01. 痴漢男さんの場合-1


 最初は気のせいだと思った。

 身体が触れ合うなんて帰宅ラッシュの電車の中じゃよくあることだろ? だから俺――谷口――のケツに当たっている手も、身動き一つできない状況の中で偶然起こった事故に違いねえ。

「帰る時間もうちょっとずらせばよかったかな〜」

 放課後、一緒に街へと繰り出した国木田が、今更遅い良案をぼそりと呟いた。けどよ、この混雑が解消されるにはあと一時間以上はかかると思うぜ? 見たいテレビがある今日は、そんだけの待ちぼうけなんてごめんだ。
 いろんな体臭が混じり合った空間に閉じ込められ、しかも結構な揺れのおまけ付きとなると、気分は最低の最悪。乗り物に強い俺でさえも酔ってしまいそうなほどやばかった。

 ――いきなりケツを鷲掴みされたのは、ひときわ大きな揺れに襲われたときだった。

 最初はいきなりの揺れに思いがけず俺のケツを掴んでしまったのかと思ったが、どうやらそれは違うらしい。なぜなら、揺れが収まってもなおその手は俺のケツから離れず、しかもすりすりと膨らみを確かめるように愛撫してきやがったからだ!

「この人痴漢です!」と自己申告するのは簡単な話だろう。それでも俺がそれをできなかったのは、少しばかりの羞恥心と男のプライドが邪魔をしたからに他ならねえ。いや、マジでされたかったわけじゃねえぞ!? そりゃ、相手がAランクの美女ならこの身体喜んで差し出すが、どうやら女ではないらしい。ズボン越しでもわかるデカい手は、どう考えたって男のものだ。

「どうかした、谷口? なんか鳥肌すごいよ?」

 国木田の指摘どおり、吊革を掴んだ俺の腕はすっかりチキン肌と化している。たぶん痴漢のせいで腕だけじゃなく、背中や足も同じような状態になっているに違いねえ。

「ちょっと冷房の風が寒かっただけだ」

 このくそ暑い車内じゃあなかなか苦しい言い訳だったが、国木田は「ふ〜ん」と興味をなくしたように俺から目を逸らした。
 痴漢のほうは相変わらず俺のケツをしつこく愛撫してやがる。くそー、早く駅に着けー! なんて思いも虚しく、デカい手は腰の辺りを滑っていき、おもむろに俺のチンコを揉み始めた。おいおい、いくらなんでも大胆だろ、それ!

 確かに俺はA+まではいかなくとも、A−に入るくらいのイケメンだと思うが、いくら顔がいいからって男のチンコなんて揉んで何が楽しいんだ? そんなの自分にだってついてんだから、自分の触ってりゃいいだろ!
 なんて心の中でぐちぐちと言いながらも、身体のほうは正直なもんで、揉みしだかれたチンコはすっかりその容積を増していた。相手が誰であれ、刺激を与えられて反応してしまうのは男として仕方ねえ。

 指の腹が先端のほうをぐりぐりと弄ぶ。やべ、それ超気持ちいい。そのまま精液をぶっ放したかったが、さすがにこんなところで絶頂を迎えるわけにはいかねえ。それに射精なんてしたらこの痴漢を喜ばせちまうだろうからな。それはすげえ悔しい。だから下唇を噛んでぞくぞくと湧き上がる快感に堪える。

「あ、着くよ、谷口」

 さすがに心が折れそうになったとき、救いの神が舞い下りた。目的の駅に着いたんだ!
 人の波に飲まれながらもなんとか電車を脱出する。不自然に盛り上がったズボンの股間部分は鞄で適当に隠しておいた。

「じゃあ、僕はいまから塾だから、ここで」
「おう」

 短い別れの挨拶を告げて、国木田は少し暗くなった駅の外へと消えていく。俺はその後姿をしばらく見送っていたが、完全に見えなくなったところでトイレの個室に駆け込んだ。

 ベルトをはずし、ズボンと一緒にパンツを捲るとすえた臭いが鼻を突く。お気に入りのボクサーパンツは先走りの蜜でベトベトだった。

 電車の中で痴漢なんてシチュエーションは男なら憧れるやつも少なくはないだろう。無論それはする側であって、される側じゃねえ。けどよ〜、正直される側も悪くはなかったぜ。ただ、やってんのがきもいおっさんかと思うと吐き気がするけどな。



 それから数週間、俺は痴漢されたことなんてすっかり忘れ、相変わらずの平凡で退屈な日々を送っていた。そもそもしょっちゅう街に出てるわけじゃねえから、電車を使う機会もほとんどねえ。そうすると痴漢されたことを思い出すきっかけもなくなるから、あのときの記憶も薄れていったというわけだ。

 そんなある晴れた日のことだった。

 品揃えの悪い近所のレンタルビデオ店に見切りをつけていた俺は、隣の市のTSUTAYAまで行くことにした。国木田は都合が悪く、キョンはSOS団の活動があるために今日は一人で赴くことになった。
 ナンパもちらっとは思いついたが、なんとなく気が向かなかったんで今日のところは目当てのもん借りてさっさと帰ろう。

 帰りの電車は帰宅ラッシュとあって混み具合は最悪だった。そういえばこないだもこんな混雑してて、人生初の痴漢(される側)を体験したんだっけな。

 そんなことを思った瞬間だった。

 揺れも何もない中で、いきなりケツを鷲掴みされた。おいおい、また痴漢かよ? 俺モテモテじゃん? まあ、おっさんにモテたって何も嬉しいことなんてねえけど。
 ズボン越しでもわかる大振りな手は、ケツの丸みを確かめるようにすりすりと愛撫しやがる。……って、あれ? これってこの間の痴漢と同じ触り方じゃね? それにこの手の感触……いまでも鮮明に思い出せるあのときの感触と同じだ。ってことは、もしかしてこの間の痴漢と同一人物じゃねえか? 確信はないにしても、可能性は十分にあるだろう。

 ケツの谷間をなぞっていた指は、反応がないことがわかると前のほうに回ってくる。そしてこの間と同じように、半勃ちになったチンコの亀頭を擦り始めた。ああ、やっぱそれ気持ちいいわ。あっという間に俺のチンコは最高の硬度まで達してしまう。

 視線を下にやると、ズボンは不自然に盛り上がっていて、その頂点を痴漢の指が撫で回している。いやらしい愛撫を繰り返すそれは、以外にも綺麗な肌をしていた。大きさからして女の手じゃねえが、おっさんってわけでもねえのか? いや、もちろん綺麗な手をしたおっさんも存在するだろうが、おっさんよりもお兄さんと呼ぶべき年頃の男が痴漢しているんなら、少しばかり不快感も薄れるってもんだ。

 ここはいっちょ、確かめてみるか。きもいおっさんだったら足でも踏んでやめさせよう。万が一イケメンだったら……って、イケメンだったら痴漢されてもいいのか、俺!? それは男として終わってるだろ! 確かに同性だけあって気持ちいいところをピンポイントで突いてくるけどよ〜……。
 なんだかんだと言ったが、やっぱ気になるもんは気になるもんで、俺はチンコを弄る手の主をおそるおそる振り返った。

 頭一つ分くらい高い位置にあるそいつの顔を見て、俺は意表を突かれた。

 和風美男っつーのかな。ジャニーズみたいな中性的な感じとは真逆の、男らしくて精悍な顔立ちだった。短く刈り上げた髪がそれにぴったりと似合っていて、どこか冷静で頭がよさそうな印象を受ける。イケメンという言葉とはちょっと違うタイプだが、間違いなくSランクに入るくらいのいい男だ。
 年は俺とあんま変わらなさそうだな〜……という印象もあながち間違いではないらしい。なぜならそいつは南高の制服を着ていたからだ。

 なんだよ、いままで俺はこんないい男に痴漢されてたのかよ。こんないい男だったら……

 はっと我に返った瞬間、降りるべき駅名がアナウンスされるとともに、電車のドアが開いた。人の波に飲まれながら慌ててホームへと出る。
 振り返ると、開いたドアの向こうにさっきの男が立っている。切れ長の瞳はじっと俺のほうを見つめて離れない。俺も同じように視線を動かさないまま、電車が動き出してやつの姿が見えなくなるまでそうしていた。

 その後すぐにトイレの個室に駆け込み、ボクサーパンツをはぐるとこの間みたいに先走りの蜜でベトベトだった。あいつの手から解放されて数分経ったはずだが、俺のシンボルは未だにその硬さを失っちゃいない。俺はおもむろにそれを扱き出した。

 あいつはいったいどんな声をしてるんだろうか? きっと低くて男らしい声に違いねえ。その声が俺にエロい言葉を囁きながら、綺麗な手が俺のチンコを弄り倒す。そんな妄想をしながら、ついに俺は絶頂を迎えた。
 勢いよく飛び散った白濁は、トイレの壁を伝って床に流れ落ちる。その様子をしばし呆然と眺めながら、

「男でイっちまった……」

 そんな一言を底なし沼に片足でも突っ込んだような気分で呟いた。

 俺は正真正銘、ノーマルな男だ。いままで好きになった相手はすべて女だし、オナニーのオカズや目の保養の対象も例外なくすべて女だ。それがいきなり男にやられているのを想像し、しかも普通にイケたとなると、絶望的な気分になってもおかしくないだろう。

 くそ、どうなっちまったんだよ、俺……。




続く……





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