配達員の場合 3 「――起きて、浩志くん。朝だよ」 なんだかよくわからない夢を見ていると、そこに聞き覚えのある声が割って入った。佳典くんの声だ。俺はそれに導かれて、ゆっくりと覚醒していく。 目覚めたばかりで少し滲んだ視界の中に、佳典くんの男らしい顔を見い出した。相変わらずカッコイイ。目覚めに彼の顔を拝めるなんて幸せなことだ。でもどうせなら、王子さまが眠り姫にしたみたいに、甘い口づけで起こしてほしかったけど。 「おはよう」 「おはよう。ソファーで寝てもらっちゃって悪かったな。もしかして俺をベッドまで運んでくれた?」 「ああ、うん」 「やっぱりそうだったのか。ありがとう。浩志くんもあっちのベッドで寝ればよかったのに。あのベッドデカいから、たぶん俺ら二人が一緒に乗っても大丈夫と思うけど」 「いや、さすがにそれは申し訳ないよ。それにこのソファー、ふかふかしてて寝心地よかったし」 もちろん、佳典くんと一緒に寝たいという気持ちもあったけどな。でもあのまま一緒のベッドで寝ていたら、俺は眠っている彼に何をしていたかわからない。そこまで辛抱強くないはないから。 とりあえず顔を洗いに行って、戻ったときにはダイニングテーブルに美味しそうな朝食が並んでいた。俺は白飯派なんだけど、マーガリンの染み込んだ食パンもすごく美味しそうだ。 「今日、昨日の撮影の続きやっていい?」 「もちろん。今日は何を着ればいい?」 「いろいろあるんだけど、まずは浩志くんが仕事でいつも着ているあれを着てほしい」 「もしかして差川のユニフォーム?」 「そう。いつもすごく似合ってるなって思ってたよ。それをやっと写真に収められる」 「いいけど、でも今日綺麗なユニフォーム持ってきてないよ? 昨日着たのがバッグに入ってるけど、あれ汗臭いから着たくないし」 「大丈夫。俺のほうで用意してるから」 え、あれってその辺で売ってるようなものなのか? それは知らなかったな。 朝食を済ませてから歯を磨き、さっそく佳典くんが用意してくれた差川急便のユニフォームに着替える。本家のものより安い布地を使っているみたいだけど、見た目はほとんど変わらないな。 俺の髪は短いけど、寝起きとあって少し変な形になっている。それを佳典くんに整えてもらい、今日の撮影がスタートした。 「足の筋肉も結構すごいんだな」 短パンから剥き出しになった俺の足を見ながら、佳典くんは感心したような声を上げた。 「荷物運ぶのって、腕よりも足腰に来るからね。本当に仕事がいい筋トレになってるよ」 元々筋トレとかめんどくさがってやらないほうだから、正直とっても助かっている。ほら、こっちの世界って筋肉ついてるほうが売れるだろ? 俺自身もやっぱり適度に筋肉がある人のほうが好きだしな。 昨日と同じように、いろんなポーズと撮り方で俺の差川姿が写真に収められていく。終盤は服の裾で額を拭うカットや、脱いでいく姿を連写で撮るという、ちょっと恥ずかしいようなカットも要求されたんだけど、楽しそうな佳典くんを見ていると、そのお願いを無下にはできなかった。俺はたぶん、佳典くんのためだったらどんなポーズでもとれるし、どんな衣装でも着られるんだろうな――と思っていたんだが。 「一生のお願いがある」 「ど、どうしたんだよ、改まって」 「その……ヌードを撮らせてほしいんだ」 「ええ!?」 ヌ、ヌード!? 佳典くんに上から下まで余すことなく見せるってことか!? それはさすがに恥ずかしすぎる……。 「む、無理だよ……さすがに全裸になるのは恥ずかしいし、俺の裸なんか撮る価値ないと思うんだけど」 「そんなことない。浩志くんほど綺麗な身体をした人、俺は見たことないよ。服を着てても十分に見栄えがいいけど、やっぱり隠さずに全部を曝け出すのが一番いいと思う」 そんなことをさも自信ありげに言われても、俺は困るばかりなんだけど……。 う〜ん……どうしよう。やりたくないけど、でも他でもない佳典くんの頼みだ。やってあげたいという気持ちがまったくないわけじゃない。 呻りながら迷いに迷って、俺はふといいことを思いついた。いや、これは凄まじくゲスな考えなんだけど、羞恥心を捨てるにはそのくらいの特典がないと俺は満たされない。 つまり、あれだ。それなりの報酬が欲しいわけだ。だけど物やお金が欲しいわけじゃない。俺が欲しいのは佳典くんの身体だ。 そんな等価交換を要求したら、佳典くんはいったいどんな顔をするだろうか? やっぱり引かれるかな? たとえそうだとしても、俺の気持ちはもう決まったよ。 「ヌード、引き受けてもいいよ」 「本当に!?」 「でも、条件がある。等価交換をしよう」 「俺にできることなら、なんでもするよ」 そんなに俺のヌードが撮りたいのか……。まあ、それなら都合がいいかもしれないけどな。 「佳典くんとセックスしたい」 ああ、言っちゃった。 せっかく、ただの配達員とそのお客さんという関係から一歩進めたというのに、これじゃ赤の他人以上の距離が空いちゃうな。でも、いいんだ。どうせ報われないなら、ここら辺で砕け散っておいたほうがいい。もっと仲良くなってからじゃ、余計に傷つくだけだ。 「ごめん、俺の聞き間違いじゃなければ、いまセックスしたいって言った?」 「言ったよ?」 「俺と?」 「そう」 佳典くんは表情の選択を間違えてしまったのか、半笑のまま硬直している。 「えっと……本気? 俺、どこからどう見ても男のはずなんだけど……」 「そんなのわかってるよ。わかった上で、ヤりたいって言ってるんだ」 「……つまり、浩志くんってゲイ?」 「そういうこと。それで、佳典くんのことが好き」 告白するときって、玉砕するとわかっていても、やっぱりそれなりの雰囲気をつくるものだろう。でも俺は、勢いだけで自分の気持ちを佳典くんに打ち明けた。 二人の間に沈黙が舞い降りる。けれど別に気まずいとは思わなかった。すでに諦めがついているだけに、もうどうにでもなれと投げやりになっている。 速攻で拒絶の返事が返ってくるだろうと待ち構えていたけど、意外にも佳典くんは何か迷っているようだった。これはもしかすると、もしかするのかな? いや、駄目だ。期待はしないでおこう。期待するとショックも倍増しになるからな。 「……いいよ」 だが、佳典くんの口から出た言葉は、俺の予想とは異なるものだった。 「ええ!? いいのか!?」 「ああ。それでヌードを撮らせてくれるんだったら、してもいい」 「いやいや、もう少しよく考えなよ? 俺、佳典くんと同じ、男だぞ?」 いくらモデルをやってもらうとはいえ、こんな無理難題な条件を飲み込むなんて、それはちょっとどうなんだろう? いや、もちろん俺はヤりたいけど、なんだか少し罪悪感が湧いてきたぞ。 「男としたことある?」 「ない。けど……浩志くんとだったら、できる気がする」 「本当に? 途中でリタイアとか赦さないぞ?」 「きっと大丈夫。ちゃんと最後までヤるよ……と言っても、やり方がわからないから、浩志くんに教えてもらいながらじゃないと難しい」 これ、本当にヤっちゃう流れなんだ。でも本当にいいのか? 佳典くんの写真家魂に付け込んで、俺の穢れきった欲望を満たしていいのだろうか? いや、ここは最後までゲスでいよう。きっと二度と廻ってこないチャンスだ。ふいにするわけにはいかない。 「じゃあ、ベッド行こうか?」 「ああ」 |