01.おれの初恋


 どうしておれの親ってあんな分からず屋なんだろ……。

 おれ――崎芝 良太さきしば りょうたは某高校の一年生。明るく元気でクラスのムードメーカーである。ちなみにサッカー部に所属しているんだけど、そのサッカー部のことで親ともめてたった今家出したところだ。それというのも、おれは別に好きでもないサッカーを親に無理やり続けさせられていて、やめたいと言い出したら両親共に怒鳴ってきたからであった。
 おれ何も悪いことしてないのに……。それに部活やめるとかやめないとか、おれが決めることじゃん。いちいち親が口出しすることじゃないと思う。
 やりたいこともろくにできない人生なんて嫌だ。だからおれは部活をやめると言ったのに、あいつらはそれを止めようとする。なんで? おれのことなのにどうしてお前らが文句言ってくるわけ? おれはあいつらがムカついて思い切ってこうして家出した。
 家出したはいいけど、行くあてがなかったりする。友達の家に泊まるのはなんだか気が引ける。他の家族に迷惑かな、って。だけどこのまま野宿するわけにはいかないし……。
 辺りはもう暗くなってしまっている。携帯と財布だけを持ったおれは、海沿いの道をとぼとぼと、一夜をどう過ごそうか考えながら歩いた。
 そういえば、クラスの中に一人暮らししているやつがいたっけな。五十嵐いがらし 蜻蛉とんぼ――クラスではあんまり目立ってないけど、おれは結構気になってる。それがすっげぇ絵が上手いのな。将来漫画家になれると思うぞ、あれは。
 それにしても高校生で一人暮らししてるなんてすごい。しかも仕事をしてるんだ。どんな仕事をしているかは聞いたことないけど、結構儲ける仕事らしく、学費も生活費もそれで何とかなっているらしい。なぜ一人暮らしかというと……親が死んじゃったんだって。親戚も身内もいないって。なんかそれってすっげぇ寂しいよなぁ。でも嫌いな親ならいないほうがマシかも。
 おれは友達から五十嵐くんのメルアドを聞いて、泊まっていいか訊いてみた。返事はOK! さっそく五十嵐くんの家に行くことにした。
 けど五十嵐くんちって遠いんだよな。電車で四十分くらいのところにあるらしい。お金もかかるんだよなぁ。でも他にあてがないんだから仕方がないや。



 電車に揺られること四十分。五十嵐くんの指定した駅に着いた。
 すっごい田舎の駅みたいで、小さくてどこか寂しい雰囲気だ。
 さっき五十嵐くんから「もう駅に来てるからねー」ってメール来たからいるはずなんだけど……ああ、いたいた。駅の入り口のところに銀髪頭の美男子が立っている。あれが五十嵐くん。なかなかかっこいいんだよなぁ。身長はおれより少し高いから、だいたい170センチくらいだろう。体重は50キロって言っていた記憶がある。顔はマジでいい。ジャニーズのやつらなんか目じゃないよ。あれじゃ女子もほっとかないだろ、と思うけど、あいにくうちの学校は男子校だから女子はいない。でも他の学校の女子に目をつけられてるらしいよ。まあ、それも大いに納得なんだけど。
 彼に比べたらなんだよ、おれって。女子に噂されたことないし、かっこいいとか言われたこともないし……。でも悪い顔じゃないっすよ。普通普通。

「よっ!」

 おれが声をかけると、彼はこちらに視線を向けて微笑んだ。その笑顔がまたかっこいいんだよなぁ。でも学校じゃあめったに見せない。ってか、学校では「無口」「無表情」「無愛想」の三拍子でみんなに知られてるんだっけ。でも今笑ってるよな。

「久しぶりだね」

 言われてみればそうだ。今は冬休み半ばで、彼とはもう一週間くらい会ってなかった。

「寒いから早く行こ」
「うん」

 おれは五十嵐くんについて歩き出した。歩きながら、家出した理由と親に対する思いを話した。親がいない彼に話すのはどうかと思ったけど、でも彼が話してほしいと言うから話したのである。

「僕も親がいるとき同じようなことあったよ。部活やめたいのにやめさせてもらえなくて、どうしてこんな思い通りにならないんだろうって嘆いてた」

 そういえば五十嵐くんって今は文芸部なんだよな。スポーツやってそうなイメージあるけど……。

「サッカー部って大変なんだろうね。学校帰りに走ってるの見かけるからさ」
「うん。マジでキツいよ。顧問も厳しいし」
「文芸部でよかった」

 ああ、おれも文芸部入ろうかな。平日はあんまり活動しないらしいし、休日なんかは部活ないらしいから。サッカーに比べたらもう天国のような部活だ。サッカーやめたら文芸部に入ろう……それに五十嵐くんと一緒って新鮮だし。友達はみんな彼のこと悪く言うけど、おれは密かに気に入ってんだよな。
 そうこうしているうちに五十嵐くんの家に着いた。暗くてよく見えないけど、あんまり大きくはないようだ。まあ、一人暮らしにはちょうどいいくらい? 家の周りには他の家はない。この家だけが孤立していてなんとなく寂しい。
 家の中は整理整頓がきちんとされていて、いかにも五十嵐くんの家って感じだった。おれんちとは大違いだなぁ。
 
「適当に座ってて」

 リビング・ダイニングと思われる部屋ももちろん綺麗だった。広さは十二畳ってとこだな。十畳なんて一人暮らしには広すぎるくらいだろ? おれんちなんか四人暮らしで六畳だぜ?
 液晶テレビにパソコンにエアコンにソファ……金持ちの家って感じだな。そんなにいい仕事してんのか、五十嵐くんは。
 おれはソファにどさっともたれる。もう精も根も尽きたんじゃないかってくらい疲れたな〜。家出の準備とか電車の旅とか……しかももう夜の十一時近くになっているし。
 こんな時間にお邪魔しちゃって悪かったかな。

「あの……ごめんね。あんまり親しくないのに泊まりにきちゃって」

 ううん、と五十嵐くんは首を横に振った。

「全然いいよ。むしろ誰かに来て欲しかったもん。こんな広い家に独りって寂しいから」

 五十嵐くんでも寂しいって思うことあるんだなぁ。いかにも孤独が好きって感じの人なのに。

「でもどうして僕んちに泊まろうって思ったの」
「あ、えっと、それは……」

 他の友達には家族がいて、その空間ってなんとなく居づらいんだ。だから一人暮らしの五十嵐くんの家に来た。けど本当は……

「五十嵐くんと話したかったから、かな」

 そう、本当は五十嵐くんと話したかったんだ。彼のいろんなことが知りたくてここに来た。

「珍しいね、そういう人。クラスの人って僕とあまり話したがらないのに。まあ、それは僕が話しかけにくい雰囲気をつくってるのが原因なんだけどね」

 確かに学校にいるときの五十嵐くんって話しかけにくい。でも今の五十嵐くんは全然雰囲気違うな。なんだかしっかりものの優しいお兄さんって感じがする。

「学校にいるときと雰囲気違うね」

 こっちの五十嵐くん、すっごく好きかも。

「学校では面白いことないからね。まあ、家でも一人でいるときは面白いことないけど、君と話しているとなんだか楽しい。あ、そういえば君のことなんて呼べばいい?」
「あ、う〜ん……気安く良太って呼んでよ。五十嵐くんのことはなんて呼べばいいの?」
「なんでもいいよ」
「うん、じゃあ蜻蛉とんぼって呼んでいい?」
「いいッスよ」

 ここは親しみを込めて下の名前で呼ばなきゃな!
 それにしても蜻蛉、っていい名前だよな。その名前の人もすっげぇいいやつだけど。親しくもないおれを泊めてくれたんだからなぁ。こんな優しい蜻蛉の姿をクラスのやつらは知らないんだ。なんかおれだけ得した気分。

「いつまでここにいる予定? こっちとしてはずっといてもらってもいいんだけど」
「え、でも迷惑じゃない?」
「全然。むしろ君がいてくれたほうが嬉しいよ」

 そう言うんならずっといようかな。蜻蛉と二人暮らしっていうのも楽しそうだ。それに家に帰ればうざい親たちがいるし。
 でもずっとっていうのはさすがに無理だろう。学校が始まれば親も黙っちゃいないだろうし、そうなれば先生にガミガミ言われるに違いない。いられても冬休みいっぱいかな。

「早いけど僕はもう寝るね。明日も仕事早いから。君はどうする?」
「おれも疲れたからもう寝ようかな。――その前に、蜻蛉ってどんな仕事してんの?」

 そうそう、これはちゃんと覚えているうちに訊いておかなきゃな。だけど蜻蛉は人差し指を口に押し付けて……

「秘密。まあ、そんな大したことはしてないんだけどね」

 秘密ってことはさ、もしかしてあっち系な仕事してんのかな? いやいや、蜻蛉に限ってそんなことないっしょ。たぶん、うん、普通っつーかさ、彼が秘密にすんの好きなだけだって。

「あーそういえば寝床のこと全然考えてなかったや」
「おれソファでいいよ」
「駄目駄目。ちゃんとした寝床じゃないと身体おかしくなっちゃうよ。でも布団ないしな……一緒に寝る?」

 え、とおれは一瞬呆然とした。だってさ、一緒に寝るって言ったんだよ。ってまてまて、蜻蛉は同性だ。一緒に寝たって問題ないだろ。だけどおれは心のどこかで蜻蛉と寝ることが特別だと思っていた。一緒に寝るのが嫌なんじゃなくて、なぜか緊張しちゃうんだ。

「ベッドもおっきいしさ。二人でも十分納まるよ。――嫌?」
「ううん。嫌じゃないよ。でもいいの? おれと一緒っての嫌じゃない?」
「全然。一人で寝るのって寒いしさ」

 そうだよな。こんな寒い日に――つってもここは暖房効いてて暖かいけど、一人で寝るのは寒いって。それに寂しいじゃん。寝るときに一人なのは当たり前だけど、そうでないときまで蜻蛉は一人だったんだ。やっぱ誰かと一緒にいる温もりっていうのを感じたいのかな。よ〜し、ここは蜻蛉の心も身体も温めてあげよう!


 で、実際に二人で寝てみたわけだけど……
 寝室はリビングとは違ってすっげぇ寒くて凍え死ぬんじゃないかと思った。
 蜻蛉の言っていたとおり、ベッドには二人見事に納まった。しかもギュウギュウじゃなくて結構余裕がある。両親が使っていたベッドなんだって。

「暖かい。やっぱり二人で寝るといいね」

 確かにいいな。お互いの熱が伝わってきてとても暖かい。なんだか安心するなぁ。

「思えばこうして誰かと同じベッドで寝るのって初めてだ」
「あ、おれも初めてかも」

 友達とも同じベッドで寝たことないや。

「蜻蛉が初めて一緒に寝る相手だ。特別、なんだよ」
「なんか嬉しい」

 暗くて顔は見えなかったけど、蜻蛉は笑っているようだった。
 おれだって嬉しいよ。他の友達と一緒に寝るより蜻蛉と寝るのはずっと特別で、嬉しくて……あれ? なんで嬉しいんだろ? なんで特別なんだろ? なんかおかしくね?

 嗚呼、そっか。そうなんだ。
 おれは初めて気がついた。

 おれは蜻蛉に恋してるんだ。だから教室にいるときも気になってたし、今だって一緒に寝れて嬉しいって感じる。
 これは正真正銘の初恋だ。今まで性別に関わりなく誰かに恋をするなんてことなかったけど、高一になってようやく、五十嵐蜻蛉という男を好きになった。
 でもこの恋って実らないよな。だって蜻蛉はおれと同じ男の子だもん。彼は女の子に恋をするし、もしかしたら将来結婚するかもしれない。

 おれはどうしたらいいんだろう?






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