重なった腰が弾んだ。その瞬間に太ももに擦れた熱くて硬い感触は、気持ちよくなってくれている証拠だ。
 手で触れればまだ一度も触ってないのに先っぽが濡れている。溢れた蜜を潤滑剤代わりに亀頭全体に塗りつけ、こねくり回すと木吉は若松の腕を強く掴んだ。

「孝輔……それ気持ちよすぎるから、駄目」

 か細く余裕のない声で懇願されるも、そこでやめてやらないのが若松の責め方である。むしろいまの一言で火が点いて、手に握った木吉の肉棒に容赦なくしゃぶりついた。

「こ、孝輔っ……イっちゃうって」

 荒々しい見た目とは裏腹に、若松は言葉責めが好きではない。その代わり黙って木吉の一番感じるところを執拗に責め立てるのが大好きで、こうしてフェラチオをしながら悦に浸っている自分がいることもちゃんと自覚している。

「イクっ……あっ!」

 口の中で木吉の肉棒が弾けた。同時にぬめっとした液体が口内に充満し、少し遅れてなんとも言えない苦みが伝わってくる。

「おえ……」

 いくら木吉のことが好きとは言え、彼の精液の味までは好きになれず、若松は素早く口の中のそれをティッシュに吐き出した。

「大丈夫か?」
「わりぃ、ちょっと口ゆすいでくるわ」

 セックスの最中にベッドを離れるなんて本来ならご法度だが、この二人においては付き合いが長いこともあって、特に雰囲気が壊れる心配もない。しかし、それでも待たせるのは悪い気がして若松はできるだけ急いだ。

「鉄平、オレのしゃぶって」

 若松のそこは木吉のイキ顔とさっきまで触れていた男根の感触に興奮しっぱなしだ。木吉は若松の身体の上に跨ると、こちらに尻を向けてビンビンのそれを舐め始める。
 一方の木吉のそれはイったばかりとあってちっとも元気がない。しかし、男同士のセックスで使われる機関に指を突っ込むと、瞬く間に容積を増してきた。

「もう入れても大丈夫だと思うぞ」

 少しほぐれてきたなと感じたところで、木吉がOKサインを出した。

「ホントに大丈夫なのか? 久々なんだし、もう少し慣らしておいたほうがいいと思うぜ?」
「大丈夫だって。指三本でも余裕なんだし。それに孝輔のチンコは早く入りたいって言ってるぞ?」

 確かにフェラだけじゃ物足りないと、若松の肉棒は先走りを垂らしながら疼いている。それでも木吉の身体が心配でもう少し我慢しようと思っていたが、彼はおもむろに若松の股間に跨ると、さっきまで舐め回していたそれを自分の尻に宛がった。そしてゆっくりと腰を落としていき、若松自身が木吉の中に飲み込まれていく。

「ほら、大丈夫」

 へらっと笑ってみせる辺り、本当に平気なのだろう。木吉はそのまま腰を上下に動かし始める。
 この締めつけられる快感も、ずいぶんと久しぶりだ。フェラされるよりももっと吸いつかれるようで、もっと気持ちいい。

「あっ……やば、い……うぅっ」

 そして気持ちよさそうに喘ぐ木吉の切なげな表情もまた、見ていて気持ちよかった。単純に相手を支配する喜びを感じるだけでなく、自分が愛する人に快感を与えているということが、心と身体を満たしていく。
 上体を起こし、そのまま木吉の身体を押し倒して、正常位で突き上げる。

「あっ、ぁんっ……あっ、あっ」

 すると木吉の喘ぎ声も一段と高くなって、ぎゅうぎゅうと中の締りがきつくなった。
 ここまで来ると若松ももう木吉の身体を労わる余裕などない。本能の赴くままに木吉の体内を己の肉棒で貪り尽くす。

「孝輔っ……俺、イクっ……!」

 ひときわ甲高い声が木吉の口から零れた瞬間、彼の性器から白濁がドクドクと溢れ出した。
 それを見た若松もまた興奮がマックスに達し、あっという間に木吉の中で果てた。



 マンネリだと感じる瞬間がないわけではない。しかし、それ以上に幸せだと感じる瞬間のほうが圧倒的に多くて、この先もずっと木吉と一緒に人生を歩んでいきたいと若松は本気で思っている。
 そしてこの幸せも、永遠に続くものだと信じて疑わなかった。――青峰大輝と再会するまでは。








■続く……■





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