恋のウイルス〜白一護純情派


「――一護〜」

 朝、ぐっすり眠った一護を起こすのはオレの役目。少し前まで平面ライオンが「モーニンだ、モーニン!」とか言って叩き起こしていたけど、馴れ馴れしく一護の身体に乗っかっていたのがムカついたからいつも引き出しに閉じ込めている。

「一護、起きろよ。でないと襲っちまうぞ」

 オレはいつものようにベッドに忍び込んで、一護の下半身をまさぐり始める。

「あれ、一護〜?」

 こっちはめちゃくちゃ興奮してるっていうのに、一護のそこはいつもと違った。

「朝勃ちしてねえぞ」

 半勃ちくらいはしているのが普通なのに、ボクサーパンツの上から触れてみたそれは小さく縮こまっている。それにこんなに触りまくっているというのに抵抗してこないのもおかしい。オレが朝起こしに来るようになって初めてのことだった。

「どうしたんだ一護」

 布団を捲ってみると、オレほどじゃねえけど一護の顔色は少し悪かった。

「……気持ちわりぃ」

 つわりじゃねえかと、このときオレは本気で思った。だけど冷静に考えればこいつは男で、喩えどんなことをしても妊娠なんてすることはねえ。オレがこいつの中で出したってな。

「大丈夫かよ?」

 大丈夫じゃねえ、と弱い声が返ってくる。
 これはもしやあれか、風邪ってやつ。風邪ひいたことのねえオレにはよく分かんねえけど、一護の妹が風邪ひいたときちょうど今のこいつみたいに顔色悪くして寝込んでいたのを思い出した。
 風邪ひいたときは決まって熱が出るらしい。だから一護の親父が娘にやっていたように、てのひらひたいに乗せてみる。
 熱いな。いつも触れるときよりすごく熱い。勃起したときのアレみたいだ……って口に出したら一護はキレるだろう。

「シロの手冷たくて気持ちいい」

 目を細めて本当に気持ちよさそうな表情がオレの欲をそそった。でもこんな状態の一護を襲っても罪悪感に駆られるだけだと分かっているから、何もしない。額に手を乗せたままじっと眺めているだけでいいんだ。

「近くにいたらうつるぞ」
「バーカ。オレは風邪ひかねえんだよ。人間じゃねえんだから」

 そっか、と一護は少しだけ笑った。

「オレの手貸してやるから、少しだけ一緒に寝てもいいか?」
「……今だけ特別な」

 こいつとは今までいろいろあったけど、一緒に寝るのは初めてだ。何度もそれを懇願したのにまったく聞き入れてくれなかったのが、今日はびっくりするくらいあっさりとベッドに入れてくれる。
 布団の中は一護の体温がこもって暖かかった。掴んだ腕はもっと温かい。いっそのことその温かい身体に抱きつきたいところだけど、冷たいオレの身体じゃあ一護の風邪が悪化してしまう。
 話しかけることさえ堪えてじっと寄り添っていると、そのうち一護は静かな寝息を立て始めた。
 なんだかオレもまぶたが重い。一護の熱に酔ったみたいに、伝わる体温に気持ちいいものを感じていた。

「おやすみ……一護」



 オレと一護は昼になるまでぐっすり寝ていた。
 ノックの音で目覚め、入ってきた一護の親父からミルクがゆを受け取ってそれを一護に食わせようとする。

「ほら、あ〜んv」

 一護の親父、こんな美味しいシチュエーションを与えてくれてありがとう。だが一護はオレの浮かれた気分とは対照的に食べるのを極端に嫌がった。

「……いらねえよ」
「食べねえとよくならねえだろ。作った親父のことも考えろ」
「うるせーな。ならお前が食えよ」

 可愛くない。

「んなこと言うんだったら口移しで食わせるぞ」
「……それは勘弁してくれ」

 言われてさすがに食べる気になったか、一護はだるそうな身体を起こす。
 最初からそうしてりゃいいんだよ。そんな不満を口には出さず、オレは親切にも熱そうな粥をフーフーしてから一護の口に運んだ。

「つーか自分で食うからいいって」
「なんだよ一護、オレにあ〜んくらいさせろって。まさか恥ずかしいとか言うつもりか? 心配しなくても誰も見てねえよ」

 二人だけの空間、二人だけの時間。初めて実感するそれは嬉しい反面、面映い気がして一護から視線を逸らす。これじゃまるで恋する少女マンガの主人公じゃねえか。――ってちょっと待て! オレ少女マンガなんか読んだことねえぞ! 妹の部屋から天ぱちこっそり持ち出して読んだりしてねえからな!



 粥を残さず食べさせたあと俺たちはまた少し眠って、次に起きたときには窓の外は闇に染まっていた。
 半ば眠っている意識に再びノックの音が聞こえて、扉の向こうの親父からお湯の張った桶とタオルを受け取る。身体を拭いてやれ、とのことだった。

「一護、脱げ。それともオレが脱がしてやろうか?」

 一護の親父、またもこんな美味しいシチュエーション与えてくれてありがとう。しかしやっぱり一護は乗り気じゃなくて、自分でちゃっちゃと服を脱いでしまった。
 オレとまったく同じ筋肉質の身体。じっと見ていると欲情してしまいそうだったから、タオルを絞ってさっさと拭いてしまう。
 悪戯したくて堪らなかったけど必死に堪えた。自分の欲に目を向けず、腕を、脇を、背中を、優しく拭いて……だけどオレの下腹部は正直者だった。白いはかまにテントを張ってオレの本心を主張している。

「下は自分で拭けよ。出といてやるから」

 一護は少し意外そうな顔をして振り返った。

「へえ。お前にしてはいやに親切じゃねえか。別に出てかなくていい。男同士だろうが」

 こいつ、本当に鈍感な野郎だ。普段のオレの行動から今のオレの気持ちくらい予測つくだろう、普通。それとも分かっていて俺をもてあそんでんのか? ならオレだって行動に出ちまうぞ?
 まあ、一護がオレを弄ぶような濃い趣味の持ち主でないことは分かっているが。だからオレは気を遣って――というか自分のために一護から離れて、何もない壁をじっと眺める。
 つーかオレ、いつからこんな人に気を遣うようなキャラになったんだろ……。

「シロ、パンツと服取ってくれ」
「……おう」

 タンスからボクサーパンツとTシャツを出して一護に渡そうとするが、そんときオレの心の中で二つの気持ちが葛藤した。このまま振り返らず渡すか、それとも思い切って振り返るか。どちらを選んでも後悔する気がして、迷いに迷う。

「シロ?」

 そう呼ばれると振り返らずにはいられなかった。
 幸運なのか、それともそうでないのか、一護は布団を腰の辺りまで被っていて大事なアレは見えなかった。けどギャランドゥーが、ふっくらとしたお尻が……神様、オレはもう駄目だ。今日だけは見逃してくれ。
 一瞬のうちにオレは一護の身体を押し倒して、薄い唇に自分の唇を重ねていた。
 オレのファーストキス。しかも惚れた相手とだなんて、嬉しい――はずなのに、なんだろ、この罪悪感。取り返しのつかねえことしてしまったみたいにえらく後悔している。

「わりぃ……」

 オレはすぐに一護から離れた。
 驚いているのか、それとも怒っているのか――むしろ両方だろうが――一護はすごい目つきでこっちを見ていた。だから弁解の言葉を並べねえとって思ったけど、こういうとき「わりぃ」以外に何を言っていいのか分からなくて、俺は視線を逸らしてしまった。

「ホントに、悪かった……」

 嫌われたな、オレ。
 でも一護だって悪いんだ。あんな無防備な姿をさらして、風邪なんかひきやがって……。
 なんなんだ、この重い空気と気分は。無性に腹が立ってきて、オレは半ば自暴自棄になりながら一護の部屋を飛び出した。



 あ、平面ライオン引き出しに閉じ込めたままだった……。



 翌朝、オレの目覚めは最悪だった。
 身体が妙にだるくて、なんだか寒気がする。とどめはこの頭かち割れそうな頭痛ときた。

「――よう、シロ」

 焦点の定まらない目がオレンジ頭を捉えた。少し時間を置いて、いつもの眉間に皺の寄った一護の顔が浮かび上がる。

「一護、オレもう死ぬみてえだ……」
「アホか。風邪だ、風邪。昨日風邪ひかねーつってたのになんだその様は」

 風邪ってこんなに辛いものだったのか……。つーかオレ、なんで風邪なんかひいてだよ。虚が風邪なんかひかねーだろ、普通。
 一護の匂いが染み付いた布団にくるまって、頭痛を抑えようと目を閉じる。

「……昨日のあれ、怒ってるか?」

 不意打ちのキス。一護の気持ちを考えないで仕掛けた一方的なキス。あれを怒らないほうがどうかしてる。

「当たり前だろ。怒ってねえわけねえだろうが、ボケ」

 やっぱりな。

「悪かった。本気で反省してる」
「……なんかお前が謝ると不吉なこと起こりそうだな」

 うるせーボケ。自覚してるけどお前に言われたくねえよ。

「でも、俺も少し無防備だったかもな。お前が滅入ることもねえ」

 そう言って一護は俺の頭を撫でてくれる。

「デコ熱いな。つーかお前でも熱とか出んのかよ」
「みてえだな」

 一護の手が冷たく気持ちいい。だからそのままでいて、と腕を掴んだ。

「看病、してくれるか?」
「ああ。昨日お前いろいろやってくれたしな」

 貸しができたみたいでいい気分じゃねえから、と一護は不満っぽくぶつぶつ漏らす。

「添い寝も?」
「してやる」
「身体も拭いてくれるのか?」
「やってやる」
「キスもしてくれるか?」
「してや……って誰がするかボケ!」

 ちっ、引っかからなかったか。まあ添い寝と身体拭いてくれるだけでも満足だけどな。
 腕を引くと、一護は嫌そうな顔をしながらも布団に入ってくる。そして熱の出ているオレよりも断然温かい腕が身体を包み込んで、おやすみ、と耳元で囁いた。


 で、結局平面ライオンのことを忘れたまま、オレは一護の背中にしがみついて眠ってしまったわけだ。


終わり



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