06. 知ってほしい


「――う〜ん……それはやっぱり恋じゃないの?」

 いつ見ても美しい女神さま――シオンは、何冊かの本を棚に置きながら言った。
 シオンの部屋は一人部屋の割にずいぶんと広い。ボクの家がすっぽり埋まってしまいそうなくらいの大きさ、そしてボクの家とはまったく異なる華やかさ。大きな本棚には数え切れないほどの本が収納され、いくつかのテーブルが置かれているのは、図書館を彷彿ほうふつとさせた。
 ボク――アルティア・グラブドは、そんな部屋の風景に圧倒されながら、シオンに悩みを聞いてもらっていた。
 ボクを悩みとは、小父さまからクリスマスプレゼントにもらった自動人形――トレス・イクスのことである。最近はトレスについてよく分かってきたのだが、分かっていくにつれて彼に魅かれる自分がいる。まあ、一言でいえば彼のことを好きになってしまった、ということだ。
 トレスは確かに愛想が悪くて冷たいところもあるが、時々思いもよらぬ優しさを見せる。寝るときにボクの身体を温めてくれたり、お風呂に入れば身体を洗ってくれたり……ボクはそんな彼が大好きになった。

「だけど、彼は機械……ついでにいえば男」
「恋に性別なんてものは取るに足らない問題よ。一番の難点は、彼が機械であるということ」

 シオンはカップにハーブティーを淹れ、ボクの前に差し出した。

「でも今のアルの話を聞いていると、彼が機械だなんて思えないわね」
「うん。どこからどう見ても人間だよ」

 しかしトレスはことあるごとに自分のことを機械だと断言する。

「本当は機械だと思い込んでいるだけなのかもしれないね」

 うん、とボクは頷いた。
 
「トレスさんの脳はトレスさん自身のものだから、人間と同じなのよ。身体が機械ってだけ。それでも自分のことを機械って言うのは、きっと彼のプライドね」
「ボクもそんな気がする」
「だとしたら、まずはそのプライドを捨てさせるのよ。彼自身が自分を人間だと思うようにしなくっちゃ」
「でも、どうやって?」

 そうね〜、とシオンは掌を自分の頬に当てる。

「いきなり襲ったりしたら、びっくりするかもね」
「えぇ!?」

 笑顔でとんでもないことを口走ったシオンは、ハーブティーの入ったカップに口をつけた。

「もしも本当にびっくりしたら、それは人間だという証拠。機械はびっくりしたりしないもの」
「う〜ん……でも勇気いるなあ」
「何よ今更。一緒にお風呂入ったり、寝たりしてるくらいなんだからそれくらい大丈夫よ」
「で、でもトレスは嫌かもよ……」
「機械は嫌がったりしないわ。本当に、機械だったらね」

 半分同意、半分反対。今のボクの気持ちはそんな感じだ。ボクはトレスとそういうことしたいと思っている。だけどトレスはそれを望んでいないだろう。相手の同意もなしにやってしまうのは、悪い気がした。
 でもボクは彼のことをもっと知りたい、と本気で思っている。そのためにはそういう行為も必要だと思う。だから――


 +++


 気がつけばボクはトレスを押し倒していた。暗くてトレスの顔はよく見えないが、おそらくいつもどおりの無表情だろう。

「何のつもりだ?」

 凍てつくような冷たい声が、押し倒されたトレスから発せられた。
 ボクはそれに構わず、トレスの唇に自分の唇を重ねる。

「――!?」

 長い口付けだった。何度も角度を変え、舌を挿入させる。トレスの冷たい舌に自分の舌を絡め、唾液が混じった。
 キスをしたのは初めてだった。キスどころか、誰かを好きになったのも初めてである。何もかもが初めてだけど、それは最初から濃厚なものだった。
 そっと唇を離して、ボクはトレスの頬に触れる。

「今、びっくりしたでしょ?」

 トレスは答えない。

「もしもびっくりしたんだったら、君は機械じゃない。人間だ」
「俺は――」

 またいつもの台詞を言いかけたトレスの口に自分の唇を再び重ね、ボクは左手をトレスの服の中へと滑り込ませる。筋肉で少し盛り上がった胸の中心――少し尖ったそこを、人差し指で弄り始めた。
 トレスはまったく抵抗しなかった。体重の軽いボクなんて簡単に押しのけられるというのに、人形のように動かない。

「何を……」

 トレスの呼吸はすっかり荒くなってしまっていた。

「なぜ……」
「ボクは、知ってほしいんだ」

 トレスの耳元まで口を近づけて、そっと囁く。

「君が機械じゃなくて、人間だってこと」

 チロリ、と耳たぶを舐めると、トレスは身体をよじった。

「俺は……機械だ」
「違う。君がそう信じ込んでいるだけで、本当は人間」
否定ネガティブ。おれは人間ではない」

 トレスははっきりと断言したが、先ほどから息がどんどん荒くなってきている。

「機械はキスされても驚いたりしないよ。でもさっき君は、驚いてた」
「違う……」
「違わない」

 首筋に口付けすると、トレスは少し嫌がるように顔を動かした。

「知ってほしいのはそれだけじゃない」

 右手をゆっくりとパンツの中に忍び込ませ、そこにあるそれに触れる。

「……っ……」

 トレスの口から苦悶にも似た声が零れた。

「ボクの気持ちも知ってほしい」


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