キスから始まる おまけ



「恋人同士は普通、下の名前で呼び合うらしい」

 レンタルしてきたDVDをプレイヤーにセットしながら、大坪は周囲の人間から得た情報を口にしてみた。

「だから俺たちも、下の名前で呼び合うべきじゃないか?」
「し、下の名前っすか!?」

 一方の日向は驚いたように顔を上げ、しかしすぐに眼鏡の奥の目を伏せる。

「なんか、いざ呼ぼうと思うとすっげえ恥ずかしいんですけど……」
「そうか? 俺は普通に呼べそうだぞ」
「じゃ、じゃあ、試しに呼んでみてください」
「わかった。――順平」

 さっきの台詞のとおり、大坪はなんの抵抗もなく日向の名前を呼べた。しかし、呼ばれたほうの日向は何事かと心配になるほどに顔を赤くしており、大丈夫かと声をかける。

「だ、大丈夫、です。大丈夫だから……俺も大坪さんの名前、呼んでみます」
「いや、別に無理はしなくていいぞ」
「む、無理とかじゃないっすよ。俺だって大坪さんのこと下の名前で呼びたいんっすから」

 日向は何か覚悟を決めたように一つ頷いて、ゆっくりと顔を上げた。

「た、た、た、た、泰介さん……」
「むぅ……」

 日向の名前を呼ぶのは平気だったのに、なぜだか日向に呼ばれるとこそばゆい感じがする。彼があまりに恥ずかしそうに呼ぶから、それが伝染してしまったのかもしれない。

「あ、DVD始まったっすよ」
「あ、ああ」

 こそばゆさだけではなく、そんな小さな進展が嬉しいとも感じる。慣れるのにはしばらくかかるかもしれないが、ただ下の名前で呼び合うというだけでも、なんだか特別なことのように思えた。
 大坪はDVDプレイヤーのリモコンを取って、ベッドに座った日向の隣に腰かける。反対側の肩に手を回せば、日向は素直に頭を大坪の肩にもたれさせてきて、二人はいよいよ密着し合う。

(でも、これじゃいつもと変わらないな……)

 この態勢も決して不満ではないが、どうせならもっと大胆に密着したい。そう思って大坪は日向の背後に場所を移し、彼の身体を挟む形で足を伸ばすと、自分より一回りほど小さな身体を抱きしめた。

「大坪さんっ」
「大坪じゃない。泰介だ」
「た、泰介さん……この態勢は結構はずいんですけど」

 日向の泣き言に、大坪は何も言葉を返さなかった。代わりに抱きしめる腕の力を少し強くすると、日向は観念したように身体を預けてきた。
 週末の夜、部屋で身体を寄せ合いながら映画を観る、蜜月のカップル。たとえ片方が、身が竦んでしまうような強面でも、たとえ片方が地味な眼鏡男子でも、そこには甘い、それは甘い空気が満ちる。
 だが――そんな甘い空気の中で始まったのは、ラブロマンスでも感動的なドラマでもなく、パッケージからして恐怖感の溢れるホラー映画だった。



 映画もいよいよクライマックスに突入し、画面の中では主人公が押し入れから出てきた化け物に追いかけられている。人の形をしたその化け物には洋画に出てくるクリーチャーのような派手さはない。純和製ホラー独特の白い顔に長い黒髪という至って地味な出で立ちだ。しかし、作品のどんよりとした雰囲気と相まって、それが逆にかなりの不気味さを醸し出していた。
 神経は図太いほうだと自負している大坪でさえ、至る場面で恐怖心を煽られた。日向もどうやら怖かったらしく、腹のところで組んだ大坪の腕をがっちりと握り込んでいる。
 主人公はいよいよ開かないドアまで追い詰められ、すぐ目の前まで迫ってきた化け物が手を伸ばしてきた。死んだ魚のような目をした青白い顔がアップで映し出され、大坪と日向は同時に息を飲んだ。
 そこで画面はいきなり砂嵐に切り替わり、何事かと思っていると、エンドロールが流れ始める。どうやら映画は終わりのようだ。

「結構怖かったな」
「そ、そうっすね……」

 なんだかひんやりとしてしまった部屋の空気を変えようと、大坪はリモコンで地上波のバラエティに切り替える。

「シャワーでも浴びてくるか?」
「あ、あの、ちょっとお願いがあるんすけど……」

 なんだ、と訊き返せば、日向は言葉を詰まらせる。どうもいいにくいことを口にしようとしているらしく、眼鏡の奥の瞳は居心地悪そうに大坪の手を見つめていた。

「あの、この歳になって恥ずかしいんすけど、怖いんで一緒にシャワー浴びてもらっていいっすか?」
「……は?」
「あ、あんなの観た直後に一人でシャワーって、俺には結構ハードル高いんすけど。しかもシャワー浴びてるときに化け物が襲ってくるシーンあったし……」
「……おまえ、結構怖がりだったんだな」

 それでも大坪は、日向を笑ったりしなかった。むしろそんな日向が可愛くて、とても愛おしい。ギュッと抱きしめる力を強め、頬を彼の頬にすり寄せる。

「じゃあ、一緒に入るか」
「すいません」
「謝ることはない。俺たちは恋人同士なんだから、一緒にシャワーを浴びるくらい普通なんじゃないのか?」

 それにそういう進展もそろそろほしいと思っていた。いつまでもただ一緒にいるだけでは、恋人になる前と変わらない。もちろん大事なのは互いの気持ちだとわかっているけど、大坪だって男だ。欲がないわけではない。

「行くか」
「はい」

 浴室の隣にある洗面所で、二人はなんの躊躇いもなく着ているものを脱ぎ始める。大坪のほうは最後まで特に手を止めるようなことはなかったのだが、日向のほうはあとパンツ一枚だけというところで、なぜだかもじもじとしていた。

「どうした?」
「いや、なんか泰介さんの前で真っ裸になるのは結構恥ずいっていうか……。あんま見ないでくださいね」

 日向は大坪に背を向けて、最後の一枚を脱ぎ始める。
 露わになった扇情的な曲線に大坪は釘付けになってしまった。白くて滑らかな膨らみ。細身だが程よく筋肉のついた身体の中で、唯一柔らかそうな場所だ。その谷間にある器官を男同士のセックスで使うのだと知識の上で知っているだけに、なんだか下半身が熱くなってくる。

「……触ってもいいか?」

 なんてことをいっているのだと、訊いたあとに猛省した。けれどもう口に出してしまったものを取り消せるわけもなく、日向がすぐに驚いたような顔で振り返った。

「さ、触るって、どこをっすか?」
「ここだ」

 気づいたときには、大坪は日向の柔らかなそこを両手で鷲掴みにしていた。そのままゆっくりと、初めて手に触れる他人のそれの感触を確かめるように揉む。

(や、柔らかい……)

 ツルってしていて、弾力があって、ただ触るだけでこんなに気持ちよくなるものがあるなんて知らなかった。本当に同じ男の身体なのかと、疑いたくなるような手触りのよさだ。

「た、泰介さん……そ、そんなに揉まないでくださいっ」

 日向は嫌がるというより、恥ずかしがっているようだった。困ったような顔は赤く染まっている。それすらも大坪の欲情を煽って、下半身はそんな大坪の内心を素直に表現しようとしていた。

「順平っ」

 大坪の中で何かが切れたような気がした。次の瞬間には日向の身体を後ろからギュッと抱きしめ、火照った身体を隙間もなく密着させている。

「た、泰介さん、腰に当たって……」

 密着させたということは、大坪の荒ぶる欲望を率直に表したそこも日向の身体に触れるということだ。彼はすぐにそれに気づいて、遠慮がちに指摘してくる。

「す、すまん。我慢できなかった」

 思えば裸を見せ合うのも、裸で触れ合うのも初めてだった。男同士だからとさっきは気にも留めなかったが、よくよく考えれば、好きな人の裸なんて刺激が強すぎる。なんて軽はずみなことをしてしまったのだろうかと後悔するが、今更何をどう思い返したところですでに遅い。

「やっぱりこういうのはまだ早いか?」

 せめて日向を怖がらせないようにと、極力優しい声で問いかける。

「お、早くなんてないと思います。付き合って二週間なら、普通のカップルなんてきっともうそれなりにことを進めてるんじゃないっすか? だから俺たちだってそろそろ、そういうことしてもいいんじゃないかと……。それに俺だって泰介さんの裸見て、興奮しちゃったし……」

 そう言いながら日向は視線を下に落とす。肩口からそれを辿ってみると、彼の下腹部が大坪と同様に天井を向いているのが目に入った。

「泰介さん」

 日向が大坪の腕を柔らかく振りほどき、身体をこちらに向ける。いつも綺麗なシュートを放つ手が大坪の胸板に触れ、ゆでだこのようになった顔を肩口に寄せてきた。

「お、俺を抱いて、ください」

 日向をベッドまで抱きかかえることなど、大坪にとってはなんの造作もないことだ。軽い身体をシーツの上に優しく下ろすと、だいぶ赤みが引いてきた彼の顔を覗き込む。

「眼鏡、外していいか?」
「大丈夫っす」

 キスをするときに邪魔そうだと、日向のトレードマークでもあるそれをそっと取る。眼鏡をかけていない寝顔はいつか見たことがあるのだが、起きている顔を見るのはこれが初めてだ。

「綺麗な顔をしているんだな」
「き、綺麗なんかじゃないっすよ」
「いや、綺麗だ。とても」

 薄く開かれた唇に、大坪は口づけを落とす。
 キスをするのも実は久しぶりだ。手を繋いだり抱き合ったりすることはあったけれど、キスをするきっかけはなかなかつくれなくて、結局告白した日以来一度もしていない。
 まるでその分を埋めるかのような、激しくて濃厚なキスだった。けれどどちらにもテクニックなどなくて、唇を押し付け合うような拙いキスだ。それでも驚くほどに上手く噛み合い、長く、深く、口づけを交わす。

「……本当に、最後までしてしまうぞ」

 ここまできてやっぱりやめるなどと言われたら堪ったものではないが、引き返せないわけでもない。だから最終的な確認をしたが、日向は迷いもなさげに頷いた。

「いいっすよ。むしろ最後までしてくれないほうが嫌っす」

 日向が自分を欲してくれているのだとわかって、大坪は安堵すると同時に嬉しくなる。短い髪の毛を梳くように撫でれば、日向は気恥ずかしそうにはにかんだ。
 胸板にそっと触れ、そのまま指を薄桃色の突起に滑らせる。力加減がわからなくてとにかくできる限り優しく擦っていると、日向の息が次第に乱れてきた。

「ここ、気持ちいいのか?」
「よく、わかんないっす。なんかすげえ変な感じ」

 曖昧な感想はきっと気持ちいいのだと解釈して、今度は唇を寄せる。触れた瞬間、日向の身体は驚いたようにぴくりと反応し、大坪の二の腕を掴む手に力が入った。

「声、我慢しなくていいぞ」
「は、恥ずかしいから出したくない……あっ!」

 何やら意地を張ろうとしていたようだが、舌先で乳首を弄繰り回せば堪らないような声を漏らした。
 大坪の腹の辺りでは、日向の硬くなったモノが時折ピクリと震えている。それにそっと手を触れ、先っぽの辺りを円を描くようにして擦ると、生温かい液体がとろとろと溢れた。

「泰介さん、ひょっとして慣れてるんっすか……?」
「そんなわけないだろう……」

 初めてなのだから、という言葉はあえて口には出さない。手順など何もわからないから、いまは結構必死だ。何よりこの早くあそこに突っ込んでしまいたい欲望を抑えるのが大変だったりする。

「あっ、あっ、泰介さんっ」

 日向のそこも大坪の指も、もうぐしょぐしょに濡れてしまっている。ついでに大坪の股間も触ってもないのになぜか濡れていて、自分のいやらしさに少しうんざりした。いや、恋人の身体を弄っておきながらなんとも思わないほうがおかしいだろう。

「俺も、泰介さんの触りたい……」

 潤んだ瞳で横になってと頼まれたら、諾々と従うしかない。日向は大胆にも大坪の巨体の上に乗っかってきて、さっき大坪がやったように身体を触り始めた。

「泰介さんのでけえ……」

 まじまじと大坪の股間を眺めながら、日向は感嘆の声を上げる。確かに日向のより一回りほど大きいようだが、体格を考えればきっとそれに見合った大きさだろう。

「んっ……」

 日向の手に包まれ、その体温と感触に上擦った声が零れてしまう。おまけにその手が上下に動き始めるから、うっかりやばいことになりそうだった。なんとか気合で踏み留まりながら、けれど一瞬でも気を抜けばすぐにイってしまいそうな状態は続く。

「って、こら! 順平!」

 素っ頓狂な声を上げたのは、日向がキャンディーでも舐めるかのように先端をチロチロと舐め始めたからだ。

「美味そうだったから……」
「そんなの、美味くないだろ!」
「いや、美味いっすよ。泰介さんの味がします」

 そういって日向はそのまま大坪のそれを口の中に含んでしまった。

「くっ……駄目だ、順平」

 ねっとりとした粘膜に包まれて、さっきの数倍の快感に襲われる。吸いつかれるたび、全身の毛穴がぞわっと開くような気がした。
 懸命に奉仕してくれている姿はかなり扇情的だった。妄想の中では何度もそこを日向に咥えさせたが、実際に目にしてみると、そのときにはなかった艶っぽさが溢れている。初めて見るそれに大坪の興奮は更に高まってきて、日向にしゃぶられているそこがいまにも弾けてしまいそうだった。

「順平、ストップっ」

 慌てて日向の顔を押し戻し、誤射してしまいそうになるのをなんとか回避する。
 大坪は日向の身体を自分の上に引っ張り上げ、そのままくるりと上下を入れ替わった。そしてさっきのようにまた、綺麗な桃色をした乳首を舐め回す。他にも腋や二の腕、へそなど、彼の身体のあらゆるところを味見して、ついに下腹部に聳え立つそこへと到達する。
 よく見れば、濡れた亀頭は乳首と同じような色をしていた。それすらも愛おしくて、まるで愛でるように指先で優しく撫でたあと――大坪はそれを一息に口に含んだ。

「あっ!」

 日向の口から嬌声が零れる。その声をもっと聞きたくて強く吸いつけば、日向は泣きそうな声で喘いだ。

「あぁっ……あんま、強くしないでっ」

 手を添えた太ももにはかなり力が入っている。気持ちよくなってくれているのだとわかって、単純に嬉しかった。いっそこのままイかせてやるのもいいが、どうせなら身体を繋げたときにイってほしい。だから大坪は惜しみながらも日向のそこから口を離す。代わりに指先を尻に谷間に滑らせれば、日向の身体はぴくりと震えた。

「ここ、入れるぞ? 駄目っていってももう聞かない」

 どうしても嫌だと日向がいうならば、今日はオーラルセックスだけで我慢するつもりではいるが、大坪はあえて強気な台詞を口にした。

「……いいっすよ。ちょっと怖いけど、泰介さんの、入れてください」

 迷いもなく了承の言葉が返ってきて、大坪は逆に面食らった。けれど日向が本気で自分を欲してくれていることが嬉しくもあり、堪らず彼の身体を抱きしめる。

「好きだ、順平」
「俺もっすよ、泰介さん」

 はにかんだ顔はやはり可愛い。そんな彼の頭を撫で、額にキスを落とし、大坪は一旦起き上がる。
 ベッドの下の収納スペースから取り出したのは、この日のために用意していたローションだ。こんなに早くに日向と身体を繋げる日が来るなんて思ってもみなかったが、遅かれ早かれやる気は十分にあった。
 膝を抱えさせると、日向の丸い尻が露わになる。その間の窄んでいる部分と自分の指にローションを垂らし、ひくついたところに差し入れる。

「うわっ……」
「痛いか?」
「痛くはないっすけど、なんか気持ち悪い……」
「やめておくか?」
「や、やめないで! せっかくここまでしたのに……」

 無理をするなといいたくもあったけれど、無理をさせてでもやりたいという気持ちもある。結局欲望のままことを進めることを選んで、大坪は指を更に深いところまで沈めていく。
 入り口こそかなり窮屈だったものの、奥のほうは自由に動かせるほどの広がりがあるようだった。痛がらせないように慎重に周辺を探って、日向のそこを解していく。
 そうしているうちに。大坪は上のほうにちょっとした出っ張りがあることに気がついた。これはなんだろうかと指先で押してみると、いきなり日向の身体は銜え込んだものをきゅっと締めつけた。

「順平?」
「そこ、なんか……」

 気持ちいいです、と掠れた声で呟いたのを聞いて、大坪は納得した。

(ここが、日向の感じるところ……)

 身体の内部にそんな場所があるとは知識として知っていたが、まさか初めてのセックスでそれを発見できるとは思ってもみなかった。
 彼の気持ちいいところがわかったなら、あとはもうこっちのものだ。遠慮も容赦もなく日向の好きなところを抉ってやる。

「んあっ……泰介さん、駄目……」

 駄目という言葉はあえて聞こえないふりをした。指を動かすたびに先走りを溢れさせているくせに、駄目なわけがない。いくら経験がないとはいえ、それがわからないほど大坪も鈍くはなかった。

「嫌だっ……そこばっか、しないで」

 恥ずかしそうに感じてぴくぴくと反応する身体を、今すぐにでも犯してやりたいと本能が暴走しそうになる。けれど日向に痛い思いはさせたくないから、そこが解れるのを辛抱強く待った。
 指を一本増やし、熱い体内は徐々に広がっていく。さすがに三本目を入れたときは日向もきつそうに顔を歪めたが、丁寧にやれば次第に抵抗感は薄れてきた。

「はあ……」

 一度指を全部引き抜き、大坪は大仰に息を吐く。
 ついにきたか、と大坪は思った。初めてのセックスで、初めての挿入――ずっとやりたかったことではあったけど、やはり緊張を隠せない。それは日向のほうも同じだったらしく、先端を押しつけた瞬間にびくりと身体を強張らせた。

「ゆっくり入れていくから、痛かったらちゃんというんだぞ」
「はい……」

 十分に解したとはいえ、指と大坪のそれとでは大きさが圧倒的に違う。だから慎重にやらなければと、一気に腰を押し進めていきたい衝動を抑えながら、大坪はゆっくりと身体を前に出した。
 電気は明るいままにしていたため、どこに入り口があるかは簡単にわかった。柔らかいそこに先っぽが少しだけ入った感触がして、大坪はまず日向の表情を窺う。

「痛くないか?」
「まだ、大丈夫っす」

 余裕があるわけではなさそうだが、もう少しくらいなら大丈夫そうだと、大坪は更に肉棒を沈めていく。

「いっ――!」

しかし、亀頭が全部入るか入らないかというところで、日向は悲鳴を上げた。

「抜いたほうがいいか?」
「い、いや、ちょっとそのままにしといてください。そしたらたぶん広がってくるから……」

 いわれたとおりに少し待てば、確かに締めつけは緩くなる。
そこから先は少し進んで少し待ってを繰り返し、五分くらいをかけてようやく最深部に到達できた。慎重にやった甲斐もあり、日向はもう大丈夫だと柔らかく微笑んだ。

「泰介さんのが、全部俺の中に……」
「ああ、全部入った」

 その事実が嬉しくて、大坪は堪らず身体を倒して日向にキスをする。
 何も告げずに腰をゆっくりと動かせば、大坪の背中を掴む日向の腕に力がこもった。痛いのかと思って止めかけるが、彼の表情は決して苦しそうではない。何より大坪の腹の辺りに当たっている彼の性器はガチガチに硬直したままで、奥に突っ込むたびにぴくぴくと震えている。

「うっ、ぐっ、ああっ!」

 律動を速めれば、日向は涙目になりながら嬌声を上げた。優しくしたいのに、そんな彼のあられもない姿を見ているともっと泣かしてみたくなる。けれど言葉責めは向いていないとなんとなく自覚しているため、大坪は身体で日向を苛めることにした。
 さっき指で散々弄ってやった場所に当たるよう角度を調整すると、途端に日向の身体に力が入り、大坪をより一層強く締めつける。

「あっ、そこ、嫌だっ」

 腰をよじり、痙攣するように悶える日向。自分の身体で気持ちよくなってくれていることに満足感を得ると同時に、もっと貪ってやりたいという欲求は膨らんでいく。
 熱を持った内襞は、大坪の肉棒に強く絡みついてくる。これではいったいどちらが貪られているのかわからないなと思いながら、大坪は日向の中の感触を夢中で味わった。

「泰介さんっ、俺、俺、このままじゃ死んじゃうっ」
「大丈夫だ。俺が、守ってるから」

 死にそうだといわせているのは自分だとわかっているが、大坪はそれに気づかないふりをして行為を続ける。
 笑った顔も、怒った顔も、日向はどんな顔をしても可愛いと思っていた。けれど泣きながら気持ちよさそうに顔を歪める日向は格別だ。今日初めて目にするまで、心も身体もこんなに熱くなるなんて想像もしていなかった。

「泰介さんっ、あんっ」

 喘ぎながら時折大坪の名前を呼ぶのを聞いて、堪らなくなる。このままずっと朝まで日向を犯し続けたいと、暴走しそうになるのを抑えられない。

「順平っ……」

 再び唇を啄むと、閉じた瞳の端から涙がポロリと零れた。それを親指で拭ってやり、今度は長く口づける。
 先に舌を絡めてきたのは日向のほうだ。大坪の首に必死にしがみついて、キスをしながらいやらしく腰を揺らしていた。

「好きだ……泰介さんが、死ぬほど好きっ」

 唇を離した途端に、日向は大坪に対する感情をぶつけてくる。その必死な仕草に胸がかっと熱くなり、大坪は堪らず日向の首筋に噛みついた。

「俺もおまえが死ぬほど好きだ」
「泰介さんっ、泰介さんっ……」

 抉り擦る動きに、日向は泣きじゃくりながら喘ぐ。くしゃくしゃになった顔すら可愛いと感じ、煽りに煽られて――大坪はそろそろ限界だった。

「順平……もう、出そうだ」
「お、俺も出る、から、もっと激しくっ」

 そこから先は、もう容赦なんてしなかった。滅茶苦茶に腰を振って、日向の中を己の肉棒で掻き回して、蕩けてしまいそうな快感を貪り尽くす。

「あっ、あっ、イク! イク――ああっ!」
「順平っ!」

 先に限界を迎えたのは日向のほうだった。熱くなった身体を痙攣させ、白く粘質のある液体を己の腹にぶちまける。その直後に襲ってきた凄まじい収縮に、大坪もまた耐え切れず射精した。

「くっ……」

 頭が真っ白になるほどの快感だった。白濁を日向の中に注ぎ込むと、体重をかけないように注意しながら身体を密着させる。

「大丈夫か?」
「大丈夫、です……」

 日向は弱々しい笑みを浮かべ、大坪の背中にしがみつく。

「俺、泰介さんとヤっちゃったんですね……」
「ああ。いまだってまだ、おまえの中にいる」

 そういって小さく腰を動かせば、日向は小さく喘いだ。

 正直にいえば、今夜は何度も日向を犯したかった。けれどしばらく抱き合っているうちに彼はすやすやと寝息を立て始め、大坪もそれに誘われてまどろんでくる。
 先に身体を洗わなければと思うのに、大坪の身体はもう動かなかった。そのまま日向の体温を腕に抱き込んで、諦めて瞳を閉じるのだった。




■おしまい■





inserted by FC2 system