03.蜻蛉は誰かに恋したことある?
そのあとはおれと蜻蛉と木村さんで適当に雑談して、十時になった頃に木村さんが帰っていった。訪れるのは蜻蛉と二人だけの時間。おれのとっては特別な時間である。だけど蜻蛉はどう思ってるんだろう? やっぱりおれと一緒じゃ居辛いかな? でも前に蜻蛉はおれがいてくれて嬉しいって言っていたから、きっとどうではないと思うのだけれど……。
「――良ちゃん、お風呂入ってきなよ。ずっと話してたからまだ入ってないでしょ?」
「あ、うん」
そっち、と蜻蛉が指差したほうにおれは着替えを持って行く。
そして風呂場に入って身体を洗い、湯船に身を沈めた。
「はあ……」
木村さんがいろいろ助言してくれたおかげで蜻蛉に告白する勇気は出たけど、なんて言おうか? それといつ言うかも考えなきゃな。
やっぱり寝るときが一番いいと思う。なんかあのなんとも言えない温かい雰囲気だとすらっと言えちゃいそうだな。でも今日言うっていうのは気が引ける。だってまだ言葉を考えてないし。
好き、の一言じゃ何か物足りない気がする。だけど愛してるって言うのはちょっと行き過ぎている気がするし……。誰かに告白したことなんかないからなあ……。こんなことになるんだったら友達にいい告白の仕方とか聞いておくべきだった。
蜻蛉はあるのかな? 誰かに告白したこと、もしくはされたこと。結婚したい相手とかいる、って訊いたとき教えてくれなかったけど、どうなんだろ。うん、これはまたあとでしつこく訊いてみようかな。
さっと身体を拭いて服を着ると、リビングに戻る。だけどそこに蜻蛉の姿はなかった。
「――もう寝るねー」
寝室のほうから蜻蛉の声がした。
時刻は午後十時半。おれにとっては寝るにはまだ早い時間だけど、蜻蛉は仕事で疲れてるからな……。それに明日も仕事だし。
「良ちゃんはどうするー?」
「おれも寝るー」
訊いておきたいことは今のうちに訊かないとな。
大きなダブルベッドの布団にもぐっている蜻蛉の隣に、おれももぐる。やっぱり布団の中は最高に暖かい。
「ねえ蜻蛉、恋したことってある?」
いきなりそれを訊くのはどうかと自分で思ったけど、気になっているものから訊いておきたかったからさ。
「う〜ん……良ちゃんの恋を教えてくれたら教えてあげてもいいけど?」
やっぱり意地悪だね蜻蛉は、とおれは胸中で毒づいた。だけどそこもまた蜻蛉のいいところ(?)でもあるんだ。
「おれはねぇ、今恋してる」
蜻蛉にね、というのは口の中に留めておく。
「それが初恋。しかもつい最近好きになったんだ」
「へぇ〜。どんな人?」
「かっこよくて、優しくて、笑顔が素敵な人、かな」
「ふ〜ん」
それが自分のことだと、蜻蛉が気づくことはないだろう。
「でもかっこいい女の人ってどんな人だよ」
「ああ、それはね。うん、まあかっこいいの」
かっこいい女の子ってどう考えてもおかしいよな。本当は男の子のことなのに……。
「さあ、おれは教えてんだから、蜻蛉も教えてよ」
秘密、なんて許さないからね。
「僕も今してるかな」
えぇ、とおれは嘆きを漏らした。
だって蜻蛉に好きな人がいるんだよ。蜻蛉にぞっこんラブなおれにとってはすごく悔しいことじゃん。
「ど、どんな人?」
「うんとね、可愛くて、ちょっと幼くて、一人でちゃんとできるのかなってちょっと心配な人。運動神経はよくて、誰とでも仲良く話せて、僕なんかとは全然違う人、かな」
そのぶんだと木村さんではなさそうだな。木村さんは可愛いけど幼くないし。逆に大人びていると思う。
「告っちゃえば? 蜻蛉ならかっこいいから絶対OKだって」
って蜻蛉とその好きな人が一緒になることを推奨してどうするんだ、おれ。
「それが無理なんだよ」
蜻蛉の声はどこか暗かった。
「告白しちゃったら、大切な何かが壊れてしまいそうで怖い」
それって、今のおれの恋とすごく似てるな。おれの場合は相手が男だから、告白してしまったら今ある関係が壊れてしまうんじゃないかって不安なんだ。でも蜻蛉とその好きな人との間にはどんな壁があるんだろう? う〜ん……降参。
「良ちゃんのほうこそ告白しないの?」
「おれ? おれはねぇ……そのうちするよ。いろいろ決心がついたし。あとは言葉を考えるだけだ」
「ほ〜」
蜻蛉はどこか面白がっている風に笑った。
「言葉なんて考えなくてもいいんだよ。自分が想っていることを正直に相手に伝えればいいんじゃないかな?」
告白する相手に告白のアドバイスをもらってどうするよ……。だけどまあ、その言葉のおかげでちょっと楽になったかな。そう、今想っていることをそのまま正直に告げればいい。今は言っちゃうのはなんかあれだから、告白は明日しよう。
蜻蛉がどんな返事をしてくれるか分からないけど、きっと駄目でもいつもどおりに対応してくれると信じている。でももし蜻蛉がOKを出したら? そんなことありえないか。これは叶うことのない片想いなんだから。だけど彼にはやっぱりおれの気持ちを知っていてほしい。どれだけおれが蜻蛉のことを愛しているか、どれだけ蜻蛉と一緒にいられるのが嬉しいか。