03. 一つの罪


 適当に選んだホテルの部屋は、思っていたよりも広くて綺麗なところだった。
 若松は緊張で少し震える足を休ませようと、ソファーにどっかと腰かける。

「ラブホなんて初めて来たわ。結構綺麗なんだな」

 そんな若松の気持ちをよそに、青峰はまるで子どものように室内を物色していた。あれで本当にこれから何をするのか理解しているのかと心配になるが、さすがにそれがわからないほど彼も子どもではないだろう。

「はあ……」

 一通り室内を散策し終えた青峰は、若松の隣に腰を下ろした。
 肩が触れ合う。それを感じた瞬間、若松の鼓動は跳ね上がり、息が苦しくなった。

「若松サン、もしかして緊張してんの?」
「き、緊張なんかしてねえしっ!」
「嘘つくなよ。明らかに口数減ったじゃん」

 青峰の腕が若松の背中をとおり、肩を抱き寄せられた。一瞬驚いてぴくりと身体が震えたが、もうどうにでもなれと、若松は素直に頭を青峰の肩に預ける。

「若松サンとこんなことになるなんて、ちっとも想像してなかったんだけどな〜」
「オレだっておまえとすることになるなんて全然思ってなかった」

 けれどずっとしたいと思っていた、という言葉は心の中で呟くに留めて、若松は青峰の太ももにそっと触れた。

「やらしいな。どこでそんなの覚えて来たんだよ?」
「うっせーな。この歳になればそれなりに経験するもんだろ」

 たぶん青峰も、この腕で誰かを抱いたことがあるに違いない。そんな顔も知らぬ相手に嫉妬しながらも、いまは自分を抱いてくれることを堪らなく嬉しく思う。

「――若松サン」

 なんだよ、と顔を上げれば、次の瞬間には唇が重なり合っていた。

「んっ……!」

 青峰の野性的な性格とは対照的な、柔らかくてゆっくりとしたキスだった。それこそいったいどこで覚えてきたんだと訊きたいが、青峰ももう二十歳を過ぎている。そういった経験があっても決しておかしくはない。

「若松サン……」
「あ、お、峰っ……」

 硬く尖った舌が若松の歯をこじ開けようと、口の中の浅い部分を舐め回してくる。もちろん拒む要素など何一つなくて、自らの舌を差し出せば、生温かい感触が絡みついてきた。
 どんどん深く噛み合っていく唇。互いのすべてを知り尽くそうとしているかのような、貪るようなキスだと若松は意識の端で思った。

「……ベッド行こうぜ。あと、服脱がすのめんどくせえから全部脱いじまえ」
「お、おう……」

 青峰は立ち上がり、おもむろに着ているものを脱ぎ始める。一応遠慮したつもりなのか、あるいは恥じらいがあったのか、こちらには背中を向けていた。
 露わになった青峰の裸体は、豹のようにしなやかで、それでいてライオンのように力強く、無駄のない完璧なものだった。高校時代よりも更に逞しくなったそれに思わず見入っていると、青峰が怪訝そうな目をこちらに向けてくる。

「なんだよ?」
「いや、すげえいい身体してんなーと思って」
「若松サンだっていい身体してんじゃん。つーか、パンツにテントできてんですけど」
「しょ、しょうがねえだろ!」

 あんな濃厚なキスをすれば、そこが反応してしまうのは男として当然の生理現象だろう。もちろん相手にもよるだろうが、それが好きな人となれば勃たないほうがおかしい。
 最後の砦であるボクサーパンツを脱げば、元気ビンビンになったそこが勢いよく飛び出した。そしてそれを見た青峰が無遠慮に噴出する。

「笑ってんじゃねえよ!」
「だっていまの、ペチンって! ぶくくっ!」
「おまえもさっさと脱げよ、この野郎!」

 若松は笑いこける青峰の背後に近寄ると、下着を一気にずり下ろした。すると自分のときと同様に、青峰の肉棒が勢いよく飛び出して、腹まで跳ね返ってペチンと音が鳴る。

「あ、こら、人のパンツ勝手に脱がしてんじゃねえよエロ松!」
「うるせえ! おまえも勃ってんじゃねえかよ、このエロ峰が!」

 これからセックスをするというのに、雰囲気もへったくれもないなと、青峰に言い返しながら若松は思う。さっきソファーで見せてくれた大人のエロさはいったいどこへいったのだろうか?

「脱がしたついでにそれしゃぶれよ」
「いきなりかよ!?」
「男同士なんだから、順序なんてどうだっていいだろ。自分から誘っておいて、そんなこともできねえってのか?」
「……しゃぶればいいんだろ、しゃぶれば」

 不満そうに口を尖らせながらも、若松はさっきから目の前のそれをしゃぶりたくてうずうずしていた。
 大きさは若松とそれほど変わらない。剥き出しの亀頭は肌の色と同じ小麦色だが、決して使い古したような感じはしなかった。
 触れると硬くて、熱い。おぼろげな想像でしかわからなかった青峰の性器の感触をひとしきり確かめたあと、若松は躊躇いなくそれにしゃぶりついた。

「くっ……」

 ぴくりと青峰の太ももが震え、感じているのだとわかって、嬉しくなる。
 いやらしいやつだと引かれたっていい。とにかく青峰を気持ちよくしたくて、丁寧に、懸命に舐める。

「若松サン、上手いな。いったいいままで何本しゃぶってきたんだよ?」

 大した数ではないだろうが、もう相手の顔なんて思い出せない。恋人の顔でさえ思い浮かばなくて、いまは目の前の彼だけに意識を集中させる。
 徐々に荒くなる、青峰の息遣い。堪えきれないのか、腰が揺れて深いところまで性器が入ってきた。

「もう、いいぜ」

 少し掠れた声にフェラチオを中断させられたかと思うと、若松は急に腕を掴まれ、ベッドまで引き上げられる。
 いとも簡単に組み敷かれてしまったことに、悔しさなど微塵も感じなかった。それよりも直に触れ合った地肌の生々しい感触に興奮が高まり、本当にセックスをするのだと改めて思い知らされる。
 青峰の顔に表情はない。高校時代のある敗戦のあと、よくこんな顔つきで練習をしていたなと思い出していると――急に乳首を舐められた。

「あっ……」

 思いのほか大きな声が喉から出てしまって、若松は少しだけ恥ずかしくなる。しかもその反応を目にした青峰は、またさっきみたいに面白がるような笑みを浮かべていた。

「へえ。男でも乳首って感じるんだな」
「……悪いかよ」
「いや、いいね〜。すっげぇ上がるわ」

 ぬるっとした感触に敏感な部分を撫でられ、若松は仰け反った。

「くぅ……ぁっ、駄目っ」

 執拗に責めてくる舌先から逃げようと身体を捩るが、すぐに青峰に肩を押さえつけられ、まるで飴玉にされたかのように舐められる。

「そんな、すんなって……」
「うるせーな。大人しく感じてろよ。ほら、ここだってなんか濡れてきてるし」

 腹に当たるそれが蜜を溢れさせているのに気づいていたのだろう。青峰は若松の性器に触れ、指先でそっと先端を撫でた。

「うあっ……」
「若松サン、期待しすぎだろ。そんなに俺とヤりたかったのか?」
「うっせー。別に、おまえとなんか……あっ!」

 亀頭を手で包み込むようにされ、強がる台詞が甘い喘ぎ声に変わってしまう。そのままぐりぐりとこねられ、気持ちよすぎて全身に鳥肌が立った。

「なんかこれ、舐められそうな気がするわ」

 若松の性器を無遠慮に見つめながら、青峰がぼそりと漏らした。

「あんま、無理しなくてもいいぞ?」
「無理じゃねえよ。やってみて、変な味しなけりゃたぶん大丈夫だ」
「でもおまえ、男のなんか……」
「しゃぶってみて駄目そうだったらやめとくわ」

 青峰が男を抱くのはもちろん、そこをフェラチオする姿なんて想像もつかなかった。若松がかつて抱いていた妄想の中でも、しゃぶるのは自分のほうばかりで、彼はそれを薄く笑いながら見ているばかりだった。
 憎まれ口を叩いていた唇から舌を覗かせ、先走りでぬるぬるになった若松の先端に少しだけ触れる。味を確かめるように一回り舐めたあと、一度顔を上げて若松の顔を見てくる。

「少ししょっぺーけど、大丈夫そうだ」

 そして一度離した唇を再びそこに近づけて、今度はそのまま口の中に飲み込んでいった。

「あっ……ちょ、青峰っ」

 初めてなせいか、とても上手とは言えないようなフェラチオだ。それでも大好きな青峰がしてくれるのかと思うと、どうしようもなく感じてしまう自分がいる。
 拙いのも最初のうちだけで、少しやるとコツを掴んだのか、初心者とは思えない大胆さで若松のそこを慰める。このままではすぐに果ててしまうのではないかと心配になったが、なんとか意地でやりすごした。

「ここ、入れていいもんなのか?」

 やんわりと指で突かれたのは、ケツの谷間だ。男性経験のない青峰でもそこを使うことは一応知識として知っているらしく、無遠慮に見下ろしながら訊ねてくる。

「ちゃんと慣らしたら、大丈夫」
「慣らすっても、ローション的なもんねえぞ」
「風呂場にリンスあっから、それで頼む」

 わかった、と言って青峰はベッドを離れる。
 どれだけ期待してるんだ、と若松は自分の股間を見ながら呟いた。まったく萎える気配のないそこは、剥き出しの先端を青峰の唾液と自分の先走りでぐしょぐしょに濡らし、ひくついている。
 期待して当然だ。初恋で、いままでのどんな相手よりも強烈に恋焦がれて、けれどどうすることもできずに諦めた彼。諦めたつもりが、若松の心のどこかにずっと貼りついていた、大きな存在。
 期待しないわけがない。嬉しくないわけがない。それは至極当然の感情なのだと、胸の内に取り巻く熱いものを受け入れることにした。

「取ってきたぜ」

 青峰がリンスのボトルを手にして、再びベッドに上がってくる。そして中指にリンスをたっぷりつけると、若松のそこに差し込んできた。

「……っ」
「うわ。なんかスルって入っちまったんだけど。若松サンのアバズレ」
「アバズレなんかじゃ、ねえよ」

 苦しさはあるが、痛みは欠片もない。最後に後ろを使ってから数週間が過ぎたはずなのに、こんなに余裕ではアバズレと言われても仕方ないのではないかと思えてしまう。

「うっ……くあっ……」

 痛みがないのは指の数が増えても変わらず、出し入れされるのがむしろ気持ちいいとさえ感じた。いちいち反応する若松の身体を見て、青峰が不敵に笑う。

「ケツが感じるとか、若松サンエロすぎだろ」
「不感症よりマシだろ」
「そりゃそうだ」

 もう十分解れてきたと自分で感じたとき、青峰もそれを察したらしく、指がするっと引き抜かれた。そして両足を持ち上げられ、青峰の膝が若松の腰に絡みついてくる。

「マジで入れるぜ?」
「ああ。早く来いよ」

 ついに、このときが来た。何度も頭の中で想像した、青峰とのセックスの最終的な行為。これを受け入れたら自分はいったいどうなってしまうのだろうかと、若松の期待は更に膨らむ。
 熱い塊が入り口に宛がわれる。若松が息を吐いた次の瞬間、それは解れた穴にめり込んできて、思わず身体を強張らせた。しかし思っていたような痛みはなく、ゆっくりと隙間を埋められていく。

「全部、入った」

 青峰は薄く笑うが、その顔に余裕はない。

「痛くねえの?」
「大丈夫……」
「じゃあ、こっからは遠慮とかしねえから」

 熱くて硬いものが、大きな質量を伴って動き出す。
 さっきの台詞のとおり、最初から容赦なく腰を打ちつけられた。

「すげえ。ヌルヌルで超気持ちいいんだけど」
「そんなん、言うなよっ……あっ、ふっ、あぁっ」

 テクニックなんて言葉が浮かんでこないほど本能的なセックスなのに、どうしようもなく気持ちいい。深く噛み合った部分が火傷しそうなくらい熱く、脳まで痺れそうな快感を与えられる。

「あっ……青峰っ、激しすぎだって……あんっ」
「でも死ぬほど気持ちいいんだろ? 全部顔に出てるぜ」

 そう言う青峰こそ、若松の中で感じてくれているのが顔に出ている。何かを我慢するように細められた瞳。少し開いた唇からは荒い息が漏れ、若松の太ももを掴む手にはずいぶんと力が入っていた。
 あまりにも激しい律動に、気を抜けば振り落とされそうだ。だから青峰の首筋に腕を回してしがみつくと、彼は身体を倒して覆い被さってくる。

「ああ、このまま一生若松サンのこと犯し続けてやりてえわ」

 耳元でそう囁かれ、若松はぞくりと身体を震わせた。青峰に一生身体を貪り続けられるのも、ある意味幸せなことかもしれないと、割と本気で思ってしまった自分が怖い。

「うっ……あっ、あっ、もう……訳わかんねっ」

 頭が真っ白になりそうだ。まるで食い破られるような勢いで身体の中を撹拌され、悶え、喘ぐ。

「こっちが訳わかんねえよっ。なんでこんな、気持ちいいんだ?」
「知らね……あっ!」

 緩むどころかどんどん激しさを増していく青峰の腰使いに、視界がくらくらする。本当に意識が吹っ飛んでしまうんじゃないかと心配になりながら、青峰の背中を強く抱きしめ、堪えた。

「若松サンっ……」

 急に名前を呼ばれて視線を上げれば、紺色に近い蒼色の瞳と目が合う。そして噛みつくような勢いで口づけられ、それだけでも感じてしまうほどにおかしくなっていた。

「くっそ、このままだとイっちまう」

 苛立っているかのようなきつい声で青峰が呻いた。

「ぎゅうぎゅう締めつけやがる。わざとやってのか?」
「ちげえよ。そんなこと、してねえっ」

 青峰の腹に擦られた性器が、いまにも破裂してしまいそうだ。だからもうイケよと小さく呟けば、青峰はめちゃくちゃに若松の身体を揺さぶった。

「マジで、イクぜ?」
「いいって、言ってんだろっ。あっ、中、出していいから」

 肉がぶつかり合う生々しい音が大きくなる。絶頂がすぐそこまで近づいているのを感じて、若松は自ら腰を揺らした。

「あっ、青峰、イクっ!」
「俺も……イクっ……うっ!」

 耐え切れなくなった若松の性器が白濁を撒き散らし、自分と青峰の身体を汚した。その直後に青峰も達したらしく、広い肩を震わせて若松の上に倒れ込む。

 初恋の相手との、夢にまで見たセックス。死ぬほど気持ちよくて、死ぬほど甘くて、若松の頭と身体は完全に蕩け切っていた。――罪悪の意識がベッドの下まで近寄っていることなど知る由もなく。








■続く……■





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