湯けむりに包まれて


 気づいたときにはもう遅かった。

 迫っていた気配は、どうやらシャワーの音に掻き消されていたらしい。一護が制止する間もなく風呂のドアは開け放たれ、でかい図体のそれが入ってくる。――もちろん全裸で。

「普通入ってこねえだろ」

 鏡越しに睨んでやった相手――一心の顔は、それとは対照的ににやりと悪戯な笑みを浮かべた。

「お前の身体洗いに来てやったんだよ。ありがたく思え」
「いらねえよ、変態」

 まったくありがたくもない申し出を一蹴するが、怯む様子もなく一心は風呂椅子に座った一護の後ろにしゃがみこむ。

「ついでにお前の成長具合を確かめようかと」

 背中を上から下に滑った手の感触に、一護は思わずびくっとなった。

「なんだ、今ので感じたのか? 鳥肌すげぇぞ」
「ち、違うっ」

 ただ、と弁解の言葉を探そうとするも、結局グーの音も出ずに視線を足元に落とす。だからと言って感じたことを認めたわけではない。急に触ってくるから驚いただけだ。そう心の中で呟いて、しかし半分は一心の言葉どおりだと分かっているから、何も言わなかった。
 石鹸で泡立った一心の手が、一護の腕を滑っていく。丁寧に擦る手の感触は少しくすぐったかった。

「立派になったもんだなあ。髭は全然生えてねえのに、あそこはこんなに」
「うるせぇ、黙ってさっさと洗え」

 一心のさも楽しそうな笑い声が風呂場に響く。
 もう何度もそこを見たくせに、今更何を言い出すのだろう。少しの怒りといっぱいの恥ずかしさを胸に抱えたまま、自分の身体を這う手の感触に意識を傾けていた。
 こうして一心に身体を洗ってもらうのは、何も今回が初めてではない。最初は「たまには息子の背中を流してやろうと思って」などと言って図々しく風呂場に入ってきた。それからは当たり前のように何度か入ってきては、こうして身体を洗ってくれる。だが決まってその最中に、身体を洗っていたはずの手が何やら怪しい動きをし始め、そして一護の身体をもてあそぶのだ。おそらく今日も――
 下肢がじわりと熱くなるのを感じた。うな垂れていたそれが、徐々に鎌首を持ち上げようとしている。

(期待……してんのか)

 あの意識が飛びかけるような感覚を、あの全身がとろけてしまうような快感を、一護の身体は求めている。でもそれを認めたくなくて、思い出しかけたここでの情事を振り払うように固く目を閉じた。
 だが――
 背中を洗っていたはずの一心の手は、いつの間にか一護の胸に伸びてきていて、太い指が乳首の周りを行ったり来たりしていた。わずかにかするそれにもどかしさを感じながらも、口にも態度にも示さないで触れてくれるのをただ待った。

「触ってほしいんだろ?」

 耳元で囁かれた声に、一護は首を横に振る。

「素直じゃねえなぁ」

 分かっているなら、焦らさずに触れよ。鏡越しに視線で訴えると、一心は軽く笑った。

「一言お願いすれば済むことなのによぉ」

 その一言が口にできたらこちらだって苦労しない。だが素直に平伏すのをプライドが許さなかった。
 一心はしゃがんだ態勢から、ひざを突いて一護を抱き込めるような態勢になる。そのとき、背中に押し付けられた硬くて熱い感触に気がついて、一護は信じられないものでも見るかのような目をした。

「仕方ねえだろ。大好きな息子の身体に触ってんだから」

 そう言って、自己主張するように張り詰めたそれをぐりぐりと押し付けてくる。

「き、気持ち悪りぃことすんなよっ!」
「俺は気持ちいいぜ」
「知るかアホ!」

 これが、父親が息子にすることかと今更ながら心中で突っ込んだ。
 きわどいところを周回していた一心の指は、ついに一護の胸の突起に触れてくる。歓喜に湧いて心を抑えるようと身体を引くも、一心の腕はがっちりと一護を捕らえて離さない。

「何逃げようとしてんだよ。ホントは嬉しいくせに」
「んなわけ、ねえだろ……ぁっ」

 石鹸で滑る指先が、一護の乳首を撫でるように触れてきた。それから軽くつねったり、芯を押しつぶすように摘んだりと、いいように弄ばれる。

「やめっ…ぁっ……ぁん」

 どこから出るのかと、自分でも不思議に思うような甘ったるい声が一護の口から零れていく。止めようにも止められないそれに嫌になりながらも、一護の意識を奪おうとする指先からはもう逃げようとはしなかった。
 もっと、もっと、と求めるように跳ね上がる声がいやらしい。そしてそんな声を出さされているのが悔しいと思いながらも、スイッチの入ってしまった一護はもうどうすることもできなかった。

「すげぇやらしい顔してんぞ」

 そう言われて鏡を見ると、身体を弄られて堪らなくなっている自分が映っている。そんなみっともない姿から顔を背けると、背中の一心が小さく笑った。

「すげぇやらしくて、すげぇ可愛い」

 しばらく乳首を弄んでいた一心の手が、今度は一護の下肢に伸びてくる。溢れんばかりに大きくなったそこを一握りにされ、ゆっくりと上下に扱かれた。

「あぁっ…ぁっんっ……」

 じわりと何かが溢れ出すような感覚――太い竿を伝う雫は、決してお湯だけではなかろう。
 皮から露出した部分を擦られ、扱かれ、指先で裏筋をなぞられる。自分で弄るのでは得られないその快感に一護は身震いした。

「気持ちいいだろ?」

 言葉では返せないが、先ほどから絶え間なく溢れる喘ぎ声にその答えは分かっているはずだ。
 一護の中心を弄っていないほうの手がその中指を口に突っ込んでくる。どうしていいか分からず舐めまわしていると、石鹸の苦い味がして思わず吐き出してしまう。

「大丈夫か?」

 平気、と息の上がった声で返事すると、吐き出された指はまた最初のように一護の乳首を弄び始めた。

「やぁ……あぁ…ぁっ」

 もう何がなんだか分からないような状態になってきて、救いを求めるように鏡の向こうの一心を見る。

「安心しろ。すぐイかせてやるから」

 落ち着き払った声が鼓膜を震わせると同時に、その耳たぶを甘噛みされた。それすらも快感となって一護の身体を攻め立て、絶頂へと導かれる。

「一護、可愛い」

 相変わらず背中に押し付けられている一心のモノも、きっと欲望を吐き出したくて堪らなくなっているはずだ。しかし今の一護は意識を保つのが精一杯で、一心をイかせてやることはできそうにない。あとでちゃんとイかせてやるから、と鏡越しに視線を送ると、一心のそれを交わってドキッとする。
 父親のはずなのに、と今更ながら一護の気持ちを否定する良心。血の繋がった親子なのに、と欲に溺れそうな心を諌めようとする理性。だがどんな感情も“好き”というそれには敵わなくて、結局今日も最後までしてしまうのだ。
 一護は紛れもなく一心が好きだった。いつからかは覚えていないが、父親以上の感情を抱き始め、そして愛欲に溺れた。この男になら身も心もめちゃくちゃにされていいとさえ思っている。

「親父っ……俺のこと、好き…ぁっ…?」

 呂律の怪しくなった舌でなんとか言葉を吐き出すと、涙の滲んだ目で一心を見た。視線を受け止めた一心は優しい微笑みを浮かべ、一護の頬に口づけてくる。

「馬鹿野郎、好きだからこんなことしてんだろうが」

 よかった、と安堵に笑みが零れた。そして安堵したと同時に、限界まで張り詰めた一護のモノから白濁がほとばる。

「あっ…親父っ……」

 頭が真っ白になるような快感。全身の力が一気に抜け、身体を支えるのが難しくなった一護はその身を一心に預ける。

「親父……」

 抱きしめるように両手を胸の下に回してきた一心は、髭でチクチクする頬を一護の頬に擦り付けてくる。

「お前はずっと、俺だけの可愛い一護だ」

 ああ、と頷いた一護は泡だらけの身体をひるがえし、大きな一心の身体に抱きついた。最初はあれほど嫌がっていたのに、と今の状態に馬鹿らしくなるも、やはりこのままがいいと、広い方に顎を乗せる。

 その後の行為も一護の身体はすんなりと受け入れ、これでもかというほど一心に愛された。お互い良心も理性もどこかに吹っ飛んでしまった――いや、もしかしたらそんなもの最初からなかったかもしれないが、芽生えてしまった感情は膨らんでいくばかりで、いつか破裂するかもしれないと分かっていても、止められなかった。




おしまい



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