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04. 肉体美?
そろそろいいかな、と胸中で呟き、ボク――アルティア・グラブドは風呂場のドアをそっと開けた。ただドアを開けるという行為に少し躊躇したのは、中に人――正確には機械――がいるからだろう。生暖かい湯気がドアから抜け出ていったあとに見えたのは、無表情なトレスの美貌だった。そして――
「あわわ……」
同性の裸を見るのは決して初めてではないが、これほどまでに美しい裸体を見たのは初めてである。トレスの肉体は豹のようにしなやかで、ライオンのように力強く、それでいて無駄のない完璧なものだった。
「どうした?」
あまりにも素晴らしい肉体に見惚れていたボクにトレスが訊ねてくる。
「すごい身体だねえ。尊敬しちゃうよ」
下腹部をできるだけ見ないようにしながらボクは小さい椅子を手に取る。それにトレスを座らせて、彼の頭の上からお湯をかけた。
「髪洗うね」
「了解した」
愛用のシャンプーを手につけて、トレスのオレンジブラウンの髪の毛を丁寧に洗う。
「トレスの髪の毛の色、綺麗だね」
「…………」
トレスは反応しなかったが、無視したのではなく、ただ反応に困っているようだった。元々人と話すのは得意でないらしい。
「痒いところはない〜? ……って痒いって感覚ないんだっけ」
「肯定」
隅々まで丹念に洗うと、お湯を被せて泡を洗い流す。
「次、身体洗うよ」
「自分で洗えるところは自分で洗うが?」
「いいの。ボクが洗ってあげる。トレスにはこれからいっぱいお世話になるんだから」
スポンジにボディソープを乗せ、引き締まったトレスの身体を洗う。
トレスの肌は人間の肌と変わりない感触だった。機械であることが嘘のように。しかも無駄毛がなくて筋肉がくっきりと見て取れる。
「――質問がある」
唐突にトレスが切り出して、ボクは身体を洗う手を一旦止めた。
「何?」
「なぜ卿も一緒に風呂に入らない?」
「へ? だって君、ボクと一緒に入るの嫌でしょ?」
「否定。嫌だと言った覚えはない。一緒に入れば時間の節約になる。更に卿の衣類も濡れずに済む。――一緒に入るのが嫌なのは卿のほうではないか?」
「そ、そんなことないよ。ただ、狭いお風呂に二人じゃ迷惑かなって思っただけ」
「俺はまったく迷惑ではない」
「あ、そ。じゃあ明日から一緒に入っちゃうよ?」
「問題ない」
それきりまたトレスはいつものように沈黙してしまった。
ボクもまた元のようにトレスの身体を洗うことに専念する。――こうして誰かの身体を洗ってあげるのは妙に気持ちがいい。
小父さまの身体を洗うときには感じなかったドキドキ感が、トレスの身体を洗うときには出てくる。あまりにも綺麗なものだから抱きしめたいとさえ思った。
腕、胸、背中……そして下半身に差しかかろうとしたとき、唐突にボクの腕が止まる。
トレスの頭があるから見えないが、今から洗おうとしているところにそれがあるのだ。男の身体の中心部に当たるそれが。
「どうした?」
突然洗う手を止めてしまったボクを不審に思ったらしいトレスがこちらを振り返った。
「……下半身は自分で洗えるが?」
「いや、その……なんでもないよ」
本当になんでもなかったように再び手を動かす。
もしかしたら、機械であるトレスにはあれがないのかもしれない。しかし小父さまの発明品だからわざわざつけたという可能性も……と、あれこれ考えながらもスポンジをそこへと動かした。
刹那、トレスの身体が一瞬だけピクっと動いた。
「あ、ごめん! 痛かった?」
「否定。俺に痛いという感覚はない。ただ……」
「ただ……何?」
なんでもない、とトレスは首を横に振った。
さっき確かにピクっとトレスが反応したが、なんだったのだろう? 痛いという感覚がないのだとしたら……気持ちいいとか? だけどトレスには気持ちいいという感覚も備わっていないはず。
様々な意見がボクの脳を旋廻するが、結局解決の糸口にはならなかった。
それにしてもトレスの人間らしい反応を見たのは初めてだな。
ボクは再び手を動かした。とりあえずそこを優しく洗う。――もう一度人間らしい反応を見ることはできなかった。
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トレスが風呂から上がったあとにボクも風呂に入った。
そのあと洗濯するときにトレスの下着が……いや、これは話さないでおこう。トレスが履いていたのがボクサーパンツだったなんて(←話してる)。なんともトレスらしい。
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