07. 迷走


「卿の気持ち……?」

 苦しそうにしているトレスを見ていると、罪悪感が湧いた。やっぱり、ここでやめておこうか。ボク――アルティア・グラブドは、トレスの身体から降りて、ベッドに倒れるようにして横になった。

「……ごめん」

 勢いでヤってしまいそうだったけど、やはり身体で伝えるのはひどいと思った。トレスの合意があるわけじゃないし、あまりにも強引すぎて自分が嫌になる。
 行為までは至らなかったが、それでもトレスが人間であるという確信が掴めた気がする。今の苦しそうな様子、そして触られて嫌がっていた様子……明らかに機械ではなかった。

「卿の気持ち、とは?」

 苦しみを少し引きずった声でトレスが訊ねる。

「ボク、君のこと好きだから。だって、ああでもしないと分かってくれそうにないんだもん」

 言葉ではトレスに気持ちを伝えられないと思った。トレスは自分のことを機械と思い込んでいるから。そう主張して、人の気持ちなんて跳ね返す。

「俺は――」
「機械だ、なんて言わないで」

 今はその言葉を聞きたくない。すごく、傷つくから。

「前にも言ったけど、トレスは機械じゃないと思う」
「なぜ、そう思う?」
「さっき苦しかったでしょ?」

 トレスのモノに触れたとき、とても苦しそうな表情をしていたのを思い出す。もしかしたら感じていたのかもしれない。

「……分からなかった」

 トレスの返答は純粋だった。

「解読できない信号が送られて、演算装置が壊れそうだった。なぜ……」
「それは、君が人間だからじゃないかな?」

 否定ネガティブ、とトレスは短く答えた。

「俺は人ではない、機械だ」
「じゃあ、さっきの不具合はなんだったのかなぁ?」
「……分からない。俺は、何をされていた? あの行為に何の意味がある?」

 純粋すぎて怖い。ボクはそう思う。
 本当にトレスは何も知らないのだ。そういう環境で生きてきたから。キスやセックス……その他もろもろのアダルト知識を、何一つ知らない。そんなトレスにあのようなことをするのは、やはり残酷である。

「卿は先ほど俺に好意があると言ったが、同性間の恋愛はないはずだ」
「そんなことない。同性に恋をすることだってあるよ。――さっきのは、好きっていう気持ちを伝えたくてやったの。意味があるかなんて訊かれると困るけど、ああでもしないと君は取り合ってくれない気がした」
「……先ほどの行為で、本当に卿の気持ちが分かるのか?」
「それは君次第だよ。君がボクの気持ちを理解できないように、ボクには君の気持ちが理解できない。でも少なくとも、君は機械じゃない。それを知ってほしかった」
「俺は……知りたいのかもしれない」

 感情なんてこもっていないはずのトレスの声が、なぜか寂しげに聞こえた。

「俺は卿の気持ちを知りたい。俺が機械ではないということも、知りたい。俺は時々解読できない信号を生み出している。卿を見ているとその信号が激しく生成されて、壊れそうだった。そのことについても、分かるかもしれない。だからさっきの行為を、もう一度してほしい」

 意外な言葉だった。
 ボクは、トレスが自分のことを機械にしたがるのを、彼のプライドだと思っていた。しかしどうやら違うようで、しかもボクの気持ちに興味を持ってくれた。

「本当にいいの?」
肯定ポジティブ。俺は知りたい」



 もしかしたら自分は人間ではないのかもしれない、と疑い始めたのは決して最近のことではなかった。ずっと昔、とある組織にいた頃、同僚たちの言葉や行動に対して少しながら、トレスは自分の中で人間の感情というものが生まれていることに気づいていたのである。
 仲間を守らなければならない、と気持ちが確かにあった。それは機械に組み込まれたシステムではなく、明らかに自分の“意思”だろう。機械は意思を持たない。すなわち意思を持つ機械は機械ではない。
 トレスは人間としてこの世に生まれたのかもしれない。だが、ある日機械として生まれ変わった。その時点で人間だった頃の記憶は完全に失われている。
 機械としての新たな道を進むはずだった。なのに、自分は完全に機械にはなれない。


 ――人として生まれたのに人になれず。機械として生まれ変わったのに機械になれず……。


 そんな自分とは、果たして何なのだろうか? トレスには分からなかった。
 人間である、とは断言できない。身体の至るところは機械でできているし、更に脳には演算装置や記憶装置などの非人間的なものが組み込まれている。
 しかし機械である、と言うのにも不審な点があった。それが今、トレス自身が一番悩んでいることである。――僅かに芽生える人間としての感情。アルティアという少年に出会ってから、その不審が一層大きくなった。
 トレスは彼の喜ぶ姿を見られるのが嬉しかった。

 嬉しかった。


 嬉 し か っ た 。


 紛れもない、人間としての感情だった。
 
 
 ――俺は何なのだ? 人間なのか?


 分からないわからないワからナいワカラナイ……

 
 深く考えていると、演算装置が壊れそうだった。ただひたすらに分からない。自分が何者で、どうしたいのか……知りたかった。
 アルティアがしようとしていた行為の意味をトレスは知らない。しかし、それを知ることによって今自分の頭を悩ませていることも解決できるような気がする。アルティアの行為がどんなに残忍なものだとしても、トレスはそれを受けたい、と本気で思っていた。
 

「教えてくれ」




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