04. 親友の場合-1


“谷口ごめん! どうも夏風邪ひいちゃったみたいで、今日は出かけられそうにないよ。ドタキャンで本当にごめんね。僕のことは気にしなくていいから、キョンと二人で楽しんできて”

 そんなメールを読んだのは、待ち合わせ場所に着いてからのことだ。

 ウキウキ気分で迎えた高校生活二年目の夏休みだが、始まってみると存外暇なもんで、多すぎる宿題を片づける以外にやることがなかった。っておい、いま俺が真面目に宿題をしてるっつーことに驚きと疑いの目を向けたやついるだろう? 確かに過去の俺からすると驚天動地だと言って目を瞠っちまうのも仕方ねえが、この間の期末テストでやればできるってとこ見せたじゃねえか? 宿題くらい楽勝だぜ! って言いてえとこだけど、実際は親父に少しばかり教えてもらいながら進めている。

 今日は久々にクラスメイトのキョンと国木田の二人と遊ぶ約束をしていた。しかしさっきのメールのとおり、国木田は体調不良でドタキャン。もう約束の時間もちけえから、今日はどうやらキョンと二人きりのデートになりそうだ。
 にしても国木田がいないんじゃ華がねえよな〜。まあ、あんな童顔で怪しい色気のあるやつでも一応男だから、華って言われても嬉しくねえだろうけど。あいつがいるのといないのとじゃ雰囲気の柔らかさが全然違うぜ。

「――よう、谷口」

 ぼうっと駅前を行き交うやつらを眺めていると、暢気な声が後ろからかかった。

「遅いぞキョン! 遅刻は罰金!」

 声の主が誰なのかすぐにわかった俺は、偉そうに腕を組んでどこかの誰かさんが言いそうな台詞を言い放ってやる。すると声の主――キョンは苦笑した。

「ハルヒみたいなこと言ってんじゃねえよ」
「でもいまの似てなかったか?」
「似てる似てない以前に、最高に気持ち悪かったぞ」
「気持ち悪いとか言うな〜」

 冗談だ、と笑いながらも実はちょっと本気だったってこと、俺は知ってるぜ? まあ、俺自身キモかったって自覚してるからいいけどよ。

「国木田体調悪いんだって? さっきメール来てたんだが」
「らしいな」
「どうする? 今日は中止にしとくか?」
「いやいや、せっかくここまで来たんだから二人だけでも遊ぼうぜ。そんで最後に国木田の見舞いに行ってやらねえか? あの国木田だって風邪ひいたときくらい一人じゃ寂しいに違いねえ」
「それには俺も賛成だな。でもまあ、風邪をもらわなければいいが……」
「大丈夫だって。馬鹿は風邪ひかねえって言うだろ?」
「それで行くとお前は大丈夫でも俺が駄目じゃねえか」
「ばっか野郎! 期末テスト俺より悪かったくせに何言ってんだ、この」

 そんな俺たちらしいアホな会話を繰り広げながら、俺たちは駅前のロータリーを離れる。

 キョンとの付き合いはそれほど長いわけじゃねえ。高校に入って俺は最初に国木田と仲良くなり、あいつを通じてキョンとも会話をするようになった。
 見た目の印象はそうだな〜……冴えないってわけじゃねえけど、普通を絵に描いたような顔だなって思った。その中身は歳の割には落ち着いていて、理屈っぽいところもあるが、基本的には聞き上手で話しやすい。

「今日はSOS団は休業なのか?」

 平和をこよなく愛してそうな面をしたキョンだが、実はSOS団という波乱な部活(?)に所属している。波乱なのは主にリーダーだけのようだが、いろんな場面でキョンやその他部員たちがそのリーダーに振り回されているのをよく見ている。
 かくいう俺も部員じゃねえにもかかわらず、実はたまに呼び出されては振り回されることもあったりする。

「今日は休みだ。夏休み中はだいたい週に一、二回くらいのペースで活動してるな」
「へえ。じゃあ、朝比奈さんや長門に会う機会が減って寂しいだろう?」
「まあ、そりゃな。だがそれを差し引いても毎日あれに付き合わされるんじゃ、俺の身が持たん。いずれ過労死してしまうんじゃないかと心配している」
「お前そりゃ、本当に過労死している人間に失礼だぜ?」

 SOS団の女性陣は例外なく誰もが認める美人ばかりだ。まあ、約一名ほど見た目はよくても中身がウルトラ残念なやつがいるけどな。そいつを考慮した上でも、朝比奈・長門という美女コンビと一緒にいられるのは素直に羨ましいと思った。

「なあなあ、キョンはあの三人の中から一人選べって言われたら、誰を選ぶ?」

 それは前々から気になっていた疑問だった。色恋沙汰には点で興味がなさそうな顔をしているが、キョンだって一応男だ。好みのタイプってもんがあるだろう。

「谷口はどうせ朝比奈さんなんだろう?」

 キョンは自分の答えを口にする前に、俺の好みを推理してきた。

「あったりめえだろ。あのロリ顔に巨乳……男なら誰もが興奮しちまうっての。お前もそう思うだろう?」
「まあ、普通に考えたら俺も朝比奈さんだな。だが、他二人もなかなかいいぞ? 長門は口数こそ少ないが、慣れれば沈黙も心地いいし、いざとなったときは誰よりも頼りになる。ハルヒのほうは性格こそめちゃくちゃだが、一緒にいて退屈しない。それに普段があんなツンツンしてるから、たまにデレると可愛いんだ、これが」

 一人ひとりをそう評価したキョンは、可愛い異性の話をする同級生っつーより、なんか娘の自慢をする父親みてえだった。そんくらいあの三人には思い入れがあるんだろうけどな。

「しかし、たまにはお前と二人ってものいいもんだな。なんかすごく落ち着く」
「ま、女子が三人もいりゃ落ち着かねえだろうな。古泉がいるだけマシじゃね? それともキョン一人でハーレムがよかったか?」
「いや、まあ古泉がいてくれてよかったよ。ただ、あいつは時々胡散臭いからな〜。お前といるほうがよっぽど気を張らなくいい」
「……もしかして俺、告られてる?」
「ちげえよ! 前言撤回だ、アホ谷口!」
「うっせー、バカキョン」



 この日、本当はカラオケとボーリングに行く予定だったんだが、男二人だけじゃ虚しすぎるっつーことで、ちょっとした買い物とゲーセンめぐりに変更となった。そんなもんすぐに飽きちまうじゃねえかって最初は心配してたんだが、やってみると存外楽しくて、気が済んだ頃にはいつに間にやら日が暮れ始めていた。

「なあ、谷口」

 駅からの帰り道、チャリを押しながら隣を歩くキョンが、ふいに立ち止まる、急にどうしたのかと横を向けば、さっきまでゴシップネタで盛り上がっていたのが嘘のような真面目な顔で俺のことを見ていた。

「なんだよ?」
「お前、何か悩み事でもあるのか? いや、言いたくないなら別に言わなくていい。ただ夏休み前、学校で昼飯食ってるときにお前たまにぼうっとしてることあったから、気になってたんだ」

 確かに悩み事はあるにはあるけど、まさかキョンがそれに気づくとは思ってもみなかったから、俺は少しばかり驚いちまった。

「話せることなら話してみないか? こんな俺でも何か役に立つことがあるかもしれない」
「なんだよ、いきなり優しくなりやがって。お前はツンデレかっつーの」
「ツンデレはハルヒ一人で十分だ。その、なんだ。普段調子のいいことばっか言ってるやつの暗い部分なんて見せられたら、こっちが調子狂っちまうんだよ」

 キョンはどこか照れくさそうに、それでいて真面目な目をしてそう言った。
 キョンの気持ちは素直に嬉しい。だが、俺が一人で悩んでいることはいくらキョンが親友でも簡単に相談できる内容じゃねえ。
 
 俺は近いうちに坂上に告白しようと思っている。しかし、なんて言って自分の思いを伝えたらいいのかわからなくて詰んでいる状態だ。
 相手が女ならいくらでも甘い台詞を思いつくんだが、男相手となるとそんな台詞通用しねえだろうし、坂上もきっと言われて嬉しくねえだろう。ストレートに好きだと一言浴びせるだけってのもなんかパッとしねえし、どうしたもんかと悩みに悩みまくっている。
 まあ、仮にいい告白のフレーズが出来上がったことしても、伝える勇気がまだねえからそこでまた躓くんだけどな。エロいことは余裕でこなすくせに、本人を前にするとどうしても気持ちを押さえ込んじまう。

 相談できるもんだったら、真っ先にキョンか国木田にしてたんだけどな。さすがに自分がバイセクシャルで、いまは男に夢中だとは言えねえ。言ったところで二人が俺の性癖を偏見するようには見えねえけど、それでも坂上に告る以上の勇気が必要だ。

「なあキョン、お前は俺がどんな性癖を持ってても、変わらず友達でいてくれるか?」
「まあ、犯罪めいた性癖でなければな。なんだ、谷口はなんか特殊な性癖でも持ってんのか?」
「そういうことだ。いまはまだ話す勇気がねえんだけど、いつかはそのことをちゃんと話したい。ずっと隠してるっつーのもたぶん息苦しくなるだろうし」
「そうかい。なら、いまはこれ以上何も訊くまい」

 柔らかく微笑んだキョンは、言葉のとおりその話題を切り上げ、再び歩き出す。
 普段は結構適当に俺を扱うくせに、どうして今日はこんな優しかったんだろうな、こいつは? なんか不吉なことが起きる前触れかもしれねえ、と失礼なことを思いながら俺も少し後ろを歩く。

「やべ、信号変わっちまうぜ!?」

 ちょうどそのとき、数十メートル先に見える横断歩道側の信号が点滅し始めていた。急げばぎりぎり間に合うな。俺はすぐにチャリに跨り、マリオカートさながらのロケットダッシュで駆け出した。

「急げよキョン! 先行くぜ!」
「待てよ! このチャリ結構重いんだぞ」

 確かここの信号は切り替わるのに結構時間がかかるから、出遅れたキョンもなんとか横断歩道を渡り切れるだろう。

「おい、谷口!!」

 車道に出た瞬間、背後からキョンの怒声が聞こえた。あんまりにも危機迫るような声だったから何事かと振り向こうとしたんだが――振り返る前に、俺の左半身にいままでの人生で感じたことがねえくらいの凄まじい衝撃が走った。
 痛いってもんじゃねえ。まるで身体が粉々になっちまったんじゃねえかと思うような感覚が全身に伝わってくる。
 気づけば俺は空中を飛んでいた。眼下にはワゴン車に踏み潰された俺の自転車が見える。

「谷口!!」

 意識を失う直前、最後に聞いたのは俺の名前を必死に叫ぶキョンの声だった。




続く……





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