妄想シックスティーン 公園の清掃作業など、ダラーズのやる仕事ではないと帝人自身もわかっている。もちろんそう思っているのは帝人だけではなく、ダラーズのほとんどのメンバーが同じ考えに至ったらしい。メールで案内した時間になっても約束の場所にはごく数人のメンバーしか現れなかった。 「帝人くん、お疲れ様」 椅子に腰を下ろした帝人に声をかけてきたのは狩沢だった。 「狩沢さんこそ、お疲れ様です。あの、すいません。長々と休憩させてもらっちゃって。それに飲み物まで」 清掃作業を終えた帝人はいま、ともに作業を手伝ってくれた門田たち一派のアジトで休ませてもらっている。古い外観とは打って変わって内装はまるで豪邸の一室のような綺麗さと派手さがあり、チーマーとさほど変わらない組織のアジトにしておくにはもったいないと思えるほどだ。 「いいって、いいって。同じダラーズの一員なんだから、遠慮なんてしなくていいよ」 この中で唯一の女性メンバーである狩沢は面倒見がよく、同じダラーズのメンバーといえど顔を合わせたことは数回しかない帝人にずいぶんと世話を焼いてくれる。おかげで一人取り残されるようなことにはならなかったが、逆に気を遣わせて申し訳なかった。 「あの、門田さんはどこに行っちゃったんですか? 改めてお礼を言おうと思ったらいなくなってて……」 「ドタチン? う〜ん………………………………トイレにでも行ってるんじゃないかな? それより帝人くん」 門田のことをまるでどうでもいいもののように一瞬で話題を切り捨てた狩沢が、おもむろに手鏡を帝人に向けてくる。 「うわっ、なんだこれ!?」 そして鏡の中に映る自分の顔を見て、帝人は悲鳴めいた声を漏らした。 黒い。なんか黒い。いや、日焼けしたような黒さではなく、明らかに黒く汚れているのだ。 「そうか。草を抜いていたときに……」 手で拭ってみたが、悪戯に汚れを広げるだけで何の解決にも至らない。着ているジャージで拭いてみても結果は変わらず、タオルでもないかと辺りを見回していると狩沢が部屋の奥を指差した。 「ここシャワールームがあるんだよね〜。その顔じゃ帰り道恥ずかしいだろうから、浴びてきたらいいよ」 「いえ、でも、皆さんが浴びてからでいいですよ。申し訳ないです」 「いいの、いいの。今日一番頑張ってたのは帝人くんなんだから。あと、お湯出しっぱなしにしてるから、浴びるなら早く行ってね」 ほらほら、と狩沢は帝人の背中を押してくる。だから帝人もそれ以上遠慮をすることもできなくて、シャワーを借りることに決めた。 脱衣室まで後ろを振り向くことのなかった帝人は、最後まで気づくことができなかった。背中を押す狩沢の顔に、まるで悪魔のような微笑みが貼り付いていたことに――。 アジトの脱衣室は、取って付けましたとでも言うような簡素な造りだった。おそらく何かの店のトイレだったスペースを改造したのだろう。タイルの床面にスノコとその上にバスタオルが敷き詰められ、奥の壁際にシャワールームらしきボックスが一つ立てられている。 狩沢の言っていたとおり、水音が聞こえることから本当に湯を出しっぱなしにしているのだろう。親の仕送りとわずかなバイト代で生計を立てている帝人からしてみればもったいないことこの上ない。 自分の顔が汚れているとわかるとそれを一刻も早く洗い落としたくなるもので、帝人は何の迷いもなく着ているものを脱ぎ始めた。あっという間に生まれたままの姿になると、シャワールームのドアを開ける。 足を踏み入れた瞬間、帝人は何かにぶつかった。 湯気でよく見えないが、おそらくシャワーノズルにでも当たったのだろう。そう思いながら後ろ手にドアを閉め、どこに何があるのかを確認しようとするが―― 「竜ヶ峰!?」 突然すぐそばからかかった声に、帝人は思わずびくっとなる。 「ほぎゃっ!?」 伸ばした手が何かに触れた。それが人の肌だと気づいて――そしてそれが門田京平の胸板だと気づいて、帝人はつい変な声を漏らしてしまった。 湯気の中から徐々に彼の輪郭を見出していく。帝人よりも高い位置にある、男らしく精悍な顔立ち。程よく筋肉をまとった身体。そして、帝人のモノより一回りもふた周りも大きな性器。そのすべてを、純粋な憧れ以外の感情も乗せた視線で眺めながら、帝人の心にはじんわりと熱いものが広がっていく。 「どうしてお前がここに?」 「あ、す、すいません! あの、あの、狩沢さんに誰も入ってないから使っていいって言われたんで」 「狩沢か……あいつ、やりやがったな」 帝人は何か一人でぶつぶつと呟いている門田に何度も頭を下げる。 「ああ、竜ヶ峰が謝る必要はないさ。お前は俺がシャワー浴びてることなんて知らなかったんだろう?」 「そうですけど、でもいきなり入って、裸見ちゃって……」 「裸くらい見られたってなんてことない。男同士だろうが」 そりゃ、あなたはたくましい身体してるし、下のほうもご立派だからそうでしょう。その台詞は心中で呟くに留める。帝人の身体ときたら細くて弱々しいし、あそこも標準サイズだとは信じたいが決して大きくはない。同じ男としてなんだか恥ずかしくなってきた。 「まあ、もうお前濡れちゃったから出る必要はねえよ。狭くてちょっと不便かもしれないが、俺もまだ洗ってる途中だからしばらくいるぜ。あ、そうだ、ついでだからお前の身体俺が洗ってやるよ」 「ええ!?」 「遠慮すんなって。今日はお前が一番頑張ってたんだし、頑張ってるやつを労うのは当然だろ?」 同じようなことをついさっき狩沢に言われたばかりだが、そのときには感じなかった一抹の嬉しさが帝人の胸を満たした。 帝人にとって門田はただの憧れの人ではない。最初こそ帝人が理想とするダラーズを体現している彼に憧れと尊敬の念を抱いていたが、それがいつの日からか淡い好意に移り変わってしまったことを帝人はちゃんと自覚している。 あの男らしい顔を見るたびに心がときめいた。ニット帽を脱いだときの髪をかき上げる仕草に思わず見惚れた。時々見せる優しい微笑みに、胸が熱くなった。 だからこそ、こうして彼の全裸姿を見られたことを幸せに思わなければならない。更に身体を洗ってもらえるなんて、ここで人生の幸運を使い切ってしまったのではないかと思ってしまうような、贅沢な出来事だ。 ただ――と帝人は自分の下半身を見下ろす。ここに危惧しなければならない事項があることを忘れてはならない。 果たして門田に触れられて、そこは平静を装っていられるだろうか? そこが時折自分の意志に反して元気になってしまうことは男なら誰でもわかっているだろう。もし門田に洗われている最中に勃起したら―― (駄目だ、駄目だ。そんなこと考えると余計興奮しちゃう……) 何か別のことを考えて心を落ち着かせよう。そうだ、正臣の寒いギャグの数々を思い出していればきっとこの熱くなった胸も冷えてくるはずだ。 だが、そんな思いは門田の手が帝人の頭に触れた瞬間に霧散した。 湯を頭にかけながら門田の指が帝人の頭皮を柔らかく刺激する。その一つ一つの感触が熱となり、頭や胸を通り越して下腹部へと集中してくるのを感じた。 「お湯熱くないか?」 「あ、はい! 大丈夫です」 下のほうは大丈夫じゃなさそうですけど。 鎌首が徐々に持ち上がり始めた。幸いにも門田には背中を向けているからすぐに勃起しているのがばれる恐れはないが、何をきっかけに股間を彼に晒すことになるかわからない。そんなふうに危機感と興奮の両方に苛まれながらも、なんとか勃起を鎮めようと必死に門田の手の感触から意識を逸らそうとした。 シャンプーで丁寧に帝人の髪を洗ってくれた門田は、泡を流して今度は身体を洗ってくれる。 (やばいよ〜。どうしよう……) 結局勃起は収まるどころか限界の硬度まで達し、帝人の下腹部には出来損ないの塔を思わせる突起ができてしまっていた。 門田の手が背中を滑る。それが尻まで下りてきたときにはそこまで洗うのかとぎょっとしたが、たぶん門田には何の下心もないだろう。 そしてその手はついに帝人の胸や腹を洗い始める。背中を向けたままで洗われているから、その手が股間に触れさえしなければなんとかやり過ごせるかもしれない。 だが、そんな希望も耳元で感じた門田の吐息に打ち砕かれた。やはり後ろからではよく見えなくて洗い辛かったのか、止める間もなく門田に肩口から身体を覗かれる。 「竜ヶ峰……」 (き、気づかれちゃった……) いまの少し驚いたような声は、明らかに帝人の股間の異常に気づいていた。 男に触れられて勃起するなんて、変態だと蔑まれるだろうか? あまり深い付き合いではないとはいえ、門田との間に芽生えていた友情もなくなってしまうのだろうか? 帝人はどうしていいかわからず、言い訳することも考えないまま沈黙してしまう。一方の門田も洗う手を止め、何も言葉を発することがなかった。 湯が流れ出る音がなければ、このどうしようもなく早まってしまった鼓動の音が聞こえていたかもしれない。そう思うほどに帝人の胸は緊張と焦りに苦しめられている。 「……なんだ、お前もそうだったのか」 重い沈黙を破ったのは門田のほうだった。 「竜ヶ峰、ちょっとこっち向いてみろ」 「い、嫌です! こんなの、恥ずかしすぎます……」 「ああ、そう。じゃあちょっとお前の手借りるぞ」 なぜ、と訊ねる前に門田の手が帝人の手を絡め取っている。そのまま後ろにゆっくりと引っ張られ、何か熱くて硬いものを握らされる。 (なんだろう? 棒状ってとこまではわかるんだけど……シャワーノズル? でも表面はなんだか柔らかいな。まるで人の肌みた……い) しばらく握ったり開いたりしているうちに、帝人は自分が手に握っているものが何なのか理解した。おそらくは自分の股間にぶら下がっているものと同じ―― 「か、門田さん!?」 振り返ると、門田の精悍な顔立ちに照れたような笑みが浮かんでいた。 「いや、お前の身体を触っているうちに興奮してきて、な。どうにか鎮めようと努力はしていたんだけど……お前のほうも同じ状態で安心したよ」 そう言うと門田は帝人を後ろから抱きしめ、腰を密着させてくる。 「狩沢の策略にはまっちまうのは癪だけど、俺は竜ヶ峰とそういうことして遊びたい。お前はどうだ?」 尻の辺りに門田のたくましい性器を感じる。大好きな門田が自分の身体に興奮してくれているのかと思うとひどく嬉しくて、少し萎えかけていた帝人のモノが再び元気を取り戻していた。 無論、断る理由などない。顔はまだあどけなさを残しているかもしれないが、男子高校生らしくいやらしいことには膨大な興味があるし、何より相手が門田となればこちらからお願いしたいくらいだ。 「僕も、門田さんと遊びたいです」 |