愛する人はチョコの味
バレンタインデー。そういえばそんなどうでもいいイベントがあったな。甘いものが好きな一護にとってはチョコをもらえることは非常に嬉しい。だが恋愛が絡んでくると、そちらのことには疎い自分には面倒な話だ。
そんなことを思いながら自室のドアを開けた瞬間、麻酔効果を伴いそうなくらい甘い香りが、一護の鼻を突き抜けた。いったいなんだと部屋を見回すと、ベッドのそばに何やら変な物体が居座っているのが目に入る。
変な物体――それは人だった。自分と同じ姿かたちをした男。しかし、いつもは髪の毛の先から足の爪先まで真っ白だというのに、今は逆に身体の大部分が黒っぽい色で染まっている。
「何やってんだ、お前」
身体に何かを塗っていること、全裸で前をしっかりオープンしていること、何から突っ込んでいいやら迷っていると、シロは唇の端を吊り上げて笑う。
「今日がなんの日か知ってるか?」
地獄の底から湧き上がるような邪悪な声が、少し笑いを含んで訊ねてきた。
「何って……バレンタインだろ?」
ついさっきまでバレンタインデーはいかがなものかと考えていたのだから、知らないわけがない。だがそれがなんだというのだ? シロの身体が黒塗りになっているのとどう関係がある。
「知ってるなら話ははえー。ほら、俺さまからのチョコレートだ」
そう言ってシロは腕を大きく広げる。
一護はようやく気がついた。部屋に立ち込めるこの甘い匂い、シロの身体に塗られているのはチョコレートだ。しかもご丁寧に大事なところまでしっかりと塗りつけられている。
「俺を喰わせてやるよ、一護」
「って意味分かんねーよ! つーかもったいないだろ!」
どこで仕入れてきたかは知らないが、塗られているチョコの量は半端ではない。
「もったいなくなんかねーよ。全部お前が喰ってくれるんだからな」
「喰うかボケ!」
「なんだよ。せっかく一護が喜ぶと思ってチョコ塗れになったんだぞ」
一護のことを思って、と口では言うが、シロに限ってそんなことはありえない。チョコを塗って待っていたのも、自分が変態的なプレイを楽しみたかったからだろう。そんな勝手な欲望に付き合ってなどいられない。そう思って部屋を出ようとした瞬間、ベッドのそばにあったはずの気配がさっと動いた。
「一護」
邪悪な囁きが聞こえたのは、意外なほど近くからだった。半瞬遅れて背後にシロの気配を感じ、ついで冷たい彼の両手が一護の首を掴んでくる。
「お前が俺を喰わないってんなら、このチョコお前に塗って、それを俺が喰うぞ」
その言葉に一護は全身の毛が逆立つのを感じた。
シロの言う「喰う」とは、おそらく身体を散々舐め回した挙句、後ろの穴を犯すということだろう。以前シロに、強引にそこを掘られたときの不快感と羞恥はトラウマものだ。
「……分かったよ。喰ってやる」
受けは嫌だからな。その言葉は心中で呟くに留めて、一護は首を掴んだシロの手をそっと剥がす。
「服脱ぐからちょっと待ってろ。あと、チョコ付くからベッドじゃできねえからな」
「別にどこでもいいさ」
床に座って大人しく待っている姿は実にしおらしい……と思いかけたところで一護はぎょっと目を剥かれる。一護が衣類を一枚一枚脱ぐにつれて、シロの中心の突起が起き上がってきているのだ。
「しょうがねえだろ。お前の脱いでるとこ興奮するんだから」
それはどういう意味かと胸の中で問いかけ、言葉どおりの意味だろう、と自己解決する。からかっているのか、それとも本当に興奮しているのか、どちらにしても嬉しくない。
最後の一枚――お気に入りのボクサーパンツに手を掛けたとき、一護は自分の下半身の異常に気づいてさっと手のひらを中心に被せた。
「おい」
そんな一護の行動をシロが見逃すはずない。顔を向けると、チョコ塗れの顔は実に愉快そうな笑みを浮かべていた。
「なんだ、ヤる気満々じゃねえか」
「違う! これは下着が擦り切れて……」
すっかり勃ち上がった自分のモノを見ながら言い訳を考えるも、この場では何を言っても役に立たない。反論の言葉を途中で切り、諦めてボクサーパンツを脱ぎ捨てる。
「俺の裸に興奮したんだろ?」
「するかボケ」
否定したものの実際のところあまり自信がなかった。チョコに溺れた彼の乳首や股間、興奮しないと言えば嘘になる。だがそれを認めれば目の前の男は言葉尻を取ってまたからかってくるに違いない。
生意気な言葉を吐けないようにするには、やはりさっさと押し倒してしまうのが一番だろう。そっと床に押し倒した身体はすべてを明け渡すかのようにまったく力がこもっていなかった。
「残さず喰えよ」
露骨な言葉を放った口を、一護は自分の口で塞いでやる。
捕まえた冷たいシロの舌は甘いチョコの味がした。もっと甘いところはないかと探っていると、シロの舌がそれに応えるように絡んでくる。
「はあ……」
濃厚なそれを何度か繰り返した後、見下げた顔には熱っぽい色が浮かんでいた。それが妙に淫靡な感じがして一護は戸惑う。あまり見せられたらめちゃくちゃにしたくなるではないか。
「美味いだろ?」
「お前じゃなくてチョコがな」
念を押して再び唇とその中のチョコを味わう。徐々に甘さが薄くなってきたら、今度は頬や目の周りのを丁寧に舐めとり、それから首筋、脇、腕、指、と綺麗にしていく。
「お前犬みたいだぜ」
セックスの前戯を受ける身は、もっと乱れたり喘いだりするものではないか。しかしさっきからシロの口から出てくるのは雰囲気のない生意気な台詞ばかりだ。
それは彼の性格的な問題なのかもしれないが、自分の前戯のテクニックにも多少の問題があることは否めない。経験が少ないせいでこういうことは慣れていないのだ。というか、後にも先にも一護がセックスをした相手はシロだけである。
だから少しは彼の感じる場所も心得ているのだ。たとえば乳首とか――
「……っ」
舌先でチョコに埋もれたそこを突くと、一瞬だが確かにシロの腕がびくっと動いた。
(やっぱここいいんだ)
すぐに起き上がった小さな突起を転がすように舐め回し、舌全体で押しつぶした後、音を立てて吸い付く。
「……ぁっ」
むず痒そうな表情と、弄るたびに反応する身体。素直に声を出せばいいのに、と執拗に攻め続けた。
「お前、しつこいんだよ」
そうしてついに上がった声は、甘い喘ぎではなく怒気の混じったものだった。
「乳首ばっか舐めやがって。もっとチョコの付いたところあるだろうが」
「お前が声我慢してるからだ、アホ。感じてんなら素直に喘げよ」
「莫迦。お前の舌テクなんかちっとも気持ちよくねえんだよ――あっ!」
ムキになって乳首を軽く噛んだ瞬間、シロの声が跳ね上がった。
「なんだ、今の声は?」
からかうように指摘すると、シロは眉をひそめてそっぽを向く。本人にとっては相当屈辱的だったらしい。まあ、こちらとしては立場が上になったようで嬉しいのだが。
そうして何度か乳首を攻めた後、徐々に身体を下っていく。もちろん塗ってあるチョコを綺麗に舐め取りながら。へそとその周りを綺麗にし、太ももをしつこく舐めるとシロはくすぐったそうに身を捩った。
膝から下は面倒くさかったのか、あるいは舐める必要がないと伝えたかったのか、まったくチョコが塗られていない。だから一護は残るそこを――太く、硬く、大きくなったシロのモノを咥え込んだ。
「ぁっ……」
シロの顔に、いつもの余裕は浮かんでいない。減らず口も叩かなくなり、少しだが甘い喘ぎを漏らすようになった。
咥えたまま上下に動き、舌先で裏筋をなぞり、亀頭を丁寧に舐め回す。これを何度か繰り返しているうちにチョコに混じって何か塩っぽい味が口に広がってきた。
「ぁぁっ……はあ……」
残ったチョコと溢れ出る粘膜を掬うように舐める。
しきりに漏らす頼りない嬌声は、一護の欲望を掻き立てるのに十分すぎるほど淫靡だった。自身の中心は服を脱いだときとは比にならないほど張り詰め、欲望の吐き場所を求めている。
そうして目に入ったシロの小さな穴は、ヒクヒクと何かを待ち焦がれているかのように開閉していた。不思議なことに穴とその周りにはチョコが一切塗られておらず、窄まりと襞が丸見えだ。
一護は何の迷いもなく、そこに唇を押しつける。
「……っ!」
乳首に噛みついたときよりも更に大きな反応。シロにしては珍しく本気で驚いたような表情を見せた。
「どこ舐めてんだよ! そこはチョコ塗ってねえだろうが!」
だからなんだというのだ。チョコを塗ってないところを舐めてはいけない、という注意事項など聞いていない。それにシロの驚愕に歪んだ顔を見るのが実に楽しいから。
一護は散々シロのそこを舐めほぐした後、自分のモノを突っ込んで掻き回し、膨らみすぎた互いの欲望を解放させた。白濁を自分の腹に撒き散らせたシロは疲れきったようで、仕方なく抱きかかえて風呂場に向かう。
丁寧に互いの身体を洗った後はベッドに二人して横になる。
「気持ちよかった?」
その問いかけにシロは答えない。変わりに腕を一護の背に回して、甘えるように頬を胸元にすり寄せてきた。
普段あれほど強気の彼が実は相当な甘えん坊だということは、数回のセックスを経て知っている。最初の頃はその変貌ぶりに驚いたものの、慣れれば可愛いものだと思えてくるから不思議なものだ。
弟、と健全な立場には割り切れないが、それに近い――いや、もっと深い感情を彼に対して抱いていることは間違いない。だがそれを恋人と認めるのはなんだか悔しくて、途中で考えるのをやめにする。
そんなもやもやした気持ちも、次のシロの一言で霧散した。
「ホワイトデーが楽しみだ」
「……は?」
疑問符を上げたものの、一瞬にしてその言葉の意味を理解した一護は凍りつく。
「ホワイトデーはお前にチョコを塗ったぐって、それを俺が喰うからな」
もぞもぞと身動きしたシロの顔には、いつもの邪悪な微笑みが浮かんでいた。
おしまい