01. 痴漢男さんの場合-3


 俺の本心? そんなもん、俺自身だってよくわかんねえよ。
 男に痴漢なんてされたくねえ。でもいま俺をがっしりと抱きしめている男には、不思議と身体を許してもいいっつー気持ちが湧いている。

 きっとこいつが悪いんだ。
 こいつのすっとした切れ長の瞳が、硬いラインの鼻筋が、薄くて品よく整った唇が……。
 全部全部、こいつの顔がムカつくくらいに男前なのが悪い。

 でもわかってんだ。それは男に魅かれている自分の気持ちを人のせいにしておいて、あたかも自分は真っ当な一般人ですみてえな面しただけだって。だってこえーんだもん。いままでノーマル街道一直線だった人生が、いきなり道を逸れて男同士という世界に足を踏み入れるなんて、ちょっとしたスペクタルどころの騒ぎじゃねえ。

 そんなふうに躊躇っている半面で、こいつにもっと触ってほしいっつー気持ちがあるから厄介なんだ。
 耳元で吐かれる息は荒い。少し顔を離してみると、切れ長の瞳が物欲しそうに俺を見つめた。

「……本気で嫌なら断ってくれてもいい。無理矢理は、しないから」

 いまにも理性が吹っ飛んじまいそうだっつーような目をしていながらよくもそんな台詞が言えるもんだ。俺の腹の辺りに当たっているお前のシンボルも、己の欲望を主張するかのようにビンビンになってるぜ? 余裕がないのはどうやらお互いさまらしい。

「……いいぜ。お前の好きにしても」

 口に出した台詞は短かったが、いろんな決意と感情を込めた一言だった。

「そん代わり、痛いのとかは嫌だぜ」
「わかった。絶対気持ちよくしてやるから」

 結論は出た。オナニーのオカズにしておきながら、本人からのエロいお誘いを断るなんて変な話だ。つーか、オカズにしてる時点でもうとっくの昔に道を踏み外してんだから、いまさら迷う必要なんてどこにもねえだろ? 理性的な判断とは決して言えねえけど、こいつならきっと悪いようにはしないはずだ。そう信じることにした。

「嫌になったらすぐ言って」

 ぞっとするような美低音ボイスが耳たぶを舐めるようにして頭ん中に入ってくる。それだけでもなんだか気持ちいいのに、耳たぶを甘噛みされたもんだから、思わず身体がビクッとなっちまった。

「耳、気持ちいい?」
「気持ちよくなんか、ねえ……」
「嘘つくなよ」
「ひゃっ!?」

 生温かくてざらりとした感触が耳を舐める。堪らず身体を捩ろうとするが、がっちりと俺をホールドした腕はびくともしなかった。

「チンコも破裂しそう。そんなに気持ちいい?」
「あっ……やばいって」

 すっかり息の上がった声でそう告げると、耳を執拗に攻めていた舌が離れた。ふう、やっとあのなんとも言えねえくすぐったいような、気持ちいいような感覚から解放されたぜ……。
 と、安心したのも束の間のことだ。痴漢男は俺の前にしゃがむと、ズボンとパンツを一気にずり下げやがった。極限まで勃起したチンコが勢いよく飛び出す。亀頭を濡らしていた先走りの蜜が飛び散って、やつの顔に少しかかっちまった。

「すげえベトベト。エロい」

 人差し指で透明な蜜をすくい、それを舌で舐め取る。それが妙に艶かしくて、俺のアドレナリン分泌量が更に上がっていくのを感じる。
 次の瞬間、勃起マックス状態のチンコは生温かい感触に包まれていた。――痴漢男が口に含んだんだ。

「き、汚ねえぞ! 洗ってねえし!」
「そんなの気にしない」

 おまえが気にしなくても俺が気にするっての! その台詞は初めて味わうフェラチオの快感に言葉にすることができず、開いた唇からは代わりに自分のものとは思えねえような甘ったるい声が漏れた。

「あっ……ひ、やぁ……」

 同じ男だからか感じる部分をよくわかってやがる。裏の亀頭と皮の間の溝を舌先でくすぐるように舐めるのなんか、思わずその場にへたり込んじまいそうになるくらい気持ちいい。バランスを崩しかけて思わずやつの頭を掴むと、上目にこちらを見上げてきた。

「気持ちいいか?」
「ああ。すげえ気持ちいいぜ。おかしくなっちまいそう」
「そっか。よかった」

 低くて男らしい声を吐き出した口は、今度は玉袋を啄んでくる。その間に暇になった左手は俺のケツを揉みしだき、右手は竿をゆっくりと扱いた。
 そして再びチンコが口に含まれた頃には、そこはすでに発射寸前まで張り詰めていた。

「イきそうなんだけど……」
「イっていい。俺の口の中に出して」

 その一言を最後に、痴漢男はいままでよりいっそう強烈に吸い付いてきた。生々しくていやらしい音をトイレの個室に響かせながら、俺を着実に絶頂へと導かせる。そして――

「イク、イク、あっ――!!」

 喉の奥まで入った直後、チンコの先から頭の中まで痺れが走った。全身の力が一気に抜け、堪らず男の頭を抱きしめるようにする。
 いままでのオナニーが馬鹿に思えるくらいに気持ちいい射精だった。イった直後も痴漢男は俺のチンコを舐め続ける。同じ男なら、イったあとにチンコを弄られることの辛さがわかるだろう。咄嗟に頭を引き剥がそうとするが、痴漢男はなかなかやめてくれねえ。

「もうっ……ちょ、いいって。無理無理」

 逆に腰を引いてみると、思いのほかするんと口から脱出でき、ようやく気持ちよすぎてくすぐったい感覚から解放される。痴漢男はまだ物足りなさそうな顔をしながらも、口の中にあるだろう俺の精液を飲み込んだ。

「の、飲んだのか!?」
「ああ」

 うわ、信じられねえ……。っつーのも、実は昔オナニーしたあとに興味本位で自分の精液をちょいと舐めたことがあるからだ。あんなもん、人間が口に入れるようなもんじゃねえ。ましてやそれを飲み込むなんて、俺にはとても真似できねえことだ。
 まだ呆然としている俺をよそに、痴漢男はトイレットペーパーで俺のチンコについた残り汁と自分の唾液を拭き取っている。そんで萎み始めたチンコをパンツにしまい、ご丁寧にズボンのホックとチャック、そしてベルトを留めると立ち上がった。
 俺を見下ろす切れ長の瞳には、何か言いたげな色が浮かんでいた。だがそれを堪えるように視線は俺から外されて、何も言わずにデカい手が俺を抱き寄せる。
 俺の腹の辺りに触れたやつのあそこは、相変わらず硬いままだ。なるほど、これを我慢してやがるんだな? まあ、あんなエロいことしてたらそりゃ勃起するに決まってる。それに俺はこいつの好みのタイプに合致しているらしいし、そんな男をイかせておきながら自分は何もできないってのは、人参をぶら下げられた馬と似たような心境に違いねえ。

「……フェラしてやろうか?」

 その一言を口にするのには、少しの時間と相応の決意が必要だった。腕の中であれこれと考えた結果の提言に、やつはすげえ驚いたように目を瞠った。

「嫌じゃないのか?」
「そんなの、やってみねえとわかんねえよ」

 自分だけがイかされて終わりにされるのが悔しいっつー思いもある。そんな気持ちとは相反する、男のチンコを本当にしゃぶれるのかっつー疑問とちょっとした嫌悪感が胸の中でせめぎ合っていた。でも、こいつのならしゃぶれるような気がするんだ。だってオナニーのネタにだってできたんだぜ?

「嫌になったらすぐやめる。それでもいいか?」
「ああ」

 痴漢男のズボンにできた不自然な盛り上がりに触れると、まるでやつの感情のすべてが集中してるんじゃねえかってくらいに熱かった。ちょっとばかし震える手でベルトやチャックをはずし、とりあえずズボンだけ脱がしてみる。
 色気のねえ地味なトランクスを履いていた。だが、その上からはっきりと形がわかるくらいに大きくなったチンコの先っぽの辺りに濃いシミができていていやらしい。
 そしてパンツを下げるといよいよ痴漢男のチンコとご対面になる。ビンビンになったそこは予想以上にたくましく、俺より一回り以上もデカい。直に触れるとぴくんと反応し、ズボン越しに触ったときよりかなり熱く、そんで硬かった。

「すげえ……」

 亀頭を少し指で擦ってから、おそるおそる舌を付けてみる。少ししょっぱいのは先走りの味だろうか? 決して美味いもんではないが、不味いってこともねえ。これならどうにか続けられそうだ。

「う、あ……」

 俺が一番感じた、亀頭の裏を舌先で弄ると、痴漢男は上ずった声を上げる。普段俺のことを散々辱めやがる男をよがらせるのはなんだかすげえ気分がよかった。
 俺の唾液で先っぽがぐっしょりになったところで、今度は口の中に入れてみる。サイズがサイズなだけあって咥えるのに一苦労だ。

「歯が当たってる。もう少し口をすぼめて、舌も使って」
「んっ……」

 アドバイスどおりにやっていくうちにだんだんとコツを掴んできて、痴漢男の表情もだんだんと険しいものになっていく。口の中に広がる先走りの味も徐々に濃くなってきた。

「もう、イきそう……」
「口の中は勘弁な」

 俺がそう言うと、痴漢男は自分のチンコを激しく扱き始める。そしてものの数秒と経たねえうちに勢いよく精液を吐き出した。目の前にあった俺の顔に生温かくてトロリとした感触がぶっかかる。

「あ、ごめん。顔にかけてしまった。制服にも」
「いいって。気にすんな」

 たぶん発射する場所を気にしているほどの余裕はなかったんだろう。同じ男だから気持ちはわかるぜ。
 頬を伝うやつの精液をとりあえず先に拭き取り、そんで固まらないうちに制服に付いたのも拭き取る。最後にやつのチンコを綺麗にしようと思ったんだが、デカいチンコはすでにそれを終え、いつの間にやらパンツとズボンの中にしまわれていた。

「気持ちよかった。ありがとう」

 なんだか改めて目を合わせるのが恥ずかしくなって、俺は明後日のほうへと視線を投げた。

「お、俺のほうこそすげえ気持ちよかったぜ」

 迫る気配。再び痴漢男の腕に抱かれ、心地いい体温につい安心してしまう。

「また今度相手してくれるか?」
「しょ、しょうがねえやつだな。どうしてもってんなら、相手してやるよ」

 そんな強気の台詞を口にしながらも、本当は俺だってもう一度したかった。こんな気持ちいことなら何度だってしたいぜ。そんな内心を見透かしたようにやつは笑う。

 男にフェラされ、逆に男のをフェラしたが、嫌悪感だとかショックだとかいう気持ちは一切なかった。ノーマルな男というジャンルからは間違いなく足を踏み外しちまったが、それについても後悔なんかしてねえ。だってこんなにも温かくて、気持ちいいんだもん。こんなに安心できる場所も人間も、他に心当たりなんかねえ。
 それは相手が男だからってわけじゃなく、こいつだからなのかもしれねえけどな。女なら誰もが一度は見惚れそうないい男に求められて、嬉しい、つー気持ちが覆い隠せねえくらいに湧き上がっている。

「あんた、名前なんってんだ? ちなみに俺は谷口だ」

 たぶんこれからも会うことになるだろう相手をいい加減“痴漢男”と呼ぶのは気が引ける。だから俺は優しく抱きしめる相手にそう訊いた。

「坂上だ」

 低くて男らしい声で名乗った男の顔には、誰もがクラっときちまいそうなほどの爽やかな笑顔が浮かんでいた。俺もクラっときちまったのは言うまでもねえだろう。




痴漢男さんの場合 終





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