配達員の場合 2


「どうぞ」
「お邪魔します」

 配達のたびに目にする、佳典くんちの広くて綺麗な玄関。今日はついにその向こうへと初めて足を踏み入れることになった。
 埃一つない廊下を進みながら、胸のドキドキが止まらない。まあ、好きな人の部屋に上がるんだから当然なのかもしれない。
妄想の中ではもう何度も部屋に上がったけれど、それは儚い夢に終わるものだと思っていた。こうして一つの願いが叶えられたことが嬉しい。ここからもっと仲良くなれたらいいな。

「広いな〜。本当に一人暮らしなのか?」

 案内されたリビング・ダイニングは、十畳は軽く超えていた。そこに更にキッチンがあるから、全部で十五、六畳といったところだろうか? 俺の住んでるアパートとはずいぶんと違うな〜。あと、やっぱり綺麗だ。

「実は親が買ってくれたんだ。一昨年、親父が仕事で大成功してさ」
「へえ、いいな〜。俺もこのくらい広いところに住みたいや」
「まあ、狭いよりはいいかもな。でも掃除が結構大変だよ」

 他にも部屋がいくつかあるみたいだし、それらをちゃんと綺麗に保つのは大変だろうな〜。

「さっそく写真撮りたいから、ちょっと準備してくる。テレビでも観ながら待ってて」
「了解」

 ああ、そうだ。ここに招かれた本来の用件を忘れるところだった。佳典くんの趣味である写真の、モデル。本当に俺なんかで大丈夫なんだろうか?
 とりあえずソファーに座ろう。ああ、なんか柔らかいソファーだな。座り心地がすごくいい。このソファーに毎日佳典くんが座って、たまに寝そべったりしてるんだろうか。毎日佳典くんのお尻がここに……って、何考えてんだ俺は。
 テレビでも点けるか。ぼうっとしてるとどうしても思考が変な方向に行っちゃいそうだし。
 佳典くんが戻ってきたのは、それから十分くらい経った頃のことだった。

「準備できたから、こっち来て」
「うん」

 案内されたのは、和服やスーツ、その他にもいろんな服の置かれた部屋だった。部屋の半分ほどのスペースをその服の数々が占領し、もう半分は白いシートやライトが設置された、小さな撮影スタジオになっている。

「結構本格的なんだな」
「まあ、他に金を使うような趣味もないからさ。気づいたら一式そろっちゃってた」

 機材やセットがいくらくらいするのか見当もつかないけど、決して安くはないだろう。ここまで来るともう趣味の範疇を超えてるんじゃないかな〜。

「衣装もたくさんあるけど、結構お金かかったんじゃないのか?」
「うちの母親が呉服屋やってて、和服はいらないのをもらったんだよ。他のやつは自分で買ったのもあるけど、知り合いに譲ってもらったものがほとんど」

 ああ、なるほど。そういうことか。それなら俺と同い年でもなんとかそろえられるな。いや、まあ佳典くんの収入がどんなものなのか知らないけど。

「最初はこれに着替えて」

 佳典くんが指差したのは、落ち着いた灰色の着物だった。

「つっても着付けとかわからないだろうから、俺が着せるな。だからとりあえずパンツ一枚になって」
「ええ!? それはちょっと恥ずかしいな……」
「男同士だから気にすることないだろ? 脱がないんだったら俺が脱がすぞ」
「わ、わかったよ」

 普段は別に誰の前でも何も考えることなく着替えられるけど、やっぱり好きな人の前で裸になるのは訳が違う。うう、でも脱がないと佳典くんが写真撮れないから大人しく従うしかない。
 夏真っ盛りなため、Tシャツとジーンズを脱いだらもうパンツ一枚だ。はあ、今日は普通のパンツ履いておいてよかった。ビキニタイプの際どいやつだったら完全に引かれてただろうな。ボクサーパンツでも十分恥ずかしいんだけど。だから早く着物着せてよ、という思いを込めて佳典くんに目をやると、何を思ったのか彼は俺の身体に手を伸ばしてきた。

「思ってたとおり、綺麗な身体してるな」

 少しひんやりとした指先が、俺の胸の辺りにちょこんと触れる。

「マッチョすぎず、でもちゃんと筋肉はついてて、本当に綺麗だ」
「そ、そうかな?」
「うん。でもやっぱり腕は筋肉がすごいね。さすがに仕事で重い荷物を運んでるだけのことはある」

 今度は二の腕を掴んで、軽く握ってくる。別に佳典くんに変な意図はないんだろうけど、やっぱり彼に触られるとちょっと興奮しちゃうな。あそこが反応し始める前に手をのけてもらわないと……。

「は、早く着物着せてよ! いい加減恥ずかしいから」
「ああ、ごめん。あんまりにも理想的な身体してたから、つい」

 そうして今度こそ佳典くんは着物の着付けを始めてくれた。
 実家の呉服屋で教わったのか、彼はずいぶんと手際よく着せていく。あっという間に帯まで結ばれ、足袋と下駄を履いて完成だ。

「結構重いね」

 重いというか、やっぱり窮屈に感じられる。昔の人はよくもこんなもので日常生活を送れていたな〜。

「普段から着てる人はなんてことないらしいんだけど、慣れないうちはやっぱり重いよ」
「佳典くんは着物着たりしないの?」
「ないな〜。成人式もスーツで行ったし。それに着物は俺みたいながっしりした身体してる人より、浩志くんみたいにスレンダーな人のほうが似合うから」

 う〜ん、佳典くんも絶対似合うと思うんだけどな〜。どんなふうになるのかぜひ一度見てみたい。そして脱がすのはもちろん俺の役目! ……なんて妄想で今度ヌいてみようかな。

「それじゃあ、こっちに来て」

 佳典くんに促され、カメラの正面に立つ。ライトが四方の白いシートに反射してずいぶんと明るい。というか、ちょっと暑い。

「こういうのって笑ったほうがいいの?」
「いや、どっちかっていうときりっとした表情がほしい。身体はちょっと右斜めを向いて、目線はカメラのほうに頼む」
「こ、こんな感じか?」
「そう、そんな感じ。すごくカッコイイよ」

 あ、佳典くんにカッコイイって言われた。すごく嬉しいな〜。

「あ、褒めた途端に顔緩んだぞ」
「ご、ごめん」

 そのあとも同じ着物での撮影が続いた。何度かポーズを変えたり、固定したカメラじゃなくて、手持ちのカメラでいろんな角度から撮られたりと、一つの衣装で結構な長丁場になって、少し疲れてしまった。

「今日はこの辺にしておこうか。着物重いから、立ってるだけでも結構疲れただろう?」
「うん。結構きついね。でもいいの? まだ一着しか撮ってないけど」
「もちろん、浩志くんがよければ明日にでもまた撮らせてほしいけど、いい?」
「いいよ。明日は仕事も休みだし」

 それに佳典くんともっと仲良くなりたいからな。これだけで終わってしまうのは、やっぱり寂しい。

「ありがとう。じゃあ、せっかくだから今日はここに泊まっていったら? 酒も飲んだことだし、帰るの怠いんじゃないか?」
「え、いいのか?」
「俺はまったく問題ないよ。むしろ、一人じゃ寂しいからたまには誰かにいてほしい」
「あ〜……確かに一人暮らしだと、そう思うことあるな」

 佳典くんでも同じように感じることがあるのか。俺でよければ、毎日でも一緒にいてあげるよ。

「じゃあ、お世話になろうかな。着替えは佳典くんのを借りてもいい?」
「もちろん」

 マンションの一階にコンビニがあるから、少なくとも下着はそこに買いに行けば済むんだけど、ここはやっぱり佳典くんのを履きたいよな? どんなパンツを履いてるのかも気になるし、何より普段佳典くんの地肌に触れているものの感触を堪能したい……って、これじゃ俺変態じゃないか。
 でも、いいんだ。どうせこの恋の行方は知れてるわけだし、それなら素直にそういう楽しみを味わっておこう。

 シャワーを借りて、やっと汗臭い身体を洗い流せた。今更だけど、身体も洗わずに着物着ちゃってよかったんだろうか? 俺の匂いが付いてなければいいんだけど。
 どうせなら佳典くんと一緒に風呂に入りたかったけど、誘う勇気は最後まで出なかった。大事故が起きちゃいけないしな。ほら、佳典くんの裸を見ると俺の股間が反応しそうだし。
 脱衣室の棚には、佳典くんが準備してくれたボクサーパンツが置いてあった。安さが売りのメーカーのものだけど、見た目は結構俺の好きな感じだ。今度俺も同じの買ってみようかな。
 履く前にちょっと匂いを嗅いでみたけど、洗濯したものだからやっぱりなんの匂いもしない。ああ、佳典くんを先に風呂に行かせるべきだったな。それなら俺が入るときに、脱ぎたてのほやほやの彼のパンツがそこの洗濯機の中にあっただろうに。くそ、ぬかった。
 それでもやっぱり佳典くんが普段履いてるパンツなわけだから、履いてみるとなんだか興奮するのを抑えられなかった。ああ、いま俺のあそこがあるところに、いつもは佳典くんのあれが当たってるのか……なんて想像してしまう。
 そんな自分を内心で落ち着かせながら、俺は何食わぬ顔で佳典くんと風呂の番を交代した。

 佳典くんが風呂から上がって、俺たちはまた酒を飲み直した。いろいろと話も弾んで、更に彼の出してくれたつまみが美味いのも手伝って、知らず知らずに酒が進んでしまい、気分が悪くなる前に眠ってしまっていた。
 ふと目が覚めたときには、壁掛けの時計の針は午前二時を指していて、佳典くんは俺のすぐそばでいびきを掻いている。
 テレビも点けっぱなしだし、電気も同じく点けっぱなし……ああ、エアコンまで点けっぱなしでもったいないや。

「お〜い、佳典くん。こんなところで寝てたら身体おかしくなっちゃうぞ」

 俺のほうはもうすでにちょっと背中が痛い感じだ。
 とりあえず佳典くんをベッドまで連れて行こう。確か寝室はあっちのはずだから、まあなんとかなるだろう。
 起きる気配はまったくないので、仕方なく彼の身体を抱きかかえようと、腕を背中に回す。だが、力を込めてみてもその身体は床から一ミリも浮かず、仕方なく引きずって行くことにした。
 やっと寝室に辿り着いてからも、身体をベッドに引き上げるのにまた一苦労し、ようやく終わった頃には全身に汗が滲んでいた。
 そんな俺の苦労を佳典くんが知る由もなく、気持ちよさそうにいびきを掻いている。
 別に腹が立ったりはしないけど、でもやっぱりなんか頑張ったご褒美がほしいよな。たとえば……キスとか?
 ふと目をやった佳典くんの唇は、少しふっくらしてて触り心地がよさそうだった。俺はそれにそっと指で触れ、ふにふにと押さえてみる。ああ、やっぱり柔らかくていい感じだ。
 ご褒美、もらっちゃおうかな。これだけ寝入っていれば、キスしたくらいじゃ起きたりしないだろう。それにたぶん、これを逃せばこの先彼にキスできる機会なんて訪れない気がする。
 よし、俺は決めたぞ。ここは勇気を出して、やってしまおう。
 彼の顔に自分の顔を近づけると、途端に胸がドキドキと高鳴り始めた。好きな人とのキスだ。そうなって当然だろう。
 改めて見ると、やっぱり男前な顔をしている。垂れ目で優しそうな印象を受けるけど、造りそのものは男らしくてすごく好みだ。
 目を閉じて、残りわずかの距離を一気に詰める。

 チュッ……

 もっと濃厚でエロいキスを何度も経験したことがあるのに、ほんの軽いキスで心と身体が一気に火照った気がする。心臓も、音が聞こえてきそうなほどにバクバクし、手足もなんだか震えて力が入らない。
 一瞬のキスだったけど、柔らかな感触が唇にしっかりと残っている。でも時間が経てば忘れてしまいそうだから、覚えておくためにもう一度しておこう。
 再び唇を重ね、今度は長めにその感触を堪能する。彼が目を覚まさない程度に軽く吸ったり、角度を変えたりして、とりあえずの満足感を得ると惜しみながらも唇を離した。

「好きだよ、佳典くん」

 そして俺は最後に、起きている彼には絶対に言えない言葉をそっと呟いて、音を立てずにベッドから離れるのだった。



 やっぱり断ればよかった。きつい仕事終わりにバスケなんてやるもんじゃない。疲れた身体で一人家に向かって帰りながら、俺は火神の誘いを受けたことを後悔していた。
でもたぶん、また誘われたらオッケーしちゃうんだろうな〜俺。あのキラキラした目で頼まれたらすごく断りづらいし、断ったら散歩に連れて行ってもらえなかった犬みたいにしょげるから。
今日はもう自炊する気力も体力もないから、外食にしよう。といってもファミレスは一人じゃ入り辛いし、酒を飲みたいから居酒屋にしようかな。そう思い立って俺は自宅に向いていた足を飲み屋街へと方向転換させた。
土曜日の夜とあって、やっぱり人が多い。すぐに入れるところはあるだろうかと、立ち並ぶ居酒屋を一軒一軒検分する。

「――小堀さん」

 するとふいに背後から声をかけられ、俺はそっちを振り返った。

「こんばんは。こんなところで会うなんて、奇遇っすね」
「す、諏佐さん!?」

 そこにいたのは、Tシャツに膝丈のジーンズというラフな格好をした諏佐さんだった。まさかこんなところで大好きな諏佐さんに会えるとは思ってもみなくて、何も準備をしていなかった心が瞬時にドキドキし始める。

「ひょっとして飲みに行くところっすか? それとも帰り?」
「今から行くところです。諏佐さんは?」
「俺も今から行くところ。もし一人なら、一緒にどうっすか?」
「いいんですか!? ぜひ行かせてください!」

 なんてラッキーな日だろうか。仕事以外で諏佐さんに会えるだけじゃなく、一緒に酒を飲みに行けるなんて……。すごく嬉しいけど、その半面でちょっと緊張もしている。だって諏佐さんとちゃんと話したことなんてないし、やっぱり好きな人の前で落ち着いてなんかいられない。
 っていうか俺、さっきバスケしたばっかだから汗臭くないかな? 拭き取るだけじゃなくて、制汗スプレーもしておけばよかった。

「もう店は決まってますか?」
「いや、全然。どこも人多そうで迷ってました」
「それなら、俺の行きつけの店に行きませんか? 酒と料理の味は保障します」
「じゃあ、そこにしましょうか」

 諏佐さんの行きつけという店は裏路地を結構進んだところにあり、目立たないだけあって客も少なかった。まあでも、どちらかというと落ち着いた雰囲気の中で飲みたかったから、ちょうどいいや。
 奥のテーブル席に座り、諏佐さんのお勧めどおりに料理と酒を注文する。

「いきなり日本酒なんて、なかなか渋いですね」
「そうっすか? でもここの日本酒かなり美味しいっすよ。小堀さんはどういう酒が好きなんですか?」
「俺は主に焼酎かな。ビールはあんまり好きじゃないです」
「焼酎も十分渋いと思いますよ。ちなみに小堀さんって何歳?」
「今年で二十二歳になります」
「へえ。じゃあ俺と同い年じゃん。俺も来月で二十二になるから」

 すごく落ち着いた雰囲気のある人だからてっきり年上だと思ってたんだけど、同い年だったのか。ちょっと驚きだ。

「じゃあ、敬語は使わなくていいよね?」
「うん。そのほうが話しやすいかな」
「ちなみに小堀さんの下の名前って何?」
「浩志だよ」
「じゃあ、浩志くんって呼んでいい?」
「いいよ。諏佐さんは佳典くんだよね? 俺も下の名前で呼ばせて」

 佳典っていい響きだよな〜。なんかこう、男らしさを感じる名前だ。でもまさか、俺が苗字じゃなくてその名前を呼ぶ日が来るなんて全然思ってなかった。嬉しいけど、なんか恥ずかしい感じもする。

 それから佳典くんとはいろんな話をした。佳典くんはIT系の会社勤めで、趣味は写真を撮ること。休みの日にはちょっと遠出していろんな景色を撮りに行ったり、友達にモデルを頼んで、家で撮影をすることもあるそうだ。
 カメラを構えた佳典くんってどんなだろう? きっと様になってるんだろうな〜。いや、たぶんこの人は何をやっても様になるんだと思う。

 お互いの過去のことも話したけど、そこで俺たちはある共通点を発見した。それはバスケだ。佳典くんも中学からバスケをやっていたらしく、高校時代はチームのエースだったらしい。背が高い――といっても俺より少し低いみたいだけど――からてっきりバレーでもしていたのかな、と思ってたけど、まさか俺と同じバスケとはね。でも共通点があるというのは嬉しいことだし、話題が増えてよかった。

 配達に行ったときはいつも無表情な佳典くんだけど、今は時々笑ったり、驚いたような顔をしたり、いろんな表情を見せてくれる。そのどれもに胸がときめいた。人を好きになるって、そういえばこんな感じだったな。
 そうだ。これだけ仲良くなれたんだから、そろそろあれを訊いてもいいよな? 以前から俺がすごく気になっていた、あれ。

「佳典くんって彼女いるの?」

 肯定されたらもちろんショックだけど、やっぱりちゃんと知っておきたいな。もしいるのなら、俺がもっと佳典くんにハマってしまう前に知っておかないと、あとあと大きな傷を負うことになるだろうし……。

「いないけど」

 佳典くんの口から、俺にとっては嬉しい答えが返ってきた。別に自分の恋心が報われるわけでもないのに、思わず心の中でガッツポーズしちゃったよ。

「そうなんだ。カッコイイし、すごく落ち着いてるからモテるに違いないと思ったんだけどな〜」
「そういう浩志くんはどうなんだよ? 彼女いんの?」
「俺もいないよ」

 まあ、女には興味ないからな。それはさすがに言えないけど。

「それこそ意外だよ。端整な顔してるし、すごく優しそうな感じがしてモテそうなのに」
「そ、そうかな?」

 佳典くんにそう言ってもらえると嬉しいな。やっぱり好きな人に褒めてもらえるのは特別だ。

「そうだ。ずっと前から浩志くんに頼もうと思ってたことがあったんだけど」
「何?」
「ほら、さっき趣味で写真撮ってるっていっただろ? それで、浩志くんにぜひモデルをやってほしい」
「ええ!? 俺がモデル!?」
「そう。浩志くんって背が高いし、さっきも言ったように顔もなかなかいいから、モデルには最適なんだ。それに身体も骨太な感じがしないし」
「いや、でも俺なんかで務まるかどうか……」
「気楽に考えて。どうせ趣味で撮るものだから」

 モデル、か。正直にいうとカメラを向けられるのって昔から苦手なんだけど、これを引き受ければ佳典くんの家に上がれるってことだよな? それにもっとたくさん話もできるし、もっと親密になれる。佳典くんが好きな身としては、この機会を逃すわけにはいかないだろう。

「じゃあ、ちょっとやってみようかな」
「ありがとう。はあ、初めて浩志くんを見たときからずっと撮りたいなって思ってたから、なんか嬉しいな」
「初めてっていうと、もう一年くらい前だよな? 俺がいまの仕事始めたの、それくらいだし」
「そうだっけ? もうそんなに経つのか〜。声かけてみようっていつも思ってたけど、結局いまになっちゃったな」
「まあ、ただの配達員とお客さんじゃなかなかきっかけをつくれないよな」

 もしも今日偶然道端で出会わなければ、きっと配達員とその客という関係のまま時が流れていったと思う。フラッと飲み屋街に出てきてよかったよ。

「そろそろ出ようか? 早く浩志くんの写真撮りたいし」
「うん。そうしようか」

 俺は、佳典くんの部屋の玄関までしか足を踏み入れたことがない。あの先はいったいどんなふうになっているんだろうか? たぶん綺麗に整理整頓されてるんだろうな。逆に散らかってたりしても、それはそれで男らしくていいんじゃないかな。さすがにゴミ屋敷レベルは勘弁してほしいけど……。
 好きな人と、その人の家で二人きり。もしかしたら急展開のラブロマンスが……あるわけないか。その辺の期待はしないようにしておこう。というか、ちゃんと自制できるように気をつけよう。




■続く……■





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