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03. 好きだけど嫌いなサンタさん
メリークリスマス、という言葉を今日は何度も耳にした。
ヴィエナのセンター街は人でごった返していた。
ボク――アルティア・グラブドは女友達のシオンとサンタの衣装をまとった自動人形とともにクリスマスの喧騒漂う街を歩く。
「似合ってるね、トレスさん」
「似合ってるけど、愛想悪いサンタさんだね」
この世のどこにこんなぶっきらぼうなサンタがいるだろうか。サイズもぴったりなサンタの衣装で頭巾もなかなかお似合い。なのにトレスは何の表情も浮かべない。一見すれば誰もが見惚れるかっこいいサンタなのだが、愛想の悪さは不評を呼ぼう。
トレスサンタもなかなかのものだが、シオンは何のコスプレをしていなくてもすごい。センター街に入った途端に人が集まってきて、サインくださいやら握手してくださいやらといろいろ求められていた。それを淑女的な態度で冷静にスルーする姿は、さすが“麗しき女神様”と褒めるべきことだろう。
ボクの存在感は本当に薄い。トレスは子どもたちに囲まれてプレゼントを私、シオンはさっきからいろんな人に話しかけられている。何事もない自身が、とても寂しい人間に思えた。
「――どうした?」
平坦な声で訊ねてきたのはトレスだった。どうやら袋いっぱいに入っていたプレゼントを配り終えたらしい。
「顔色が優れないようだが、どこか体調でも悪いのか?」
「ん〜ん。なんでもないよ」
人の心配をするなんて本当によくできた自動人形だ、とボクは思う。
「本当に似合ってるね、トレスくん」
「…………」
端整な顔立ちのサンタは反応しなかった。
「トレスって本当に感情がないの?」
「肯定。俺は機械だ。感情など存在しない」
「あ、そ」
どこからどう見ても人間にしか見えないトレスは向こうの人の群れへと視線を移した。
凛々しい彼の横顔は、人形のように美しく――しかしはっきりと人間だと判断できる。なのに機械だという事実は、この世の理を根っこからひっくり返すくらいの異端物だ。
正直なところ、ボクは彼が苦手だった。愛想が悪くて、目つきも冷たく、否定的な態度を示すトレスは機械だから仕方がないと分かっていても、ボクの神経は拒否反応を起こしてしまう。これから彼と生活していかなければならないのかと思うと、ひどく脱力した。これなら普通の自動人形のほうがよかったかもしれない。
「――アル、トレスさん、帰ろうか?」
人ごみの中から抜き出てきたのは、シオンだった。
「プレゼントも配り終わったようだし、人が増える前に帰りましょ。――トレスさん、配ってくれてありがとう」
「礼は無用だ、シオン・アストラル」
「フルネームじゃなくていいですよ。気安くシオンと呼んでください」
「……了解した」
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帰り道にシオンが自宅に帰り、ボクの家にはボクと無愛想なトレスの二人きりとなった。
トレスは言葉の無意味さを語るように沈黙している。二人だというのに永遠と続く静かな雰囲気がボクにとっては居心地が悪いものだったが、それもゲームをしているうちに忘れていた。
トレスが動き始めたのは、ちょうど辺りが暗くなり始めたときだった。
「どうかした?」
無言でキッチンのほうへ向かうトレスを不審に思ったボクは呼びかけた。
「そろそろ夕食の支度をしなければならない」
「あ、そっか」
今から作ればちょうどよい時間の食事になりそうだ。
「冷蔵庫のものを俺の好きなように使うが、問題ないか?」
「うん。全然オッケーだよ」
了解した、という短い返事を残してトレスは冷蔵庫の中をあさり出す。
「じゃあボクはお風呂の準備してくるね」
これにも先ほどと同じように返事をしたトレスは、ボクの嫌いなにんじんを手に持っていた。にんじんなど冷蔵庫に入れた覚えはないのに。
「……あの、ボクにんじん嫌いなんだけど」
「好き嫌いは禁止だ、アル」
有無を言わせぬトレスの態度は冷たいのを通り越して紳士的に見えてしまった。
そういえば今トレスに初めて名前呼ばれたな……。
「教授からの命令の一つに、卿の好き嫌い克服という項目があった。ちなみに卿の嫌いな食べ物のデータに関しては教授から入手済みだ」
「……そうですかあ」
いつもセンター街のマクド●ルドやレストランで食事を済ませているボクにとって、誰かの手料理を食べるのは本当に久しぶりのことだった。
トレスの作った料理は、味はもちろんのこと、見て楽しむというバラエティーに富んだものばかりでボクはとても満足していた。
「そういえばにんじんは使わなかったの?」
「使った。細かく刻んでハンバーグの中に入れた」
「……なんかトレスって食堂のおばちゃんみたい」
「…………」
ボクの軽い冗談をトレスは完全に無視した。そんな彼の前には料理が並べられていなかった。気がつくのが遅い、と自分に突っ込みつつ、相変わらず無表情な顔を見る。
「君は食べないの? とっても美味しいよ?」
「俺は食事を必要としない」
ただ、とトレスは自分のズボンのポケットから小さな細長い袋――砂糖が入っている紙の袋と同じようなものを取り出した。
「これは栄養剤。脳を活性化させるのに必要だ。俺は食事をしないが、これを飲まなければならない」
「なるほど〜」
栄養剤のことよりも、トレスの台詞が少し長かったことにボクは驚いた。
「もしかして、睡眠も必要ない?」
「肯定」
やっぱり、とボクは息をつく。トレスは機械でしかないのだ。
「でも入浴は必要なんよね。小父さまが言ってた」
「肯定。付着した埃や汚れは洗っておきたい」
「綺麗好きなんだね」
トレスは無言で頷いた。
「じゃあ、そろそろお風呂に入ろっか。ボクが洗ってあげなきゃいけないんだよね」
「……嫌なら別にしなくていい」
「やや! 全然嫌じゃないよ? むしろうれ……いや、なんでもない」
何か変なことを口走りそうになった自分を押し留め、ボクは席を立つ。そしてトレスと一緒に風呂場へ向かった。
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