09. 触れていたい


 心のどこかで、自分が人間であるという事実を知ることが怖いと思っていたのかもしれない。だけど今はもう何も怖くなかった。アルの温もりに触れている間は安心できる。トレスはアルの華奢きゃしゃな身体を抱きしめた。
 
「――本当にいいの?」

 心配そうな面持ちで訊ねてくるアルに対し、トレスは頷いた。もう迷いなんてない。すべての真実を受け止め、すべての温もりを肌で感じたい。
 アルが自分のモノに手を添えて、まだ未開発のそこにあてがう。先端からは透明な液体が溢れていた。触れた瞬間の熱い感触――アルのすべての熱がそこに集中しているかのようだ。
 ぐっ、と腰が押し出される。

「……っ!」

 痛い、とトレスは思った。たぶん身体が機械に組み替えられてから初めての痛みである。
 徐々にトレスの身体に侵入してくるそれは、本当に熱い。そして予想以上の痛みを伴った。しかしトレスにとってはその痛みすらアルの温もりを感じている大切な証拠だった。



 未開発のトレスの身体はボク――アルティア・グラブドの侵入を簡単には許さない。熱を持った肉壁が拒むようにきつく締め付けてくる。
 トレスの表情が苦悶に歪んでいた。きっと、ボクが想像しているよりもすごい痛みを感じているのだと思う。

「トレス……力抜いて」

 一瞬だけ締め付けが緩むが、またすぐにきつくなる。それでも躊躇ためらわず自分自身を埋め込んでいった。

「くっ……!」

 トレスの頬を伝う一滴の涙。痛みを堪えて尚、彼は痛いとは一言も口に出さない。
 力を込めて突くと、ようやく深部へと辿り着いた。

「トレス……」

 涙で潤んだトレスの瞳がまっすぐにこちらに向けられた。だがそれはいつもの冷たい視線とは大きく違う。優しさ、温もり、あらゆる感情がこもった人間の瞳。ボクは思わずトレスの唇に自分の唇を重ねた。

「……ごめんね……」
「謝る必要など、ない」

 一瞬だけ、トレスが微笑んだように見えた。



 間近にある、アルの顔。吐息が耳の辺りを掠めて通り過ぎる。
 自分とは大きく異なった細い身体は日向ひなたの匂いがした。
 固くて熱いものが自分の身体に入ってきている。そこがずくずくと痛むが、その痛みは消えてほしくない。アルティア・グラブドという一人の人間の存在だから。ずっとそこにいて、自分の身体を満たしてほしい。
 変わった、とトレスは胸中で呟いた。アルと出会ってから、自分はまるで別人のように変わった。あるいは自分が機械である、と主張していた人格のほうが偽りで、アルの温もりを求めているのが本来のトレス・イクスという人間なのかもしれない。
 


「トレスの中、すっごいあったかい」

 ひだに包まれたボク自身は快感を求めている。軽く腰を動かした。

「大丈夫?」
「ああ」

 ゆっくり、感触を確かめるように突く。そうすることによってきつかったそこは徐々に緩んでいく。とろとろと溢れる潤いがピストンを助けた。
 動きが滑らかになるにつれ、ボクの動きも次第に大きくなる。一旦入り口まで引き抜くと、一気に奥まで押し込む。それを繰り返した。

「ぁっ……んっ!」

 トレスが身をよじると同時に肉壁がぎゅうっと締まった。

「はぅっ!」

 堪らず快感に満ちた声が漏れる。
 動きを少しでも速めれば、あっという間にイってしまうだろう。一定のスピードを保ってトレスの身体を開拓する。

「ぁんっ……ぁあ…っはんっ……」

 トレスの表情がめまぐるしく変化する。苦悶、快感、悲、嬉、普段の冷静な彼からは想像できない、人間らしい顔。頭の中が真っ白になりかけ、もう何も考えられなかった。今はトレスがほしい。全部、ボクだけのものにしたい。



「ああんっ! はぁ……ぁんっ……」

 アルが一段と強く腰を打ち付ける。ぱん、ぱん、と身体のぶつかり合う音。
 何かにすがろうとしてトレスが掴んだのはアルの背中だった。爪あとがつくくらいに強く掴み、激しくなるそれを堪える。何かが上り詰めているようだったが、それが何なのかは分からなかった。

「んっ……ぁっ……ぁんっ」

 今聞こえているのは自分の声だろうか?
 徐々に意識が遠くなっていく。そして全身のアルの温もりを感じていた。



 どこか一点に集中していく、張り詰めるような感覚。快感が全身を伝う。

「はぁっ……」

 やがて限界を超えた。
 腰の力が抜けた半瞬後、大きな開放感と快感が同時に溢れた。
 トレスの上にぐったり倒れて尚、白濁は止まることなく注ぎ込まれる。

「俺は――」

 快感の余韻の中、トレスが何か囁いたような気がした。






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