01. 二人の原点


 今日もまた、いつもと変わらぬ朝がやってきた。
 金城司きんじょうつかさの一日は、隣の部屋の弟を起こすことから始まる。

「起きろ、仁志ひとし

 二つ年下の弟は朝に弱く、一度母に叩き起こされてもしばらくすると二度寝してしまう。忙しい母はいつまでも目覚めない仁志に構ってなどいられないため、代わって司が彼の部屋に訪れるというわけだ。
 綺麗に整理整頓された仁志の部屋に足を踏み入れ、ベッドの上で頭まで布団を被っている弟の姿を見止めると、ズカズカとそこへ歩み寄る。

「朝だぞ」

 声をかけると、布団の中の物体がもぞもぞと身動きした。そして出てきた小さな手が厚い掛け布団を引き下げ、あどけなさの残る顔を覗かせる。

「お前が一発で起きるなんて珍しいじゃねぇか」

 いつもなら身体を激しく揺すっても目覚めることのない仁志が、声をかけただけで覚醒するのは前例がないだけに驚きだった。
 中学一年の仁志は、本当に司の弟かと疑いたくなるくらい可愛い顔をしている。クリッとした目は幼さを印象付けさせ、ふっくらと品よく美しい唇は思わずキスしたくなる衝動さえ呼び覚まさせてしまう。
 それに対して司の顔は、端整ではあるが目つきが悪く、可愛さの欠片も感じられない。呼び覚まされるのは目が合えば何かされるのではないか、という恐怖だけで、キスの「キ」の字すら出てこないだろう。
 おかげで学校では「番長」という身に覚えのない汚名で呼称され、司の存在自体がすっかり脅威になってしまっているのだった。
 仁志はそんな司の瞳に見つめられても怯える様子をいっさい見せず、大きな黒目を向けている。

(ん?)

 司はそのときになって、仁志の顔色が悪いことに気がついた。

「具合悪いのか?」

 ううん、と仁志は首を横に振る。念のため額に手を当てて熱の有無を確かめるが、熱くはなく、彼が無理をしているわけではなさそうだ。

「んじゃあ、どうしちまったんだよ。顔色悪いぞ」

 首の辺りまでしっかりと布団を被った仁志は、視線を何度か彷徨わせた後、再び司に視線を戻すと、細い腕を布団から出した。そして小さい手が司の太い腕を掴み、体温のこもった布団の中へと導く。
 力のない手はにわかに震えているようだった。心配して顔を覗き込むと、弟は何かを訴えるような目だけを向けて、言葉も何も発しない。

「仁志……」

 小さな手に導かれた場所は、彼の中心部。手に触れたものは太くて大きく、そして生温かかった。それ自体は決しておかしなことではない。勃起は男なら誰もが毎日のように経験する生理現象だし、朝特有の、下着の擦り合わせによる勃起――いわゆる朝ち――は司だって毎朝経験している。

「ここがどうしたんだ?」
「なんかね、変な汁が出てた……」

 病気かもしれない、と恐れるように言った弟の頭を撫で、司は勃起したモノに触れている手を少し動かした。

「見せてみろ」
「へ?」
「嫌なら別にいい。けど見てみねぇことには分からんだろうが」

 仁志は迷うように視線を上下させたあと、こくりと小さく頷いた。
 司は厚い掛け布団を弟の細身から押しのけ、中心部を少し湿らせたズボンを下着ごと引き下ろす。頭まで皮を被った性器は元気に育って、仁志の言っていた通り、汁みたいなものを溢れさせていた。

「なるほどなぁ」

 触れてみると、透明な液体は少し粘ついていて、司にはそれが何だかすぐに分かった。
 淡い下生えをいてやり、空いているほうの手で優しく頭を撫でてやると、仁志が腕にしがみついてくる。

「病気じゃねぇよ」

 ホント、と嬉しそうに見上げた弟に頷いて、司は細身を抱きしめてやった。

「じゃあ、これ何?」
「こりゃなあ、お前が成長した証拠さ」

 性器に刺激を与え続けると、そのうち透明な液体が溢れ出てくる。俗に言う先走りの蜜は、定期的に自慰じいをしている司にとっては見慣れたものだが、自慰というものすら知らない仁志にとって、異常にしか思えないのも当然だろう。
 この分だとたぶん、彼は射精を経験していないのではなかろうか。

(つまり、男になってねぇってわけか)

 抱きしめたまま露になった性器を見下ろして、司はついついよからぬ悪戯いたずらを考えてしまうが、それを理性で懸命に抑えて、細身を解放してやった。

「分かったんなら、さっさと飯食いに行くぞ」
「ちょ、ちょっと待って!」

 必死な声に首を傾げれば、仁志は勃起した自分のモノに視線を移して、ついで困ったように再びこちらを向く。

「……ったの、どうやったら元に戻んの?」

 それは司が最も恐れていた質問であり、その半面で少し期待していた質問でもあった。

「病気じゃないの分かったけど、また汁出るのやだよ」
「……しゃーねぇな」

 面倒くさそうに言ったけれど、内心ではこの展開にとても興奮している。司はベッドの狭いスペースに横になり、大胆にも仁志の性器を素手で掴んだ。

「なっ!?」

 いきなりのことに驚いた仁志の頭を、大丈夫だと落ち着かせるように優しく撫で、少し皮を剥いて先端の窪みを指で押さえる。

「ぁっ……」

 仁志の口から甘い喘ぎが零れた。

「勃起したの治したいんだろ? だったらヌくしかねぇ」
「ヌ……く?」
「射精、すんだよ」
「ひぁっ!」

 今までずっと皮に包まれていたせいか、仁志の陰茎は直に来る刺激に敏感らしく、指を動かす度に細身が跳ね上がる。

「あんま声出すなよ。かかあにバレんだろうが」
「無理っ……気持ち、いいよっ」

 先走りの蜜が亀頭きとうを濡らしていた。瞬く間に溢れ出すそれは司の指までヌルヌルにして、くちゅくちゅといういやらしい音を部屋に響かせる。
 仁志の過剰な反応と濡れていく彼の性器を見ている司もまんざらではない。性欲と征服感が爆発的に大きくなり始め、それが自分の中心部に熱を集めているのが分かる。

「兄ちゃんっ……これ、何? なんか変だよぉ……」

 皮を使って上下にしごくと、仁志の反応はいっそう激しくなった。初めての自慰でこの刺激は酷かと思うけれど、このまま中途半端に終わらせては仁志があまりに哀れで――だがそれ以上に彼を頂点へ導きたいという司の思いが手を動かす。

「ぁんっ……なんか、出そうっ」
「出してみろ。そしたら楽になる」

 透明だった先走りの蜜に、白いものが混ざり始めている。おそらく頂点が近いのだろうと悟った司は扱く手の動きを速めた。

「ぁっ――うっ!」

 いっそう大きく細身が跳ねると同時に、先端から白い液体がほとばしる。胸まで飛び散ったそれを見止めて、司は大きな満足感を覚えずにはいられなかった。
 はあはあ、と息を荒げる弟の肩を抱いてやると、弱々しいが、可愛いらしい微笑みを返してくれた。

「お前、今度から自分で定期的に今のやっとけ」
「う、ん。――ありがと」

 どういたしまして、といかにも面倒だったと言わんばかりの口調で返したけれど、本当はキスしたくて堪らなかった。だがそれは、決して越えてはならぬ兄弟の壁を越えてしまうようで、結局行動には出ない。
 ――そう、このときまでは司の中で兄弟という壁を認識できていたのだ。それがいつの日か消滅してしまうことを、このとき二人はまだ知らなかった。



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