08. 人間、だよ


 一枚一枚脱がす、なんて面倒なことはしなかった。トレスには最初から全裸になってもらい、そしてボク――アルティア・グラブドも衣類を脱ぎ捨てて、トレスの上に折り重なる。
 


 口付け……それすらトレスにとって初めてのことだった。アルの冷たい舌が侵入してくると、解析できない信号が全身を巡った。
 アルの顔が間近にある。目を閉じて口付けている表情に、トレスは何かを感じたが、それが何なのかは分からなかった。何かを感じたことすら機械にはあるまじきことである。
 トレスは侵入してきた舌に自分の舌を重ねてみる。すると、アルの舌が絡んできて、激しく吸われた。

「!」

 びくっ、とトレスの身体が震えたと同時に、アルの唇が離れる。

「嫌、だった?」

 否定ネガティブ、とトレスは首を振る。
 嫌だったのではない。ただ、電流のような何かが身体を駆け巡ったのだ。



 ボクはトレスの首筋を舐める。すると、くすぐったそうにトレスが首をよじったが、別段嫌そうではなかった。目を細めて息を切らす姿が可愛い。
 
「苦しくなったら言ってね」

 トレスは頷く。
 両胸の突起は冷気に触れたせいか――あるいはボクが先ほどいじったせいか――少し尖っていた。ボクは何の躊躇ちゅうちょもなく舌を這わせる。

「……っ」

 トレスの息が一瞬途切れた。
 容赦なく吸い付くと、甘い吐息が漏れる。

「……ぁっ」

 今まで聞いたトレスの声の中で、一番感情がこもっている声だった。



 アルの舌が乳首に降りると、解析不能な信号は更に回数を増した。トレスの全身を駆け巡るその信号は、最終的に声となって外に出て行く。――自分でも驚くほど感情的な声だった。
 
「……あぁ……んっ」

 刺激が一層強くなると、信号もそれに連なって強くなる。更に声のトーンまでもが高くなった。
 直に触れるアルの肌はとても温かい。触れているとなぜか下腹部が熱くなる。何か硬いものが腹の辺りにあるようだったが、それを確認する余裕はなかった。
 
「ぁんっ……はぁ……」

 段々とハードになってくる刺激にトレスは声を上げる。自分の声とは思えないくらい、弱くて頼りない声だった。出したくなくても咎められない。
 


 激しい刺激を与えられている中、トレスは何を思っているのだろうか……。胸の突起を舐めるごとに淫らな声を出すトレスがとても魅力的に映った。
 最初は、トレスの合意があっても大切に扱わなければならないと思っていただろう。しかし、そんな思いも一度身体に触れてしまえば崩れてしまう。今はトレスの身体が欲しくて堪らない。

「ふぁっ……ぁ…んっ」

 唾液を含んだ舌で舐め上げると、トレスは身体を仰け反った。ボクはそれを制し、今度は舌を尖らせて先端をいたぶる。

「……やん……ぁっんん……」

 普段の冷静なトレスからは予想もつかぬ姿態に、ボクの理性は失われかけている。気がつけばボクは固くそそり立ったそこをトレスのモノにこすり付けていた。

「トレス――」

 なんとなく名前を呼ぶと、トレスはいつもの冷たい視線を向けた。ボクはそれに微笑むと、トレスの下半身に顔を埋める。大きくなったそれを口に含んだ。



 アルの口がトレスのそれを包み込む。そこは自身の身体の中で一番不明な信号を発するところだった。そして今も、解析不可能な信号が脳に送られ続けている。
 アルの舌がそれを舐めると、温かいものがじわりと溢れた。それが何なのかトレスには分からなかった。

「っ……!」

 温かい舌が先端の窪みを舐め上げた刹那、トレスの身体を強い刺激が電流のように駆け巡った。

「あぁ……はぁ、ぁんっ……」

 一点に集中した刺激に、トレスは逃げたくなるような思いを抑えて枕にしがみつく。
 身体のあらゆる装置が今にもショートしてしまいそうだった。意識さえも飛びつつある。これが快感というものであることを、トレスはまだ知らない。
 無意識のうちに腰を揺らしていた。アルの口を出入りするそれを視線で捉えながら、自分がその刺激を求めていることに気がついた。淫らな行為であることは分かっている。それでも止められないその行為にトレスはただ没頭した。

「ぁっ……ぁん…あぁっ」

 自分には備わっていないはずの感覚がいくつも全身を伝い、それがトレスのそこに舞い戻ってきて脈打つ。絶頂が蓄積し、今にも何かが弾けそうだった。
 そしてそれはふいに訪れる。一段と強い刺激があったかと思うと、そこから何かが飛び出した。同時に、心地よい解放感が全身を満たす。



 口の中に放たれたのが精液だと分かっていたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
 今もなおトレスのモノから溢れている液体を見て、ボクは満足感を得る。トレスをイかせることができたから、とかそういうことじゃない。トレスが人間であるという確信を得られたことによって満足感を得たのだ。
 美しい裸体に倒れこむと、余韻に浸っているトレスに口付ける。

「人間、だよ」

 優しい声色で告知すると、トレスはボクの背に腕を回した。

「人間、なのか?」
「うん。さっきの、人間だからこそ、ああなったの。自覚した?」

 なんとなく、とトレスは囁いた。

「卿がそうである、というのなら信じる」

 トレスが人間であるということを自覚できたこと、そしてトレス自身がそれを自覚してくれつつあること、ボクにとってはとても嬉しいことである。

「もう終わったのか?」
「うん。終わりにする」
「終わりにする、ということは、まだ続きがあるのか?」
「あるけど、しない」

 もうそれ以上の行為は無意味であると知っている。自分も快感がほしいとは思うが、トレスに苦しい思いをさせることはできない。

「――続きをしてほしい」
 平坦な声に呟かれた言葉に、ボクは目を丸くした。

「続きがあるなら、してほしい」
「駄目だよ」
「なぜ?」

 まっすぐに訊かれて、ボクは言葉に詰まってしまう。

「俺は卿に触れてほしい。よく分からないが、卿と離れたくない」

 切実な思いだった。ボクにしては驚愕の、そしてトレスにとってはとても切実な思い。ボクはどうしていいのか分からなかった。求められることは初めてだから。

「本当に、いいの?」

 肯定ポジティブ、とトレスは答える。

「俺は、卿にならどんなことでもされたい」

 ひんやりとして部屋の空気に、トレスの言葉がわだかまった。





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