Rain


 雨の音がした。
 狂ったように激しい、大雨の。

 だが――と、コンは窓の外を見る。夜の帳が下り始めた町並みに、雨は一滴たりとも降っていない。
 大雨が降っているのはコンの心の中だった。止む気配のないそれは、すでに巨大な湖をつくっている。水かさを増していく湖にコンの心は沈んでしまいそうだった。止めと願っても雨は降り続けるばかりで、どうすることもできずにコンは膝に顔をうずめる。
 閉じた瞳から温かい雫が流れ落ちた。それもまた雨のように止まる気配がない。



 それは昼間のことだった。いつものように町をふらふらと歩いていると、偶然にも出くわしてしまった。見慣れたオレンジの頭と、その隣をべったりと歩く女。普段ぶっきらぼうな一護が実に楽しそうな顔をしてその女と会話していた。
 湧き上がる怒りと寂しさ。一気に荒れた心はコンの足を走らせた。そうして辿り着いたのは黒崎家のとある一室。そのベッドの上でコンは泣きじゃくっていた。
 この心を支配している感情はなんだろうか? 怒りと寂しさと、大きな虚無感。胸にぽっかりと穴が開いてしまったような感覚がコンを苦しめている。

 ――いっそ死んでしまいたい。

 この苦しみから早く解放されたい。部屋のドアが開いたのは、そんなネガティブな思いに今しも押しつぶされそうになったときだった。
 射し込んだ明かりにコンははっとなる。同時に心が歓喜に湧いて、溢れ出ていたはずの涙がぴたりと止んだ。

「――どうした?」

 低く男らしい声がコンの鼓膜を震わせた。歩み寄ってくる声の主――一心の顔を見上げ、コンは救いを求めるように腕を伸ばす。

「何、泣いてんだよ」

 すると、それに答えるように一心の大きな身体が覆い被さってきて、コンの冷え切った心ごと包み込んでくれた。
 伝わる体温。まるで一心の優しさそのもののように温かい。染み込んでくる熱は心の中にできていた湖を徐々に消し去っていく。

「――で、どうしたんだ?」

 どこまでも優しい声に自然と心が開いていき、昼間の出来事をゆっくりと話す。すると一心は少し笑って、抱きしめる腕を強くした。

「そうか。お前嫉妬してんだな」

 一心の言葉にコンは首を傾げる。それは決して言葉の意味が分からなかったのではなく、聞き慣れなかったからだ。少しの間を置いて「ああ、そういうことだったのか」と納得し、その言葉を受け入れる。

「そんなに一護が好きか?」
「好きだ」

 女と一緒にいるところを見て心を大きく揺さぶられるほどに。だが、一護から同じ気持ちが返ってくることはない。一緒に笑いあうことはできても、それだけ。
 一護のすべてが欲しい。心も身体もすべて自分のものにしたい。相手の気持ちに不釣合いなその大きな欲望がコンを苦しめる大きな要因だ。

「いっそあんたのことを好きになれたらいいのに」

 一心は一護がくれないものを――コンが心の底から欲しいと思うものを溢れるくらいに与えてくれる。だが、コンの恋愛のベクトルはなぜか彼に向かうことがなかった。

「そしたら幸せになれるのに……」

 再び黙り込んだコンを、一心はただただ抱きしめてくれた。だけどそれだけではコンの心は満たされなくて、背中に回していた手を一心の下肢に滑らせた。
 熱く硬い感触。自分に欲情してくれているのかと思うと嬉しくて、胸の中でひっそり笑う。

「――コン」

 名を呼ばれて顔を上げた矢先、開いた口が一心の口に塞がれた。ついで生温かい舌が口内に侵入してきて、コンのそれを絡めとる。
 最初から、むさぼるような激しいキスだった。だがそれくらいがいまの自分にはちょうどいい、とコンはそれに答えようと吸い付いた。

「んっ……」

 堪らず膨れ上がったコンの中心を、一心の手がハーフパンツの上から攻め立てる。思わず甘い喘ぎが口から漏れて、あわてて手で塞いだ。

「なんで塞ぐんだよ?」
「だって恥ずかしいだろ」
「今更だろ。何度ヤって鳴かせたと思ってんだ」

 下肢を攻めていないほうの手がシャツの舌から忍び込み、感じやすい胸の突起を弄り始める。

「あっ……」

 口を塞いだ意味など皆無だった。全身を駆け抜けた快感に声は零れるばかりで止められない。
 シャツとズボンをさっと脱がされ、パンツ一枚というあられもない姿でベッドに押し倒される。そして口内を貪っていたしたが今度は乳首を弄り始め、大きな手はパンツの上から膨れ上がった欲望を上下に扱いた。

「あぁ…ぁっ……」
「ほら、パンツに染みができ始めたぞ」
「言うなっ……バカっ……」

 上も下もあまりに気持ちよくて頭が真っ白になりそうだった。シーツを掴んで意識を保とうとするも、敏感な身体は執拗な攻め立てに訳が分からなくなりかける。
 そうしていつの間にかパンツが取り去られ、直に性器を扱かれると快感に拍車がかかってボロボロと涙が溢れ出す。

「やっ……もうっ、やだ……」
「嫌じゃねーだろ? ホントはもっとひどくしてほしいくせに」

「そんなことない……あっ!」

 生温かい感触がコンの中心を包み込んだ。その瞬間に脳髄まで痺れさせるような快感が襲ってきて、思わず全身を強張らせる。

「そんなとこ、しゃぶってんじゃねえ……」

 何の躊躇ちゅうちょもなくコンのモノを口に含む一心。咥えたまま頭を上下して、コンを確実に絶頂へと導く。

「あんっ……あぁ……あっ……」

 声を抑えることなど、当に頭の中から消えていた。たかが外れたように喘ぎまくって、一心のフェラチオを嫌というほど体感する。

「ああんっ……ぁっ……」

 部屋に響き渡る、クチュ、クチュ、といういやらしい音。羞恥心をあおるには十分すぎるほど卑猥で、しかしそれで目を閉じてしまうと今度は中心部を包む感触が鮮明になってしまう。
 どうしたらいいか分からず一心の顔を見つめると、きりっとした目がこちらを向いた。

「相変わらず煽るのが上手いな」
「誰も煽ってなんかねーよ!」
「自覚ねーのか? お前があんまりにやらしいから、俺のこれもはち切れそうになってんだが」

 硬く熱いモノがコンの後ろの穴に押し当てられる。驚いて少し身を引くと、一心はさも面白そうに笑った。

「大丈夫だ。このまま挿れたりしねーよ。ちゃんとほぐしてからじっくり掘ってやる」



 その後もコンは一心に泣かされ続け、じきに絶頂へと達してしまった。
 仕事の疲れもあったのか、行為が終わると一心はすぐに眠りに落ちてしまった。その身体にコンはぴったりと身を寄せ、彼の体温を直に感じ取る。

 ――この人を好きになれたらいいのに……。

 さっき口にした言葉を、今度は心中で呟く。
 一心のことが嫌いな訳ではない。ただ、彼に気持ちがまったく向かないくらいに一護のことが好きで……。どうしようもないくらいに切なくて、苦しい。
 コンの存在を初めて認めてくれたのは一護だった。廃棄処分されるはずだった自分をぬいぐるみに移して、自由を与えてくれた。――まあ、身体の不自由は多少あったりするが。
 名前をくれた。いろんなところに連れて行ってくれた。しかし、愛だけは一片もくれなかった。自分にくれないものを他人に与えているのを見て、とても悔しかった。

 遠くのほうで雷鳴が聞こえた気がした。雨の匂いもうっすらと感じられる。
 でもたぶん、コンの心にそれが降ることはない。いまは一心の温もりが守ってくれているから。

 ――この人を好きになりたかったな……。

 最後にそう心中で呟いて、コンも眠りに落ちていった。


★おしまい★







inserted by FC2 system