06. 何かというと脱ぎたてほやほやのトランクスだ


「ちょっと先生、興奮しすぎですって!」

 カーテンの隙間からわずかに陽が差し込んでいるようだった。
 眠りから覚醒した瞳が最初に捉えたのは、他人の頭だ。そいつの華奢な身体をあたかも恋人のようにしっかりと抱きしめ、布団の中で互いの熱を共有している状態だった。
 昨日、風呂から上がったキョンはどうも疲れていたらしく、テレビを観賞しているうちに船を漕ぎ始めていた。客人をソファで寝かせるわけにもいかないので、俺はやつをベッドに案内し、ちゃっかり自分も一緒に眠った次第である。
 ちなみにキョンの親御さんにはちゃんと連絡しておいた。飛び出した我が子が帰って来ないとなると心配だろうからな。

「キョン」

 耳元で呼んだ声には静かな寝息しか返ってこない。それは軽く頬をつねっても鼻を摘んでも変わることなく、目を覚ます気配が遠いことを教えてくれる。

「お前が起きないのが悪い」

 俺はキョンの身体を抱きしめていた手を、おもむろにやつの下腹部へと滑らせた。下着の擦り切れのせいか、あるいはエロい夢でも見ているのか、優しく触れた中心部は硬度と容積を増していて、ズボン越しにほのかな熱が伝わってくる。
 そして俺は同じような状態の自分の下半身をキョンの柔らかなケツに押しつけ、小刻みに腰をピストンさせた。
 やべえ、すげえ興奮する。まるで本当に挿入しているような錯覚に陥りながら、思わず激しくしたくなるのをわずかに残った理性で懸命に堪える。

「キョンっ」

 このケツの谷間にある穴は、果たして他人のモノを受け入れたことがあるのだろうか? もしあったら、と思うと心の奥底から激しい嫉妬が湧き上がってくる。未開なら俺が優しく解して、気持ちよくしてやりたい。そして互いの精が尽きるまで何度も、何時間でも身体を繋ぎたかった。
 いまは眠っていて何の反応もしてくれないが、俺の妄想の中ではいつも甘い喘ぎ声を絶え間なく漏らし、もっと、もっとと潤んだ瞳で懇願してくるのだ。
 ケツの谷間に擦りつけていた先っぽが、先走りの蜜に濡れる感触がする。やばい、やばいと思いながらも本能が止めることをさせてくれない。頑張ってくれていた理性も擦り切れてしまったのか、ピストンは徐々に激しくなっていった。

「やべっ……イク!」

 そしてせり上げてきた快感に耐え切れず、俺はパンツの中に白濁を放った。強い解放感に思わずキョンの身体を強く抱きしめる。
 ああ、なんっつー変態的な行為をしてしまったんだ。オナニーの後独特の罪悪感と自分のアホらしさに苛まれながら、俺はシャワーを浴びるべくベッドから下りるのであった。



「おはようございます」

 眠そうな顔をしたキョンが寝室から出てきたのは、いましも正午を知らせる市内放送が鳴ろうとしていたときだった。おはようと言うよりはこんにちはだろ。

「寝ぼすけだな〜」
「すいません」
「まあ、休みだから別にいいけどよ」
「そう言えば先生、今日はハンド部の練習ないんですか?」
「テスト週間だから休みにした。お前も帰ってちゃんと勉強しろよー」

 うっ、と音が出そうな勢いでバツの悪そうな顔になったキョンは、明後日のほうへ視線を彷徨わせたあと、苦笑を浮かべて俺を見てくる。

「今日も泊まっちゃ駄目ですか?」
「だから、テスト勉強しろって言ってるだろうが」

 もちろん泊まってほしい気持ちは大いにあるが、教師としてはやはり学生の本分をおろそかにさせるわけにはいかないだろう。

「勉強道具を持って来るのでここでやらせてください」
「そんなに俺んちが気に入ったか?」
「はい。それにうちはうるさい妹がいるので、きっとこっちのほうが集中できると思います」
「なるほどな〜……。まあ、それなら仕方ないか」

 嬉しくて思わず破顔したくなるのを必死に堪え、呆れたような表情をつくる。

「すいません」
「気にすんな。俺も一人じゃ寂しいからな」

 それにお前のその嬉しそうな顔を見られただけでも、泊めてあげる価値があるってもんだ。なんだったら俺の伴侶としてずっと一緒に暮らしてくれてもいいんだぜ?

「とりあえず昼飯食うか? つってもインスタントラーメンだけど」
「うっす」



 俺のマンションとキョンの家は十キロ近く離れている。その距離を歩いて帰らせるわけにもいかないので、俺の車に乗せてやることにした。
 出迎えてくれたキョンの母親は、俺の顔を見るなり実に申し訳なさそうな顔で頭を下げた。その誠意たるや、逆にこちらが恐縮してしまうほどの勢いだった。

「キョンは母親似だな」

 マンションに戻る車の中で、俺は助席にそう声をかける。

「よく言われます。だらしのない性格は父に似たと言われますが」
「そうなんか」
「どうせなら顔も父親に似たかったです。そしたらもっといい男になっていただろうし」

 まあ、失礼ながら母親のほうはお世辞にも美人とは言えないし、昔そうだったと言われてもまったく信用できそうにない。

「でも俺はお前のその顔好きだけどな〜」
「どのへんがですか?」
「可愛いところが」

 何も迷いもなくそう返した俺の台詞にキョンは何も言わなかった。横目でこっそり様子を窺うと、無表情な顔が窓の外をぼうっと眺めている。ただ、短い髪の毛から露出した耳たぶは赤くなっていた。

「もしかして照れてんのか?」
「そんなこと、ないっす」

 非難するような目が一瞬こちらを見たものの、またすぐに窓の外へと戻っていく。どこか不満げに歪んだ横顔は、耳たぶと同じ色に染まりつつあった。

「本当に可愛いな、お前」

 お互いこれ以上は何も喋らないまま、その沈黙はマンションの俺の部屋に着くまで続いた。

「寝室にデスクがあっただろう? あれを使ってくれ」
「うっす」

 すっかり元どおりの平凡な顔つきに戻ったキョンは、勉強道具が入っているらしい袋を下げて俺の寝室に入っていった。
 さて、俺はここからしばらく暇人だな。仕事のほうも学校で全部片づけたし、適当に筋トレでもしたら買い物に行って夕食の準備をしよう。
 そうして計画どおりに行動し、風呂の準備と洗濯物の回収を終えた頃には午後六時半になろうとしていた。

「キョン、飯だぞ〜。それとも風呂にするか? なんだったら俺でもいいぜ」

 ノックと同時に冗談を交えた台詞で呼びかけると、ドアの向こうの人間が身動きする気配がした。少し遅れて開いたドアから現れた顔には、ずいぶんと疲弊したような色が浮かんでいる。

「飯がいいです」

 そこは“俺”って答えておくところだろ、などと心中で不満を漏らしつつ、熱々のチキンドリアの皿をダイニングテーブルに並べる。

「美味そうっすね」
「ああ、美味いぜ。俺の手料理の中じゃ一番自信あるんだ」

 一見手間がかかりそうに見えるチキンドリアだが、実は作る工程は簡単かつ単純である。ただ、最初の頃はマッシュルームがくそ不味かったり、御飯がべちょべちょになったりと、様々なトラブルがあったものだ。それも半年くらいするとまともなものができるようになり、いまとなってはすっかり得意料理の一つとなっている。
 しかしこれを人に食べさせるのは初めてだな。チキンドリアに限らず過去に自分の手料理を他人に振舞った記憶などないが、とすれば俺の味覚が正しいかどうか、いまここで明らかになるな。

「いただきます」
「へい、どうぞ」

 スプーンでドリアを掬い、それを口に運ぶまでの一連の動作を俺は無遠慮に見つめていた。

「めっちゃ美味いっす」

 口に含んだ瞬間にキョンの顔は輝いた。それがやつの発言が嘘でないことを証明している。

「普通に店出せるレベルだと思いますよ」
「褒めたってスーパーの安いプリンしか出ねーぞ。なんだったら俺のチンコしゃぶらせてやってもいいけど」

 台詞の後半は口の中に押し込んで、俺も飯を食い始める。とりあえず俺の味覚と料理のセンスが一般からずれていないことには安心だな。無論、キョンに美味いと言ってもらえたことが一番嬉しかったが。

「でもやっぱり意外です。岡部先生ってコンビニ弁当で済ませてそうなイメージあったので」
「長く一人暮らししてれば嫌でも上達するさ」

 そんな他愛もない会話を繰り広げながら、二人とも大盛りのチキンドリアをあっという間に完食し、デザートのプリンをぺろりと平らげ、適当にくつろいだところで風呂に入るようキョンに促す。
 俺は夕方に筋トレして汗を掻いたので先に入らせてもらっている。もちろんキョンとともにもう一度入るという選択肢もなかったわけではないが、今朝のあれに対して少なからず後ろめたい気持ちを抱いているいまは、とてもそういう気分にはなれなかった。
 だが、今回は別で特別任務が俺に課せられている。誰が見ているわけではないが、ごく自然に立ち上がるとスパイさながらの忍び足で脱衣所の戸の前までやって来た。
 湯が床に打ちつける音がする。どうやらキョンはすでに浴室に入ったようだ。
 音を立てぬよう細心の注意を払いながら戸を開け、脱衣所への侵入に成功すると俺はおもむろに洗濯機の中を漁り始める。いや、漁るまでもなく目的の物は一番上にあったが、それが何かというと脱ぎたてほやほやのトランクスだ。
 いますぐにでもくんかくんかしたい気持ちを抑えたのは、俺の気配に気づいたキョンが風呂のドアを開けて「キャー! 岡部先生のえっちー!」なんて展開になるのを危惧してのことだ。入手したパンツをたいそう大事に抱えて向かった先は寝室。ここなら誰にも邪魔されず心ゆくまでくんかくんかできるだろう。
 おそらくキョンのチンコが収まっていたであろう部分に鼻を押し当て、思いっきり空気を吸い込んだ。途端になんとも言えない匂いが鼻腔を刺激する。
 男独特のわずかなイカ臭さに俺はめっちゃ興奮していた。さっきまで待機モードだった下半身もものの数秒で臨戦態勢に入っている。しかしキョンが風呂から上がってくるのもそんなに遅くないはず……オナニーのネタにするのはまたの機会にしよう。



続く……




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