続・妄想シックスティーン (ああ、こんな顔もできるんだ……) 門田の微笑みはどこまでも優しく、どこまでも甘かった。それに思わずくらっとしてしまう自分が恥ずかしくて視線を逸らせば、今度は前から抱きしめられる。 「おまえ可愛いな」 「可愛くなんか――あっ」 ない、と言いかけたところで門田の手が帝人の性器に触れ、軽く愛撫する。おそらくこれまで幾度となく喧嘩で力を発揮させたであろう彼の右手は、それがまるで嘘のように優しさをもって触れてくる。 「キスしていいか?」 そう訊ねてくる低くて男らしい声も、帝人は堪らなく好きだった。門田の声が帝人の鼓膜を震わせるたび、意識のすべてが彼の存在に囚われて周りが見えなくなるくらいに、好きだった。 その声がいま、帝人に口付けしたいとせがんでくる。帝人は耳の先から身体がとろけてなくなってしまうのではないかという錯覚に陥りそうになりながらも、なんとか首肯した。 「竜ヶ峰……」 触れ合っていた頭が一度離れ、真面目な表情をした顔が再び接近してくる。それはあっという間にゼロ距離となって、息を呑んだ瞬間に柔らかい感触が唇に触れた。 (門田さんと、キスしてる……) 嬉しいはずなのに、なぜだか目頭が熱くなる。熱くなったのは目頭だけでなく、門田と触れ合っている部分すべてが反応して、それすらも気持ちいいと感じてしまう自分がいやらしいと思った。 「んっ……!」 苦しいほどに高まった呼吸を逃がそうと息をついた瞬間、そのわずかな隙を突いて門田の舌が帝人の口内に侵入してきた。どうすればいいのかわからず舌を引っ込めると、それを逃がさぬように門田のそれが絡みついてきて、唇はより深く噛み合う。 濃厚なキスを交わしている最中、門田の腰がいやらしく動いていた。互いの硬くなったもの同士が擦れ合って、ただでさえキスだけでもどうにかなってしまいそうな帝人を更に追い詰めてくる。門田の逞しい身体に必死に縋りつきながら、快感に溺れてしまいそうになるのを堪えた。 「……実は前から気になってたんだ」 ふいにキスが止み、門田が掠れた声で零したのはそんな一言だった。 「純粋そうで、穢れなんてない世界に生きていそうで、おまけにこんなに可愛い」 「可愛くなんか、ないです」 「いや、お前は可愛いよ。百人に訊けば百人が認めるくらいに可愛いと思う。というか、認めないやつは絶対に感性が鈍ってるな」 そんなことを自信満々に言う門田の感性が一番鈍ってる、と突っ込んでやりたい帝人だったが、門田の台詞は素直に嬉しかった。それ以上に恥ずかしくも思ったが。 「門田さんって、男の人が好きなんですか?」 「まあ、な。強い男にはすごく魅かれる」 「え、でも僕って……」 「そう、お前はどこからどう見ても弱々しいし、危なっかしい。普通ならそんな男には欠片も興味が湧かないはずなんだが、お前だけはずっと放っておけなかった。だから繋がりがなくなっちまうのが嫌で、お前が参加するようなイベントには必死に顔出してたんだぞ」 確かに最近門田と顔を合わせる機会が増えたような気がする。彼に会える嬉しさに疑念などというものは欠片も浮かばなかったが、いま思えば偶然にしてはおかしな話だ。 門田が帝人の前に膝を突く。何をするつもりなのかはなんとなくわかったが、止めようとは思わなかった。 「俺の妄想の中じゃ、お前のここは何度も俺の口の中でイってるんだぜ? それを現実にできるのかと思うと、かなりやばくなる」 ぬるっとした感触が帝人の性器に伝わってきた。門田の舌が先端部を丁寧に舐め、彼の唾液と自分の先走りで帝人のそこはたちまち濡れていく。 「あっ、ひあっ……」 初めて味わうフェラチオの感覚に、帝人のそれはぴくぴくと反応する。それが卑猥だと門田に指摘されて一人赤くなっているうちに、今度は彼の口の中に吸い込まれた。 「やっ……ん、くぅ……」 温かい粘膜が、先端から根元まで扱くようにして帝人のすべてを包み込んでくる。 (どうしよう、僕のが門田さんに飲み込まれちゃってる……) その事実だけでもすぐに絶頂を迎えてしまいそうなのに、門田の施すフェラチオが上手くて余計に早くイってしまいそうだ。 まだ彼に包まれる感触を味わっていたい帝人は自分の腕を軽く噛んで、その痛みで意識を逸らそうとする。しかし、狭いボックス内に響き渡る湿った音が羞恥と興奮を駆り立てて、その行為は何の意味も成さなかった。 「か、門田さん……っ」 もう限界だ。あと数秒もしないうちにイってしまう。そう予感した瞬間―― 「――門田さん! まだシャワー浴びてるんっすか?」 ボックスの外から聞こえた第三者の声によって、卑猥な行為は一時中断を余儀なくされた。 「もう少しで上がるから待ってろ!」 「了解っす」 ドアが閉まる音がして、声の主が出て行ったのだとわかった。 「邪魔が入っちまったな」 ばつが悪そうに苦笑した門田は、立ち上がって帝人の背中に腕を回してくる。 「あとどれくらいでイきそう?」 「結構すぐに、イっちゃいそうです……」 「そっか。実は俺も、触ってもねえのにイきそうなんだわ」 少し身体を離して見せつけてきた彼の性器からは、確かに透明な雫が滴り落ちている。うっかりそれを舐めてあげたいと思ったが、帝人が膝を突くより先に門田の手が二人分の性器を両手で包んで、上下に扱き始めた。 「くっ……これやばいな」 門田の男らしい顔が、気持ちよさそうに歪む。 門田にとってこれは最初に言ったとおり、単なる遊びでしかないのだろう。だが、帝人は違う。他の男ならいざ知らず、相手が想いを寄せる門田となれば、彼にとってお遊びの触り合いも特別なことをしているように錯覚してしまう。 知識の上では、男同士でも身体を繋ぐセックスがあることを知っているし、少し怖いが門田とならしてみたいと思う。そして、身体だけではなくて心の深いところで繋がり合いたいと胸の内で懇願していた。 しかし彼の手に触れられ、自分に欲情して硬くなった性器と帝人の性器が触れ合っているいま、これ以上のことを望むのは贅沢だろう。だから溢れ出しそうな想いを心の奥深くに押し込み、押し寄せる快楽の波に意識を集中する。 「門田さん、もうイっちゃうっ」 「ああ、俺もだ、竜ヶ峰」 扱く手が激しくなって間もなく、帝人の性器から白濁が勢いよく飛び散った。それに少し遅れて門田も絶頂に達し、互いの身体を欲望の詰まった液体で汚した。 ◆◆◆ 「――という夢を見たんです」 そう言った園原杏里の声は深刻そうだったが、頬を赤らめている様はとても深刻な話をしているようには思えない。 彼女の正面の席に座っていた、どこかあどけない顔をした少年――竜ヶ峰帝人はどうリアクションしていいのかわからず、赤くなった顔も可愛いな、などと思いながらしばらくの間呆然と杏里を眺めていた。 「それで、竜ヶ峰くんは門田さんのこと好きなんですよね?」 「えっ!?」 いったいどうして、何がどうなってそういうことになるのだろう……。大事な話がある、と呼び出されて喫茶店で待ち合わせてみれば、聞かされたのは狩沢が喜びそうなボーイズラブストーリーだった。 「ちょ、ちょっと待って! それは夢の中の話でしょ? 夢は夢、現実は現実だよ」 「でも、最近の竜ヶ峰くんは門田さんのほうばかりに目がいっています」 「そ、それは気のせいだよ。だって僕が好きなのは……だし」 「え? 平和島さんが好きなんですか?」 「ち、違うから! そんなこと言ってないから!」 噛み合わない議論を繰り広げている間にも、杏里の頭の中には帝人を主人公にした凄まじい恋愛模様が描かれているようだ。 もしも本当に門田とそんなことになったら、と帝人はふと考える。 あの服の下にはどんな身体が隠されているのだろうか? きっと筋肉がしっかりと付いていて、男なら誰もが憧れるような逞しい身体をしているに違いない。あそこのほうもきっと帝人のより一回りも二回りも大きくて―― そんなことを考えているうちに、帝人の下腹部がじんわりと熱くなってくる。テーブルを挟んでいるから杏里に気づかれるようなことはないが、一応膨張しないように門田のことから意識を逸らした。 (それにしても、園原さん鋭いな〜) 胸の内に秘めた気持ちを表にはまったく出していないつもりだったのに、彼女は薄っすらと帝人の本心に気づいている。だからと言って帝人を軽蔑したりしないからまだいい。 それでもこの気持ちは誰にも打ち明けず、時間に希釈されていくのを待とう。どうせ叶うことなどないのだから――。 |