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05. 温もり
いつもなら横になればすぐに寝入るのに、今日はいっこうに眠れなかった。なぜって……部屋にいるのがボク――アルティア・グラブド一人じゃないからである。
今朝小父さまからもらった、限りなく人間に近い自動人形――トレス・イクスは、真っ暗な部屋にひっそりと佇んでいる。しかも視線はボクのほうを向いているようだった。これで落ち着いて寝ろというほうが無理である。
彼には睡眠が必要ない。だからボクが床についたときも眠らずにいるのだ。
「トレス……一緒に寝ようよ」
「睡眠は必要ないと言ったはずだ」
トレスの声は相変わらず抑揚を欠いている。
「そうじゃなくて、ただ一緒に布団に入ってくれるだけでいいんだよ。そこに立ってるんじゃ、ボクが落ち着いて眠れない」
「……了解した」
短い返事のあと、静かな足取りでトレスが近づいてくる。ベッドのスペースを少し開けると、そこにトレスは入ってきた。
なんでドキドキしてんだろ……。
朝はトレスのことがあまり好きでなかった。しかしいろんな話をしたり、お風呂のことがあったりしてから少しだけ好意を持っている。喋る調子や表情は無に近いが、それでも仕草やちょっとした反応は人間らしい。
それにしても今日は冷える。電気代節約のために暖房をつけていないのも理由の一つだが、そうでなくてもいつもより格段寒い。ボクはトレスに迷惑にならない程度に身体を丸めた。
「寒いのか?」
耳元で訊かれてボクは一瞬ビクっとしてしまった。
「ちょ、ちょっとだけね」
震えるような寒さの中でもトレスは何も感じていないのだろうか?
顔まで布団で覆うと、寒気が侵入しないように隙間をなくす。そのとき――ボクの肩に何かが触れた。
「へ?」
トレスの手だ。彼の温かい手がボクの肩を掴んで身体を引き寄せる。密着すると、トレスの熱が背中から全身へと伝わった。
「トレス?」
いきなりの大胆な行動にボクは戸惑う。
「こうすれば少しは温かくなる」
耳元で囁かれた言葉は、甘い吐息を含んでいた。
トレスは自分ではそんなつもりないのかもしれないが、すごく優しい。午前もボクの体調を心配してくれたり、今だってこうやって暖めてくれたりしている。そんなトレスの優しさに触れていると、やはり彼は人間だと確信できた。
「温かい。人間みたいだ」
「否定。俺は人間ではない」
でも、とボクは身体をトレスのほうへ向け、彼の背中に腕を回した。
「人間と同じ温かさがある」
「俺は……」
それきりトレスは喋らなくなってしまう。
ボクもトレスの身体に身を預けて、眠ることにした。
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「――ぜーったい振り向かないでよ」
風呂場――目の前で小さな椅子に座っているトレスによく言い聞かせ、彼の髪の毛を洗う。
なぜ振り向いちゃいけないかって……それはボクが全裸だからだ。いくらトレスが機械とはいえ、ヒョロいボクの身体を見られるのは恥ずかしい。それでも一緒に入っているのは、トレスにしつこく誘われたからだ。時間の節約、服を濡らさないためetc そういう様々な理由を並べられて結局一緒に入っている。そこまでしつこく誘われると、もしかしてトレスはボクの身体を見たいんじゃないか、とかありえないことまで考えてしまう。
トレスの髪と身体を洗ったあと、ボクも自分の髪と身体を洗うことにした。
「こっち見るな!」
湯船に浸かりながら視線をこちらに向けていたトレスをよそに向かる。
泡を流して湯船につかろうとしたときもトレスはまだよそを向いたままだった。
「トレス、入りたいんだけど……」
「別に構わないが?」
「そうじゃなくって、狭いよ」
この狭い浴槽に二人で入るのはキツい。だからトレスに出るように促すのだが、彼は首を横に振った。
「俺はまだ浸かっていたい」
「……わがままだねぇ君も」
仕方なく狭い浴槽の空いたスペースに入る。
思った以上にキツかった。しかもトレスは強情にも足を伸ばしているので、その上にボクが乗るというなんとも言えない態勢になってしまう。
「重くない?」
「否定。卿の体重は軽すぎるくらいだ」
近距離で目を合わすのが恥ずかしかったので、トレスの胸のほうへと視線を落とした。入浴剤で下半身が見えないのは助かる。
「もしかして、トレスはボクと一緒に入りたかったの?」
「否定。ただそのほうが、効率がいいと思っただけだ」
「本当に?」
本当だ、とトレスは語尾を強めて言い切った。
「それにしても強情だよね。ボクに否定の権利をくれないくらいにいろいろ理由を並べてた」
「しかし俺は嫌なら別に一緒に入らなくていいと言ったはずだ」
「言ったけど、あそこまで言われたら断れないよ。別に君と一緒に入るのが嫌だったわけじゃないんだけどね。ただ、恥ずかしい」
なぜ、とトレスが訊ねる。
「君の身体は引き締まってかっこいいけど、ボクはヒョロヒョロで情けないでしょ? その差が恥ずかしかった」
「卿が太らないのは体質の問題だと聞いている」
トレスの手がボクの小さな肩を掴んだ。
「細身であることは決して悪いことではない。少なくとも俺は、細身である卿を偏見したりしない」
そっと視線を上げると、黄色の瞳がまっすぐにこちらを見つめていた。
「だから俺の前で恥ずかしがったりする必要ない。隠す必要も」
表情こそ何も浮かんでいないものの、かけられる言葉は優しかった。
「――トレスはやっぱり人間なのかもね。機械は優しい言葉がかけられないから」
トレスは何も言わなかった。ただボクの肩を持ったまま、まっすぐにこちらを見つめている。
「のぼせないうちに上がろっか」
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