01. きっかけはそんなもの


「――お前と涼宮は付き合っているのか?」

 俺――岡部浩二こうじがそう訊ねた相手は、苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、

「それは断じてありません」

 そうきっぱりと否定するのだった。
 進路相談の場でなぜそんなことを訊いたかって? 堅っ苦しい話ばかりだと生徒が退屈するかと思ったからだ――というのはあくまで建前、本当は俺自身がそれについて興味があったからだったりする。
 その男子生徒は“キョン”というニックネームで皆に親しまれていた。短い髪に平凡な顔つき、身体つきはどちらかというと華奢きゃしゃなほうだな。成績はお世辞にも良いとは言えない部類だったが、最近になってようやく力を入れ始めたらしく、メキメキとは言えないにもそこそこ上がってきている。

「それは意外だな。お前らいつも一緒にいるから、てっきりデキてるのかと思ってた」
「ハルヒ――涼宮とはあくまで友達です。それ以上のことはありません」

 なんだ、別に二人の間にラブロマンスがあったわけじゃないのか。まあ、あの女はやること成すこと滅茶苦茶だし、そんなのに惚れちまう男の気が知れない。

「そういう先生はどうなんですか?」
「何がだ?」
「彼女とかいないんですか?」

 こいつ、訊き返してきやがった。まさかカウンター攻撃をくらうことになるとは思っていなかった俺は、もちろん返す言葉を用意していたわけがなく、言葉を詰まらせてしまう。……いや、別に正直に答えてもいいだろう。そこんとこの立場は俺もこいつも同じみたいだから。

「そんなもんいねーよ」

 ふてくされたように返事をすると、キョンは少し驚いたような顔をした。

はなはだ意外ですね。先生顔もいいですし、モテそうなのに」

 あれ、なんか俺褒められた? まあ、男らしい顔つきであると自覚はしているが、他人にそれを褒められたことがないので少し戸惑ってしまう。というか、照れる。

「俺や他の生徒の相談を親身になって聞いてくれるから、やっぱり女の人にもそうなのかなって。俺が女で先生みたいな人に出会ったら、コロッといってしまうんじゃないかと」

 俺を褒めて内申点を稼ごうという腹か? そりゃ、そんなこと言われたら俺も嬉しくてつい舞い上がってしまうが、それとこれとは別の話だ。
 まあでも、キョンがそういう姑息なことを考えるやつじゃないってことはわかってる。さっきの台詞もきっと本心で言ってくれたのだろう。うわ、すごく照れるんですけど、いい歳したお兄さん――おっさんとは言わせない――が好きな男を前にした女子高生ばりに顔赤くなりそうなんすけど。

 いま思えばきっかけはそのやりとりだったのかもしれない。それからというものの俺の目は自然とキョンを追ってしまうようになっていた。少し古い言い方をするなら、やつにホの字ってことだ。
 そんな些細なやりとりで、と馬鹿にしたくなるやつもいるだろう。昔の俺なら同じように馬鹿にしていたさ。お前は少女漫画の主人公かって。でもな、歳をとると恋愛の感受性ってのは広く豊かになってしまうんだよ。だからちょっと褒められたくらいでそいつのことを好きになってしまうのも仕方ないんだ。

 ああ、俺も歳とったな……。



 現実の男同士の恋愛ってのは、BL漫画みたく実は身内がゲイでした、とか、運命の出会いが訪れた、などという都合のいいストーリーが待っていることなんてほとんどない。そもそも俺はゲイです、なんて言いふらしながら歩いているゲイなんてごく稀だ。出会うのさえ難しいというのが真実である。
 だが、そんなゲイたちにも救いの場がある。それが掲示板だ。別に掲示板で恋を探そうなんて思わないが、身体を慰める相手は手っ取り早く見つけられて便利である。
 今日は久々に顧問を担当しているハンド部の練習を休みにした。部活がないと存外時間ができるもので、早々に帰宅した俺はさっそく掲示板に書き込みをしてみた次第である。
 すぐに何通かのメールが送られてきた。その中から俺のタイプを選別し、会う約束を取り付ける。いまは街中の小さな公園でその相手を待っているところだ。
 ちなみに俺のタイプはガタイが良くて男臭い顔だな。え? キョンはそれに当てはまらないんじゃないかって? 理想と実際に好きになる相手は違うことだってあるんだよ。

「――浩二さんっすよね?」

 車にもたれてぼうっとしていると誰何すいかがかかった。
 視線を上げると、日の光を受けて輝く短い金髪が目に入る。その下には若い男の顔があり、柔らかい微笑みを浮かべていた。

「タツオくん?」
「そうっす!」

 百七十五センチ、六十八キロ、二十歳――だいたいプロフィールどおりの男が来てくれた。おまけになかなかのイケメンくんじゃないか。
 実はこんなに若いのと会うのは初めてのことで、俺は少しばかり緊張していた。だってよー、生徒たちとあまり歳が変わらないんだぜ? 背徳的なもの感じざるを得なかった。
 こんな人通りのあるところに突っ立っているのもなんなんで、とりあえず俺の車に乗って移動することにした。
 ハッテン掲示板で出会ってすることって言えば一つだ。だから目的地はラブホテル。俺んちは学校が近いし、ご近所さんの目もあるので最初から選択肢には入っていない。
 移動中、タツオとはいろんな話をした。お互いの理想のタイプ、いままでヤった男、ハッテン場の情報――タツオは結構人懐っこい性格らしく、初対面の俺にも気さくに話を振ってくれる。おかげで話題作りに苦吟することがなかったが、年下にリードされるというのはなんとなくしゃくだな。まあいいけど。\\セックスのときは俺がリードしてやるし。

「それにしても浩二さん、男前だね。モテるでしょ?」
「そんなことはねーよ。お前さんのほうがよっぽどモテるだろうに」

 容姿を褒められるのはもちろん嬉しいことだが、誰かさんの二番煎じな気がしてそれほど心は踊らない。
 家からも学校からもだいぶ離れたホテル街の中から綺麗そうなところを一つ選び、部屋に隣接されたガレージに車を停める。
 中に入るなりタツオは真っ先にテレビのリモコンを手に取った。そしてデカいベッドに飛び込むと、ラブホにはあって当然のAVチャンネルを点ける。

「うわ、キモいおっさん。ノンケ向けのAVって男優キモいよね」

 それには激しく同意だな。大概は腹の出た残念なおっさんで、抜こうにもたなくて困ってしまう。その点ゲイ向けのAVは、一部のマニアックなものを除けば綺麗に引き締まった身体に男らしく整った顔立ちの男優が多い。

「先に身体洗うっしょ?」
「ああ」

 タツオは俺の返事を聞くなり、おもむろにTシャツを脱ぎ始めた。露わになった上半身はしっかりと筋肉をまとい、俺の性欲を刺激する。

「浩二さんの勃ってる」

 そりゃ、そんな綺麗な身体を見せられたら勃起しますとも。
 すっかりズボンにテントを張った俺のモノを見て、タツオはにやりと悪戯な笑みを浮かべた。そしてソファに腰を下ろしていた俺の前に膝をつくと、慣れた手つきでベルトとファスナーを開けていく。

「デカいね」

 はち切れんばかりに膨れ上がった俺の男根が勢いよく飛び出した。それを愛でるようにタツオの手が優しく撫で、ひとしきりすると何の躊躇ためらいもなく口に含んだ。

「洗ってねーから汚いぞ」
「別にいいよ」

 最初は吸い付くようにしながら頭を上下する。時折舌先で裏筋や鈴口、玉を弄くってくるのが滅茶苦茶気持ちいい。さてはこいつ、若いくせに相当経験してやがるな? 男の気持ちいいポイントを完全に理解してやがる。
 ここ最近まともにオナニーしてなかったせいか、はたまたタツオのフェラが上手すぎるせいか――いや、むしろ両方か。俺は三分と経たぬうちにイってしまった。

「濃いね」

 俺の精液を一滴も逃さず口で受け取ったタツオはにやりと笑む。

「んじゃ、風呂行こっか」
「ちょっと待て」

 ジーパンを脱ぎ捨て、ボクサーパンツ一枚になったタツオの身体を俺はベッドに押し倒した。いくらいい身体をしているとは言え、すっかり筋トレが趣味になってしまった俺に比べればまだまだ可愛いものだ。いとも簡単に組み敷くことに成功する。

「お前も一回イっとけよ」

 俺だけイかされるのはなんだか主導権を握られたみたいでおもしろくない。
 布越しに触れたタツオのそれはすっかり硬くなり、生温かい熱を持っている。パンツをめくると浅黒い亀頭とともに強靭きょうじんそうな竿さおが露わになった。
 まずは舌先で亀頭全体を舐め回し、唾液でぐっしょりになったら口で扱く。するとタツオの息はすぐに乱れ始め、男前の顔を快感に歪ませた。

「ああっ……あっ……あっ」

 フェラに自信があるわけではないが、タツオは一つ一つの刺激に絶えず喘ぎを漏らす。そして五分くらい攻めてやると、一際高い声を上げて俺の口の中に白濁を放った。
 うげぇ、不味い。こんなものよく飲めるもんだ。



 それから俺たちは結局身体を洗わずに二度本番をヤった。
 部活の指導よりも更にハードな行為をこなしたせいか、俺はいつの間にやら疲れて眠っていたらしい。目を覚ますとホテルに入ってから四時間以上が経っていて、飛び上がるような勢いで驚いてしまう。

「う〜ん……」

 どうやらタツオも眠っていたようだ。トロンとした目を擦りながら上体を起こしていた。

「帰るぞ」
「は〜い……。あ、そういえば次はいつ会える?」

 俺は掲示板で出会うときのルールとして、相手とは一回きりというのを決めている。もちろん相手がかなりのタイプで、恋しちゃいましたってなったらもう一度会う約束を取り付けるが、残念ながらタツオとは恋愛はできそうにない。

「悪いが次は……」
「駄目とは言わせねーよ」

 断りを入れようとした俺の台詞が、タツオの鋭い声に遮られた。

「オレが浩二さんみたいないい人逃がすわけないじゃん。それにオレのケツ気持ちよかったでしょ、岡部先生・・・・?」
「なっ!?」

 悪戯っぽい声に訊ねられた瞬間、俺は反射的にソファに投げられた自分のズボンを――正確にはそのポケットの中にある財布に目を向けた。
 こいつはいまたしかに俺のことを岡部先生と呼んだ。しかし俺はこいつに出会ってから自分の名字なんて教えていないし、ましてや仕事のことなど一言も口にしていない。それなのにそう呼べたということは、財布の中の教員免許を見やがったということだ。

「フェアじゃないからオレも自分のこと言っておくね。オレは南高二年の磯崎辰雄いそざきたつお
「二十歳じゃなかったのかよ!?」
「ああ、あれは嘘だよん☆ 若すぎると逆に売れないからね〜」

 なんてこった。教師が未成年に――しかも自分が受け持つクラスのやつらと同い年の男に手を出してしまうなど、ばれた日には新聞一面とは行かずも、それなりに世間に報道されてしまうほどの犯罪行為だ。

「学校にばらしたらどうなるだろうね?」
「……わかったよ、会えばいいんだろ、会えば」

 やった、と辰雄は満面の笑みを浮かべやがる。
 まったく、面倒な男に出会っちまったな……。



続く……




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