終.幸せな時間
凍るような寒さを感じて、おれは目が覚めた。
布団をちゃんと被っているのにどうして寒いんだろ……と思って自分の身体を検めてみたら、その訳がよ〜く分かった。
だっておれ、素っ裸なんだもん。それで昨日蜻蛉とえっちしたことを思い出して布団に潜り込んだ。
昨日、大好きな人とえっちできておれはとても幸せだった。もちろん蜻蛉といられる今日も幸せである。きっと明日も、そしてこれからずっと先の未来も、幸せでいられると思う。
そっと隣を見てみると、蜻蛉が静かな寝息を立てて眠っていた。おれと同じように素っ裸で、なんとも無防備な姿が理性を刺激するけど我慢我慢。襲っちゃう代わりに軽く口付けた。
こういうことするのもおれたちの間では許せるんだよな。おれと蜻蛉は恋人同士だから。
昨日までとは全然違った気持ちが、おれの胸中にあった。
「……んっ……」
おれが身動きしたのがうるさかったのか、蜻蛉が目を覚ました。
蜻蛉の寝起きの顔は初めて見る。目がとろんとしてまだ眠そうな表情が、なんとも可愛らしい。
「おはよ!」
「おはよー……」
声に気だるさが混じっているから、蜻蛉はまだ眠いのだろう。それに昨日えっちしたから疲れただろうし。
「良ちゃん……もうちょっと寝よ」
蜻蛉は眠そうに微笑むと、おれに抱きついてきた。いつもの蜻蛉とはなんか違う気がしたけど、そういうところが可愛くていいと思う。おれも蜻蛉の背に手を回すと、頬を摺り寄せた。
「うん。寝よっか」
そう言っておれは蜻蛉を押し倒して、大胆にも馬乗りになってみせる。そして、いきなりのことで少し驚いている蜻蛉の唇を奪った。
「夢じゃないんだよね?」
そんなことはもう分かりきったことだけど、おれは蜻蛉に訊ねた。
「夢じゃないよ。僕と良ちゃんは、愛し合ってるんだ」
いつものように美しく微笑む蜻蛉に、おれも幸せいっぱいの笑みを返す。
「ゲイってさ、ずっと恋が叶わなくて不幸な人生を送るもんだと思っていたけど、違うんだよね。おれ、めちゃくちゃ幸せだもん」
「僕も幸せだよ」
さっきは軽い口付けだったけど、今度は激しいディープキスをした。絡んでくる舌が冷たくて気持ちいい。触れている素肌はとても温かくて、蜻蛉の優しさそのものが表れているようだった。
「でもさ〜、冬休みが終わったら家に帰んなきゃいけないんだよね」
「あ……そっか。そうなると寂しいな。おれまた一人だもん。――そういえば良ちゃん、部活はどうするの?」
「おれ、三学期始まったら文芸部に入るよ。そしたら蜻蛉と一緒だもんね」
本当に、と蜻蛉は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、学校が始まっても良ちゃんといられる時間が増えるね!」
「うん。でも、三学期なんか始まらないほうがいいなぁ。ずっと冬休みがいい。だったら毎日蜻蛉と一緒にいられるもん」
「うん、そうだね」
何年か前――たぶん小学生の頃かな。あの頃はお金さえあれば幸せになれるものだと思っていた。もちろん、お金があることも大切かもしれない。だけど、それよりもこうして好きな人と一緒にいられることのほうがずっと幸せである気がする。もしかしたら、好きな人のそばにいられることが一番幸せなことかもしれない。
おれはこのとき、間違いなく幸せだった。愛する人と一つになり、触れ合える時間がとても幸せだった。
「どうして日本じゃ男同士で結婚できないんだろうね」
蜻蛉が不満そうにぼやいた。
「やっぱり男同士って認められないのかな」
「うん。じゃあ、外国に行って結婚しよっか? おれ蜻蛉と結婚したいよ?」
「僕も良ちゃんと結婚したいなぁ。じゃあ今のうちに外国に行くための貯金しなきゃね」
これからの長い人生、おれは蜻蛉以外の人間と付き合いたいとは思わない気がする。そして蜻蛉のそばにいられることがおれにとっての幸せであり、もしかしたらそれが生甲斐なのかもしれない。
でも蜻蛉はどうだろう? 他の人を好きになっちゃうことあるのかな?
今の微笑んでいる蜻蛉を見ていると、そんなことはありえない気がした。ずっとずっと、おれのそばにいてくれるよ、って顔してる。
「ずっと、そばにいてくれるんだよね?」
うん、と蜻蛉はとろけるような笑みを浮かべた。
「ずっと君のそばにいるよ。――僕は君と一緒にいたい」
「ありがとう。おれも、蜻蛉とずっと一緒にいたい」
まだ始まった実ったばかりの恋だけど、それが永遠に続くだろうとおれは思う。
そしてこれから蜻蛉のいいところ、悪いところ――そういうところをいっぱい知っていくと思うんだ。でもどんな悪いところがあったとしても、おれはそれを受け止めて、改善させようとする。もちろん、蜻蛉もおれの悪いところを見つけたら何か言ってくれるだろう。
ときには泣いたり、笑ったり、怒ったあとに笑ったり……。
そうやって気持ちをぶつけ合いながら、おれたちは幸せになる。
男同士だって幸せになれるんだ、ってことを世界中のゲイの人たち、そしてそうでない人たちに教えてあげたい。
本当の幸せっていうのは、大切な人――好きな人と一緒にいられることなんだよ。
END