09. この世で誰よりもお前には見てほしくない


 羽虫が飛んでいるような音に導かれて、俺は目を覚ました。しかし、手で耳元をいくら払ってもその音は消えなくて、ようやくそれが羽虫ではないのだと理解したとき、ケツの穴に異常があることに気がついた。

「おはよう、浩二さん」

 目覚めの挨拶を口にした声には、嘲るような気配が含まれている。その声に見合った不敵な笑みを端正な顔立ちに貼りつけて、全裸の辰雄が俺のケツに何かを出し入れしているところだった。

「何してやがるッ」

 それがバイブだと気づいて抵抗しようとするも、手足がベッドの柱に縛りつけられていてどうしようもできない。

「浩二さんのケツをほぐしてるんだよ。チンコ突っ込むにはまだ狭いだろうからさ」

 ケツの中で羽虫のような音を立てて振動する異物は、決して痛くはないがお世辞にも気持ちいいとは言えない。そもそもそこは本来出すための器官だから、その役割を果たそうと抵抗している感覚が実に不快だった。
 ひどい頭痛と倦怠感は、眠る直前に飲んだコーヒーに睡眠薬でも盛られたからだろう。えらく用意周到というか、そんなものを持ち歩いているなんて物騒だな。いったい何の目的でこんな真似をしやがったんだ?

「タチやりてえんだったら、そう言えばいいだろ? こんな馬鹿なことしなくたってちょっとくらいなら受けやってやるよ」
「うん、そうだろうね。でもキョンくんの前で同じことやれって言っても絶対やってくれないだろう?」
「!?」

 そこで俺はようやく気がついた。この寝室にもう一つ人影があることに。
 おそらくキョンのコーヒーにも睡眠薬を入れたのだろう。デスクの前に横たわる細い身体は俺と同様に全裸に剥かれた上、更に猿ぐつわを噛まされていた。

「てめえ、なんてことを!」
「いや〜、こんなにおもしろいシチュエーションが巡ってくるなんて思ってもみなかったよ。自分の教え子の前で犯されるなんて考えただけでも興奮するだろ?」
「何言って……あっ!」

 おもむろにバイブを引き抜かれ、思わず悲鳴が口から零れた。

「いまからキョンくんを起こして、目の前でオレが先生を犯すんだよ」
「馬鹿なこと言ってんじゃねーよ! 早くこれを解け!」
「嫌に決まってるじゃん」

 ベッドから降りた辰雄は横たわるキョンの顔に触れる。たくましい身体とは裏腹に細い指を徐々に下に滑らせていき、最終的に床を向いた鎌首を弄る。

「ちっせーチンコだな。こんなんじゃ女も男も満足しねーっての」
「やめろ! キョンに触るな!」
「ああ、安心してよ。こいつをどうこうしようなんてこれっぽっちも思ってないから。ただ起きてくれないとおもしろくないけど」

 頼むから目覚めないでくれ、という俺の必死の願いも虚しく、睫毛を執拗に弄られた瞳が薄っすらと開いてしまう。眠気まなこの瞳は周囲の景色を確認するようにキョロキョロと動き、目の前の全裸の辰雄を捉えると、大きく見開かれた。

「やあ、おはようキョンくん。お目覚めはいかがかな?」
「ん―――――っ!!」

 何か言葉を発しようとしたキョンだったが、猿ぐつわのせいでそれは呻りのような声にしかならなかった。

「ねえ、キョンくん。オレのチンコってどうかな? 大きさもそれなりだと思うし、形もいいと思わない?」

 そんなことを言いながら、辰雄は勃起したチンコをキョンの顔にぺちぺちと押しつける。一方のキョンは手足を縛られているせいで抵抗できず、顔を背けようとしてもいきり立ったモノがそれを追ってくる。

「やめろ! キョンはノンケだろうが!」

 俺の怒鳴り声にキョンがはっとなった。どうやら俺がベッドに横たわっていることにはまだ気づいてなかったらしい。こちらを向いた双眸が更に大きく見開かれる。そりゃ、担任が全裸で縛りつけられてたら驚くわな。

「大丈夫、キョンくんにこれを突っ込んだりしないよ。突っ込まれるのは君の担任の先生だよ。そこでしっかり見ててね」

 溢れそうなほどの悪意を宿した辰雄の瞳が俺を見下ろす。

「さあ先生、始めようか?」
「……本気なのか?」
「これが冗談に見える? ほら、オレのチンコも先生の中に入りたいって言ってるよ?」

 そうして硬くなった自分のチンコを俺のケツに宛がうと、焦らすように穴の表面を擦った。

「いつもオレのことを気持ちよくしてくれてるから、そのお礼。せいぜいキョンくんの前で喘いでるといいよ」

 その台詞を言い終わると同時に、熱を持ったそれが容積を伴って俺の中に押し入ってくる。

「あっ!」

 俺が眠っている間に相当ほぐしたのだろうか? 排泄以外のことで使うのは久々だというのに、それなりの大きさを誇る辰雄のモノをいとも簡単に飲み込んでしまった。

「うわ、先生の中すげえきつい」

 切なげに眉を寄せた辰雄の顔がいつにも増して艶めかしく感じられる。
 そしてそれは俺もまんざらではなかった。硬いバイブと違って適度な柔らかさを持ったそれは、無理に押し広げられている感じがしない。

「ほら、入れた途端に先生の、ビンビンになったよ?」

 後ろに刺激を受けただけで、俺のシンボルは最高の硬度に達していた。

「この分だと最初からガンガンいっても大丈夫そうだな」
「馬鹿っ……抜け、よ」

 俺の願いはさらりと無視され、律動が始まってしまう。最初は襞の感触を確かめるようにゆっくりと、しかしすぐに叩きつけるような激しいものになって、俺の身体を貪っていく。

「あっ! くっ……」

 声が漏れるのを防ごうと歯を食いしばるも、ぞくぞくと湧き上がる快感に嬌声が零れてしまう。

「すげえトロトロ。こんな気持ちいいんだったらもっと前から掘らせてもらえばよかった」

 熱っぽい声と視線からも辰雄が感じてくれているのは明白だ。こんな状況でもなければ受け役として喜ぶべきところだったろう。

「見てよキョンくん。この人はね、こうして男に掘られてよがっちゃう人なんだよ。たぶんいままで何十本ものチンコを咥えてきたんじゃないかな?」

 キョンはただ信じられないものを見るような目で俺たちの行為を眺めている。時々「うー」と呻る声はいったい何を訴えているのだろうか?

「キョン……見るなっ」

 頼むからこんな情けない姿、見ないでくれ。たぶんこの世で誰よりもお前には見てほしくない。なぜなら俺は……

「好きなやつに見られるのってやっぱ興奮するだろ?」

 金髪の悪魔の囁きが、毒をたっぷりと含んで鼓膜を刺激する。

「だってさっきからキョンくんの名前出すたびにケツが締まるんだもん」
「あっ! もう、やめてくれ!」

 湿ったいやらしい音と俺の嬌声、そして辰雄の荒い息遣い。下手すれば意識を手放してしまいそうな快感を、下唇を噛んで耐えながら、俺は依然としてこちらを見ているキョンに目を背けるよう視線で訴える。

「担任がこんな淫乱だったなんて、キョンくんもショックだろ?」

 ベスト悪役賞なるものがあるとしたら、間違いなくこいつが受賞するんじゃないだろうか? そんな顔と声で辰雄は言葉を紡ぐ。

「しかもこの人、キョンくんのことが好きらしいよ」
「おい!」

 しかも一番言ってほしくないことをさらりと口にしやがった。

「教師のくせに生徒に惚れるなんて最低だよな〜。しかも同性だって」

 キョンの表情は変わらない。というか、さっきからショッキングなものばかりを目にしたり耳にしたりで、これ以上リアクションのしようがないのだろう。ただ一つだけ、明らかに大きな変化を遂げた部分がある。
 それは下腹部にぶら下がるキョンのモノだ。さっきまで確かに元気のなかったはずのそこは、いまや腹にくっつくくらいに反り返っている。男同士のセックスと言えど、やはり穴に性器を突っ込むという行為には見ていて興奮するものがあったのだろうか?

「やべ、イきそう」

 切羽詰まった声が辰雄の薄い唇から漏れる。そしてその台詞を最後に憎まれ口を叩くこともなくなり、絶頂に向けて一心に腰を振った。

「あっ……ああっ……くっ……」

 中を激しく抉られ、繋がった部分が焼けるように熱くなっている。腹の上で揺れるチンコからは触ってもないのに先走りの蜜が絶え間なく溢れ出ていた。

「先生、中に出すよ。ちゃんと受け止めてね」

 ひときわ激しく突いたかと思うと、嬌声とともに律動が止まった。最奥に熱いものが注ぎ込まれるのを感じた瞬間に俺のモノからも白濁が勢いよく飛び出した。

「後ろだけでイっちゃうなんてやっぱり変態だね」

 射精が収まったのだろう、ケツの中でピクピクと痙攣するチンコを引き抜くと、辰雄は満足そうに笑んだ。

「ねえ、キョンくんからも何か言ってあげてよ。この変態教――」

 俺を追い込もうとする台詞は、プチン、と何かが切れる音によって言い終えることができなかった。そしてデスクの前の人影がぬっと立ち上がったかと思うと、辰雄の顔面に強烈なパンチが叩きこまれた。




続く……




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