01. 痴漢男さんの場合-2


「ねえ谷口、体調でも悪いの?」

 一緒に弁当を食べていた国木田が、心配そうな顔で訊いてきた。

「へっ? 別になんともねえけど?」
「そう? いつもならお昼ご飯の時間は一人で馬鹿みたいに喋ってるじゃないか。今日は静かだから、てっきり体調でも悪いのかと思ったんだけど」
「あ、ああ……。ちょっと寝不足なんだ」

 馬鹿みたいに喋ってるって言い方は気に入らねえが、いつもより口数が少ないことは自覚している。寝不足というのは半分マジで、けどそれ以上に俺の精神を暗くしていることがあったりする。

 それは例の痴漢のことだ。正直、痴漢されたこと自体は俺の中でどうでもよくなっている。いや、もちろん男に痴漢されて嬉しいなんて微塵も思っちゃいないぜ? しかし痴漢の正体がきもいおっさんじゃなくてSランク級の男前だとわかったとき、俺の心は紛れもなく歓喜に湧いていた。そして、電車を降りたあとはあいつにチンコを扱かれるのを想像してイった。

 それだけでも十分にショックだったが、このあととどめを刺されることになる。

 俺はそれまで自分のことをどノーマルだと思っていた。けど、あいつをオカズにオナニーできちまったことで自信がなくなり、家に着いてから白黒はっきりつけるべく、ネットでゲイ動画を漁ってみたわけだ。

 体育会系、ジャニーズ系、クマ系、ショタ系と、いろんな動画を試してみたが、どれもチンコが反応することはなかった。なんだ、やっぱり俺はノーマルじゃねえか。そう安心したのも束の間のこと、動画の中の男優を、やっているほうをあの痴漢男に、やられているほうを俺に置き換えてみると、不思議なことに萎えていたはずのチンコが元気ビンビンになっちまったのだ。
 あげくそのまま射精に至ってしまい、これじゃもうノーマルだなんて言えねえやと自覚してから俺の気分は沈みまくりである。

 無論、そんなことを国木田やキョンに相談できるわけねえ。いくら仲がよくても、さすがにその話はドン引き間違いねえからな。そんなわけで、この日一日を俺は憂鬱な気分で過ごしたわけだ。



 本能ってのは実に恐ろしいもんだ。
 痴漢のスリルと快感を知ってしまった俺は、それを求めて再び昨日と同じ時間の同じホームにいま立っている。
 辺りを見回すと、少し離れたところに例の男がいた。会えるかどうかはあんま期待してなかったんだが、どうやらこいつはいつもこの時間の電車に乗っているらしい。わざわざここまで来た甲斐があるってもんだ。

 参考書らしきものに目を落とした横顔は真面目な優等生を思わせる。とても痴漢なんてするようには見えねえな。まあ、見た目のイメージなんてあんま当てにならねえけど。
 じっとその精悍な顔立ちを見つめていると、そいつは俺の視線に気づいたように顔を上げた。切れ長の瞳が俺の姿を捉えると、驚いたような顔をする。
 俺はすぐに目を逸らした。しかし視線の端ではやつがこっちに近づいてきている。そして電車を待つ列の最後尾にいた俺の後ろにぴったりとくっついてきた。やっぱりこの間のは狙われてたんだな。

 昨日と変わらず満員の電車に乗り込むと、やっぱりやつは俺の背後をキープする。背中に感じる大きな気配に胸は高鳴り、不覚にもチンコは期待でビンビンになっていた。

 電車がゆっくりと動き出すと、やつもすぐに行動を起こした。まずは昨日と同じようにケツから始まって、次にチンコを触ってくる。触る前からすでに勃起していたことに少し驚いたみたいだが、綺麗な手はすぐにそれを優しく扱き始めた。

 昨日までと同じだったのはそこまでだ。

 先走りが亀頭を濡らす感触がし始めた頃、やつはおもむろに俺のズボンのファスナーを下ろしたんだ! そこから長い指を忍ばせて、今度はパンツの上からチンコに触れる。だがそれだけでは満足できなかったのだろう。しばらくするとパンツの前開きの隙間から指が侵入してきて、今度は生で亀頭を弄り出した。

「ぁっ……」

 やべえ、変な声が出ちまう。咄嗟に歯をくいしばったが、やつは容赦なく敏感な部分を攻め続ける。
 他人にそこを触られるのはもちろん初めてだ。オナニーとは一味違った快感に足をガクガクさせていると、やつのデカい身体が優しく支えてくれる。そのとき密かに背中に触れた熱くて硬い感触は、俺に興奮してくれている証だ。それがちょっと嬉しかったなんて口が裂けても言えねえけど。

 今日の痴漢はそれだけに留まらなかった。

 一旦パンツから手を引いたかと思うと、ファスナーとパンツの前開きを指で広げ、俺のチンコを外に出しやがった! ちょ、さすがにそれは周りのやつにばれるっての!
 そんな危機感なんてまったく抱いてねえのか、やつは露出したチンコを扱き始めた。溢れっぱなしの先走りのおかげか、滑りが滑らかで快感倍増だ。

 中心の窪みから、まるで涎みたいに透明な雫が床へと滴り落ちる。こんな大勢の人間の前でチンコを曝け出しているという状況は、スリルと同時にデカい開放感を感じてしまう。

 でもさすがに電車の中で射精するわけにはいかねえ。なかなか止まらない愛撫に焦っていると、俺の降りる駅の名前がアナウンスされる。いつの間にやら四駅も通過していたらしい。
 俺は慌てて痴漢の手を払いのけ、ぐっしょりと濡れたチンコをパンツの中にしまった。最後までしてほしい、という本心はそこらへんに捨てておいて、ドアが開くと同時に電車を勢いよく降りる。そして昨日と同じようにトイレの個室に駆け込むと、暴発寸前だったチンコをイかせてやった。



 次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、俺はやつに痴漢されるべく、同じ時間の同じ電車に乗り続けた。出会ったばかりで会話すら交わしたことねえのに、ホームで互いの姿を見つければまるで待ち合わせしていた友達みてえに一緒の列に並ぶ。

 連休明けて月曜日、事態は急展開を迎えることになった。

 パブロフの犬という言葉を知っているだろうか? ワンコに餌を与えるとき、ベルを鳴らしてやっているうちに、ベルの音を聞くだけでワンコが涎を垂らすようになったってやつな。俺はまさにパブロフの犬状態で、いつもの駅に近づくだけでチンコが勃つようになっていた。

 電車に乗り込むと、いつものようにあいつが俺の股間をまさぐり始める。そして射精寸前まで追い詰められたところで降りる駅に到着し、これまたいつものようにいきり勃ったチンコを収めるべくトイレに駆け込むのだった。
 個室のドアを閉めようとしたとき、何かにぶつかるような音を上げてドアが動かなくなった。ゴミでも挟まったか? ――いや、違う。人の足だ。誰かの足が閉まりかけのドアに外側から差し込まれている。
 デカいが綺麗な手がドアを掴んだ。少ししかなかったドアの隙間が徐々に開いていって、半分くらいまで開いたところでその手足の主がぬっと中に入ってきた。そしてそいつは後ろでに鍵を閉める。

 いきなりのことで抵抗できなかった。いや、仮に抵抗できたとしても、そいつの図体のデカさからして侵入を阻止することはできなかっただろう。

 頭一つ分ほど高い位置にあった顔は、さっきまで俺のチンコを虐めていた男のそれだ。間近で見るとよりいっそう男前だな。ランク付けするならやっぱりSランクで間違いねえ。
 切れ長の瞳が俺をじっと見つめる。俺はというと、蛇に睨まれた蛙のごとく硬直していた。いったい何されるんだ? まさか犯されるのか? そんな感じで不安と恐怖に怯えていたんだ。

「ひっ……」

 あ、いまの情けない声は俺のな。だっていきなり両肩を掴まれたんだぜ? 相手の身体が威圧的にデカいのもあってびびった。
 俺はそのまま痴漢の胸まで引き寄せられ、息が詰まりそうなくらい強く抱きしめられた。

「いつも変なことしてごめん……」

 俺の耳元で謝罪した声は、男なら誰もが憧れるような低くて男らしいもんだった。

「すごいタイプで格好よかったから、我慢できなかった」

 ひどく申し訳なさそうに口にするくせに、抱きしめる力は緩めようとしない。
 ああ、こんなふうに誰かに抱きしめられるなんていったいいつぶりだろうか? まったく思い出せない辺り、たぶん気が遠くなるくらい前の話なんだろう。
 ただでさえ暑い夏の日にトイレの個室でむさ苦しい男に抱きしめられるなんて、普通なら地獄だと思うところだ。でもこいつの体温はどこか心地よくて、俺はすっかりその大きな身体に自分の身体を預けてしまっている。さっきまでの不安や恐怖はどこにいっちまったんだろうな?

「……痴漢なんて、最低だ」

 そう言ったのは強がり以外の何物でもねえ。まあ、やられてチンコ勃ててたやつの台詞なんて説得力の欠片もねえだろうけど。

「本当はされて喜んでたくせに」

 案の定、図星を突かれて返す言葉が出てこねえ。

「ほら、まだ勃ってるじゃん。すげえカチカチ」

 すっかり見慣れちまったデカい手が、俺のズボンに張ったテントに触れる。

「それに俺に痴漢されたくて電車の時間合わせてただろう?」
「だって……だってよ〜……」

 お前の手が上手くて気持ちいいから……なんて台詞は悔しくて言えねえ。せめて目つきだけでも強気でいこうと、ムカつくくらい男前な顔を睨むが、痴漢は怯む様子など微塵も見せねえ。
 ズボン越しに俺のチンコを扱いていた手が、ベルトとホック、ファスナーをはずし始める。

「ちょっ、やめろって!」
「やめない。もう、やめられない」

 俺をまっすぐに見返してきた目は、肉食獣めいた獰猛な輝きを灯していた。

「俺がイかせてやるよ。手でやるよりもっと気持ちいいこと、教えてやる」




続く……





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