03. ただそれは、愛情なんかじゃない


「浩二さんから呼び出すなんて珍しいね」

 テスト週間ということもあり、部活を早々に切り上げた俺は辰雄を家に呼び出した。
 あれからこいつとは何度かセックスをしたが、辰雄の言葉どおり、俺から誘うのは珍しい……というか初めてのことである。しかもあれほどご近所さんの目を気にして避けていた自分んちに招くなど、一体どういう心境の変化だ、と驚かれるのも当然だろう。
 ムラムラしてどうにかなってしまいそうだった。一刻も早くこのはち切れんばかりに膨らんでしまった欲望を吐き出したかった。それならオナニーでもいいだろうと思うかもしれないが、どうせやるならより気持ちいいほうがいいだろ?

「余裕ないほどムラムラしてんの?」
「まあな」

 そのムラムラの原因となったのは、昼間のキョンとのキスだ。叶わぬ恋を切り捨てるため、せめてもの思い出としてこっそり実行したそれは、逆にキョンに対する想いを深めるという、希望とは裏腹の結果に終わってしまった。
 そしてあのときそっと重ねた唇の柔らかな感触を思い出すたび、俺の下半身はじんわりと熱くなった。
 その欲望を辰雄にぶつけるのもどうかと思ったが、お互い都合のいいセックスフレンドなんだから別に構わないだろう。

「すっげぇ、もうカチカチじゃん」

 玄関に入るなり、辰雄は靴も脱がずに俺の股間をまさぐり始める。

「早くこれ欲しいなー」
「だったらさっさと靴脱いでベッド行くぞ」

 そう言うと辰雄は嬉しそうに笑った。



 それから俺は前戯もままならないまま、いきり立ったそれを辰雄の中に押し入れた。

「あっ!」

 ジムで身体を鍛えているおかげか、辰雄のそこはいつも締まりがいい。突っ込んだ瞬間にせり上げてくる快感に軽く身震いし、まずは解きほぐすように小さく動く。

「浩二さんの……やっぱデカいねっ……」
「お前のはきつくてやばいな……」

 内襞が絡みつくように俺の亀頭を締めつける。それを抉じ開け、最奥まで侵入に成功すると、辰雄が一際大きな喘ぎ声を上げた。
 そしてある程度穴が広がったら腰の動きを徐々に激しくしていく。

「あんっ……あっあっあっ……」

 突き上げるたびに漏れる淫らな声が、隣の住人に聞こえていないか少し不安に思うも、それを聞いてボルテージが上がるのが自分でもわかっていたので声を抑えるようには言わなかった。
 ちと疲れてきたら俺は仰向けになり、辰雄をその上に跨らせる。自らの性器を手で扱きながら腰を動かす姿は実にいやらしく、俺の興奮もうなぎの滝登りみたく上がっていく。

「あっ……もう、イく……あっ!」

 辰雄が俺の腹の上に精液をぶちまけた瞬間、ケツがギュッときつくなって、俺も堪らず絶頂を迎えた。



「ねえ、キョンって誰?」

 セックスの後の気だるさにぼうっとしていると、シャワーを浴び終えた辰雄がふとそんなことを訊いてきた。

「なんでお前がキョンを知ってるんだ?」

 こいつと出会ってからキョンのことは一言も話していない。それなのにどうして辰雄の口からやつの名前が出るのか、怪訝な視線を送ると、辰雄は途端に不満そうな表情を浮かべた。

「だってえっちのときに何度かキョンって呼んでたから」
「……それはマジか?」
「マジだよ」

 なんてこった。そりゃまあ、キョンにキスしたことで無性にムラムラしていたが、最中にやつの名前を呼ぶほど強烈に印象に残ってたってことか。……ってか、セックスしているときに違う男の名前呼ぶとか最低じゃないか俺。

「で、誰なんそれ? 浩二さんの好きな人?」
「まあ、そんなところだな」
「どんな人? カッコイイ?」
「顔はお前のほうがイケてるな。なんっつーか、普通を絵に描いたような感じだ」

 辰雄はにやりと笑って、

「もしかして生徒だったりして」

 そんな爆弾発言をおもしろそうにしやがった。
 このとき俺はリアクションを誤って、言葉を詰まらせた上に表情も固まらせてしまった。しまった、と思ったときにはもう遅い。顔を上げると、辰雄は不適な笑みをいっそう濃くしていた。

「図星ですか〜? いいね、教師と生徒の禁断の恋! しかも男同士!」

 うっせーよ、と俺は辰雄を睨む。

「それに禁断の恋だったら俺らだってそうだろ。学校は違えど、一応教師と生徒だし、男同士だ」

 もしかしたら南高に転勤して、辰雄の担任になる可能性だってゼロじゃないんだ。

「じゃあ、これは保健の実技ってとこかな? なんでも教えてくれるんだね、岡部先生は」
「そんな美味しいシチュエーションはAVの中だけだっつーの」

 でも実際、俺は保健体育の教師だし、こいつもよその学校とは言え生徒という立場に違いないから、お互いスーツと制服を着ればマジモンの教師×生徒のシチュエーション完成じゃねーか。

「なあ、今度は制服持って来いよ。俺もスーツ着るからさ」
「何々、制服プレイ? もちろんオッケーだよ」

 と、俺の欲に塗れた提案を辰雄は快く受け入れてくれる。

「でも、えっちのときはオレのことだけ考えてくれないとやだぜ」
「悪かったよ。ほら、こっち来い」

 枕元に腰掛けていた辰雄を、布団に入るよう促す。ガタイのいい身体は渋々といった感じで俺の隣に入ってきたが、優しく抱きしめた途端に嬉しそうに鼻を鳴らした。
 そして恋人さながらの柔らかい口づけを額に落とす。

 辰雄のことは嫌いじゃない。むしろ顔も身体もタイプだし、性格も素直でいい子だ。最初こそ俺の教師という立場を脅しの材料に使われ、仕方なく関係を続けていたが、いまではすっかり情なんてものを抱き始めている。
 ただそれは、愛情なんかじゃない。あくまでセックスフレンドとしての情――よく言えば友情であって、それ以上の感情は生まれそうになかった。
 俺の恋心はキョンに奪われたままだ。もしかしたらそれはやつが卒業し、完全に接触する機会がなくなって、俺の中から存在が薄れていくまでそのままなのかもしれない。



「――なんか不良が殴り込みに来てるらしいぜ」

 暑さが少し落ち着いた放課後のこと、生徒たちと教室の掃除をしていた俺の耳にそんな台詞が入ってきた。

「おい、それは本当か?」
「マジっすよ、マジ。ほら、あっこ」

 情報の発信源である谷口が、窓の外――正確には校門のほうを指差す。
 ああ、たしかになんかいやがるな。遠くて顔はよくわからないが、日の光を受けて輝く金髪が目立っていた。

「どこ高のやつだ?」
「南高らしいっすよ。びっくりなことに、あのキョンに用事らしいっす。それを聞いた涼宮が嬉しそうにキョンを引っ張っていってました」

 ……おいおいおい。金髪で南高の生徒でキョンに用事って、もしかしなくてもあいつじゃねーだろうな?

「みんなは掃除を続けててくれ」

 俺は持っていたホウキを谷口に預けると、一目散に教室を飛び出した。
 辰雄の野郎、なんでこんなとこまで来やがった。しかもキョンに用事ってなんだ? まさか俺の気持ちを本人にばらすつもりじゃねーだろうな?
 それは非常に拙い。しかもあの超問題児の涼宮が一緒となると、事態が大きくなりかねない。下手をすれば教師としての人生が終わってしまうぜ。
 こんなに本気で走ったのはいつ以来だろうな。校庭に出る頃にはすっかりと息が上がってしまい、状況確認よりも本能的に休憩を求めてしまうも、必死にそれを抑える。
 キョン、涼宮、そして辰雄の三人以外には誰もいなかった。キョンは俺の顔を見るなりホッとしたように表情を緩め、涼宮は邪魔が来たと言わんばかりにしかめ面をし、辰雄はにやりと笑いやがった。

「キョンと涼宮は中に戻れ」

 あくまで落ち着き払った声でそう告げると、予想どおりに涼宮が突っかかるようにしてずいと顔を寄せてきた。

「この不良はキョンに用事なの。あんたはお呼びじゃないわ」

 お呼びじゃないのはお前も一緒だろう。そう突っ込みたかったが、団長として団員のなんたらは云々という返しが目に見えているのでやめておいた。代わりにキョンの顔を見やると、困ったように笑った後、

「ハルヒ、このままじゃ貴重な団活の時間がなくなるぞ」

 至極真面目そうな声で諭しにかかってくれた。

「それにいつぞやかのバニーガールのときのように、他の教師が出てきたら連行された上、事情聴取に時間を持っていかれるぞ」

 涼宮は苦虫を噛み潰したような顔をして、わかったわ、と小さく呟いた。

「キョンは悪いがあとで俺んところに来てくれ」
「うっす」

 涼宮はずかずかと、キョンはやれやれと言った足取りで校舎へと歩いていく。そして二人がこちらの声の届かぬところまで行ったのを確認すると、俺はにやにやしている辰雄を睨んだ。

「そんな恐い顔すんなって。ちょっと先生の大好きなキョンくんがどんなのか見に来ただけじゃん」
「だからって学校まで来てんじゃねーよ。学校中大騒ぎだぞ」

 辰雄の髪が黒ければ、まだ誰かとの待ち合わせかと思えるが、この色はどう見たって谷口の言うとおり、不良の殴り込みだ。

「ま、もう気が済んだから帰るよ。この埋め合わせは次のえっちのときにするからさ☆ なんだったら生でガン掘りしてくれてもいいんだぜ?」
「保健体育の教師がコンドーム付けずにホモセックスなんてご法度だろ」

 俺の冗談に辰雄はひとしきり笑い、じゃーな、と手を振り去っていく。
 さて、キョンになんて言い訳しようかな。校舎に向かって歩きながら、俺は必死に思考を巡らせた。



続く……




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