04. 俺は弟に恋をする


 石鹸の潤滑作用と指を何度も引き抜きしたせいか、仁志ひとしのそこは驚くべきほどすんなりとつかさのモノをみ込んだ。いつもならすぐに苦悶に満ちた声を上げる仁志も息を詰まらせただけで、根元まで完全に挿入はいりっても「痛い」とは一言も漏らさない。

「なんか、すんごい気持ちいいっ」

 バックの態勢だと四つん這いになっている仁志の表情は見えないけれど、声からして侵入者の形をはっきりと感じ取っているのだと思う。それが快感に結びつく彼の神経は、やはり司に何度もそこを犯されたせいだろうか。
 心地よい温度のひだに包まれた肉棒は、二人が共有できる快感を求めるようにヒクヒクと身震いしていた。

「ぁっ」

 仁志が漏らした声は小さかったけれど、風呂場では反響して大きくなってしまう。

「その声、マジで好きだぜ」

 声だけでなく、仁志のすべてが好きである、という台詞はまたの機会にして、司はゆっくりと腰を揺らし始めた。

「ぁんっ……はぁ」

 肉棒の引き抜きに合わせて、暇になった仁志のモノを片手で握って扱く。快感の元を二つ一気に攻められた仁志は、荒い息とともにあえぎ声を何度も吐き出し、珍しく「もっと突いて」とねだってきた。

「ねだるのも、春樹に教えられたのか?」

 そうでないことは重々承知しているけれど、やはり春樹の言葉の影響で弟がセックスに対して積極的になってしまったのは、なんとなく悔しい。

「違うよっ……ホントに、もっとしてほしいんだってばっ」
「へえ。お前案外、淫乱だな」
「なっ、違うし! あっ」

 要望どおりに強く突いてやり、にわかに赤く染まった耳たぶを舐め上げる。甘噛みすれば、目を細めて堪らないような声を上げた。
 ずっと幼くて可愛いままの子どもかと思っていたけれど、こうして改めて見る仁志の表情は、幼い子どもにはとても真似できないくらいに色っぽい。口から漏れる喘ぎと、いやいやと首を振る仕草が更にそれを引き立てて、司の興奮は右に上がっていく一方だ。

「うっ……あはぁ……んあっ」

 顔を仁志の後ろ髪に埋めると、シャンプーのいい香りが鼻につく。そういえば一緒に寝るときはいつもこんな香りが漂っていたな、とふと思い出して、その正体がシャンプーだったことに今更気がついたというのがひどくおかしかった。

「いい匂いだ」

 何が、と振り向いた仁志にシャンプーを示して、その香りがする髪の毛をく。

「カモミールだよっ……はぁ……兄ちゃんも、同じ匂いがするっ」

 そりゃ同じものを使ってるからな、と言ったが、自分からカモミールの香りが漂っていたことなど今の今まで知らなかった。そういえばこの前春樹が顔を接近させてきたとき、何かいい匂いがすると言っていたような覚えがあるが、このことを言っていたのではなかろうか。

「あんっ、ぁあっ……うあぁ」

 こんなにも感じている声を上げているというのに、横顔しか見られないこの態勢にいい加減嫌気が差してきた。仁志の細い身体をひょいと抱え上げ、向かい合うようにして太ももに乗せると、抜けてしまった硬い欲望を再びつぼみにあてがう。
 しっかりと見られるようになった端整な顔立ちは、血の繋がった弟だというのに、自分に似ているところが一つもない。だがもし自分に似ていたらこんなに愛おしくは思わなかっただろう。
 薄い唇に口付けを落として、腰をゆっくりと動かし始める。

「あっ! あぁっ、くぅ……」
「……すげぇ声出しやがって、そんなに気持ちいいのかよ?」
「うんっ……いいよ……すっごい、いいっ」

 半開きの妙に色っぽい目を向けられれば、司も堪らなかった。仁志の身体を浴槽にすがらせ、解放に向けて律動を強くする。

「あんっ! あっ、あぁん」

 気がつけば、仁志の瞳からは大粒の涙が溢れていた。頬を伝うそれを舌ですくい、優しく頭を撫でてやると、仁志は自ら唇を重ねてくる。

「お前っ、いつも泣いてたのかっ……?」

 ううん、と首を横に振ったけれど、無理をしているのが丸分かりで司は思わず苦笑した。

「お前はホントに……」

 ずっと浴槽にすがっているのも辛いだろうと思って、司は再び仁志の細身を自分の身体に密着させる。唇を重ね合わせたまま腰を揺さぶれば、仁志の腕が背中を強く掴んで、彼もまた快感を共有しているかと思えば嬉しくなった。

「兄ちゃんっ、ここ、してよ……」

 自分よりも一回り近く小さい仁志の手に片手を取られ、導かれた先は彼の中心部。肉棒を扱くのがいつの間にかおろそかになっていたらしい。
 そういえばいつか、こうして仁志の手にそこへ導かれたことがあった。――そう、確かあれは司が高校に入学する前で、朝に弱い弟を起こしに行くと、具合悪そうに寝込んでいたのである。どうしたのかと問えば、布団の中から小さな手が出てきて、司の手を自らの中心部へ導いたのだった。
 兄弟以上の関係を築くことになった原点――初めての射精に付き合ったあの日から、司は弟である仁志に想いを寄せるようになった。
 そして今に至る。

「ぁっ……んっ、はあ……はんっ」

 みだらに腰をくねらせる仁志を抱きしめ、大きく腰を揺らすと、しがみつく腕の力が強くなる。
 ここでもてあそぶのも一つの手だが、そんな余裕が司にはなかった。確実に近づいてきている頂点は、律動を更に強めて、それに合わせて仁志のモノを扱く手もまた強まっていく。

「やっ、もう……」
「あん?」

 イきそう、と小さく囁かれた言葉に少しだけ焦りを感じた。だが扱く手を緩めると、やめないでと泣き顔を向けられて、結局腰を強く打ちつけることしかできなかった。

「あっ、も、だめっ……出ちゃうよぉ」

 先端から溢れる汁が少しだけ白みを増している。それを見たら、なぜだか唐突に射精感が湧いた。

「あぁ……出ちゃうっ、イくっ」
「出せよ仁志。あんときみたいに」

 初めて仁志が射精したとき、豪快に精液が飛び散ったのを覚えている。そして初々しい弟の反応に欲情し、だがあのときは兄弟の壁を認識してそれ以上の行為には及ばなかった。それが今、こうして繋がっている。兄弟という壁を乗り越えて、兄弟愛以上の愛を持って弟と快感を共有しているのだ。

「イくっ! イっちゃう! あっん――……!」

 びゅっ、と音が出そうな勢いで仁志のモノから熱い欲望が飛び出した。扱いていた指を濡らしたその液体を口に含むと、塩味に近いものがする。

「くっ……!」

 そしてそのあとすぐ、司も仁志の身体の中に欲望のすべてをぶちまけた。想像していた以上の快感に耐えかねて、思わず仁志の細身を強く抱きしめると、司にすがる腕もまた強くなる。

「……愛してるぜ」

 生まれて初めて口にする言葉に自分自身かなり戸惑ったが、仁志は予想に反しておかしな顔一つせず、ただにこりと微笑んだ。
 そして口付け――二人の間にある愛情のように、深く熱いものだった。



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