05. 迷走の果ての答え-1 気持ちいいことは大好きだ=エロいことは大好きだ。年頃の男子としてそれは当然と言える感情だろう。だから俺はこの短期間でいろんな男とヤったし、これからもエロいことをめちゃくちゃやりたいと思っている。 その半面で、身体だけの繋がりってのは虚しいもんだと気づき始めていた。俺だって自分が可愛い。誰かに愛されてえと当たり前のように思っているし、ヤるならやっぱ互いに心が繋がっている相手がいい。 俺の一方的な片想いの相手ならいるけどな。そいつとは何度も何度もチンコをしゃぶり合ったが、未だにやつの俺に対する気持ちはさっぱりわからねえ。嫌われてねえのは確かだが、それ以上のことは態度や表情からは読み取れなかった。 まあ、やつの気持ちを探っているだけじゃいつまでも先に進めねえから、俺はついに自分から告白する決意をしたわけだ。 やつの家の玄関の前に立ち、いつもどおりにインターホンに手を伸ばす。その手が震えてたってのは秘密だ。 ボタンを押してからやつが出てくるまでの間に、緊張で高鳴る胸を落ち着かせようと深呼吸する。だが、ドアの向こうからそれらしい足音が聞こえた途端、鼓動はますます速まっちまい、結局何の意味もなさなかった。 ドアがゆっくりと開き、デカい影がぬっと現れる。頭一つ分ほど高い位置にある顔はムカつくくらいに男前で、目があった瞬間に表情を柔らかくした。 「久しぶり」 男なら誰もが憧れるような美低音ボイスがそう告げる。 「おう。久しぶりだな」 「外は暑いな。部屋クーラー効かせてるから、上がって」 顔がいい上に気が利くとなると、さぞやモテまくっていることだろう。本人はそれを否定していたが、やつの隠れファンはきっと多いに違いねえ。 坂上――知ってのとおり、俺がホモの道に足を踏み入れるきっかけになった男だ。 坂上のどこがいいかって訊かれると、まあ全部って答えちまうな。男らしくて端正な顔立ちも、低くて渋い声も、ぶっきらぼうだがちゃんと人を気遣える性格も、全部全部好きだ。 坂上の言っていたとおり、部屋の中はまるで天国みてえに涼しかった。俺はいつもどおりにベッドに腰掛け、坂上もまたいつもどおりに俺の隣に座った。 「なんか緊張してる?」 「へ? べ、別にしてねえけど?」 「そう? なんかさっきから口元が引きつってる気がする」 俺のことよく見てんのな。見てもらえていることはすんげえ嬉しいんだけど、俺が坂上の顔を見たって何を考えているかわかんねえから、少しばかり悔しいとも思う。 いつも快感を与えてくれる坂上のデカい手が、俺の髪に優しく触れる。 「あ、あんまくしゃくしゃにすんなよ。せっかく整えて来たんだから」 「わかってるって」 「そう言いながら、結局いつもセットし直さなきゃならねえほど乱すじゃねえか」 「だって谷口が可愛いから」 頭を撫でていた手は頬へと下りてきて、親指が目元をなぞった。 「こんなののどこが可愛いって言うんだよ?」 坂上に可愛いと言われて嬉しくねえことはねえけど、男としてはやっぱりカッコイイって言われたいもんだ。 「全部だよ。顔も髪も身体も、全部可愛いと思う。谷口を見ているといつも変なことしたくなるよ」 デカい図体に包み込まれるように抱きしめられ、そのままベッドに押し倒される。 「少し汗臭いな」 「炎天下の中チャリ漕いで来たからな。シャワー浴びたほうがいいか?」 「いや、いい。この臭いもすごく興奮するから」 坂上の鼻先が俺の首筋を掠る。そのくすぐったさに身を捩れば、生温かい感触が耳たぶに触れた。 「ちょ、ストップ! 待て、待て、待て」 俺は流されてしまう前に、スイッチの入りかけた坂上を押し戻した。野獣の目に変わりかけていたそれは不思議そうに俺を見つめ、首を傾げる。 「どうかした?」 「あのさ、俺、おまえに言わなきゃならねえことがあるんだ」 もちろんエロいことだってしてえし、チンコのほうもヤる気満々になっているが、今日ここに来た本来の目的を後回しにはしたくねえ。 「その、なんだ。俺はよう、あれなんだ……」 だが、言うと決めたはいいが、いざその場面になると用意していた台詞はなかなか口から出てこなかった。断られるんじゃねえかという不安が一気に押し寄せてきて、それが告白することを阻んでいる。 坂上は迷う俺を急かすようなことはせず、ただ静かに言葉を紡ぎ出すのを待ってくれているようだった。 机の上の時計が時を刻む音がする。それよりも速いスピードで脈打っているのは俺の心臓だ。 「……坂上って、好きなやついんのか?」 ようやく絞り出せた言葉は、本当に言いたい台詞じゃなかった。 「……いるよ」 落ち着き払った声が、俺の気持ちも知らずに静かに答えを返してくる。その瞬間に俺の心は凍りつき、その隙間からじわじわと何か重たい感情が滲み出てくるのを感じた。 告白する前に失恋かよ。もちろん失恋はある程度覚悟していたことだが、実際に相手にその気はないのだと知ると、結構ショックだった。 何か言わなければと思うのに、固まった心は言葉を見つけることができず、自分で質問しておきながら不自然に沈黙してしまう。 才色兼備で非の打ちどころのない坂上に愛されるなんて、そいつは幸せ者だな。優しい坂上のことだから、そいつと恋人同士になれば死ぬほど大事にすることだろう。まったく羨ましいっつーか、悔しい限りだぜ。 「谷口?」 泣きそうになるのを堪える俺に、坂上が心配そうに声をかけてきた。 「そ、そうだよな! おまえも思春期真っ盛りなんだし、好きなやつの一人や二人いて当然だよな!」 作り出した笑顔は、ちゃんと笑えていたか心配になるくらいに無理があった。ここで素直に泣いていればきっと坂上が優しく慰めてくれるだろうが、そんなことされたら絶対に自分の気持ちを捨てられなくなるだろう。 「谷口にはいないのか? 好きな人」 そしてこのKY発言である。いま一番答え辛い質問だ。 だが逆に、いま自分の気持ちを正直に打ち明け、玉砕したほうがいっそ諦めがつくのかもしれねえ。むしろこの気持ちを胸の中にしまったままにしておくほうが、一生引きずっちまうんじゃねえかとさえ思った。 もう言うしかねえ。これを言ったことで坂上に会えなくなるのだとしても、言って後悔するほうがマシだ。 「俺は、おまえが好きだ」 たったこれだけの短いフレーズを口にするのに、いったいどれだけの勇気が要っただろう。言ってしまえばもうこっちのもんで、言いたい台詞を全部吐いちまおうと、息を吸い込む。 「その顔も声も身体も、そんで中身も、おまえの全部が俺は好きだ。俺にはもったいねえくらいのいい男だってわかってるさ。それでも好きになっちまったもんは仕方ねえだろう」 「……ごめん、それは全然予想してなかった」 言葉のとおり、坂上はひどく驚いた顔をしていた。 「それ、本気なんだよな?」 「冗談で言ってるように見えるか?」 「いや、見えないけど。ただ谷口が俺のこと好きなんて信じられなくて……」 いつも落ち着いている坂上が、珍しくしどろもどろになりながら台詞を紡ぐ。 「でも、本気でそう思ってくれているなら、とても嬉しい」 「う、嬉しいのか?」 「うん。だって、俺の好きな人って谷口だし」 今度は俺のほうが驚かされる番だった。 「え? え? え? え?」 「さっき言っただろ? 谷口の全部が可愛くて仕方ないって。それってそういう意味なんだけど」 「そ、そんな遠回しじゃわかんねえよ! そういうのはストレートに言ってくれねえと……」 「わかった。じゃあ、ちゃんと言う。――谷口のことが好きだ。俺の恋人になってくれ」 俺の瞳を覗き込む坂上の目に冗談なんてもんは欠片も感じられなかった。こうして間近で見ると、改めて他に類を見ねえほどの男らしくて端正な顔立ちをしているのだと感じさせられる。 そんな顔に好きだと言われて落ちねえやつがいるとしたら、そいつはよっぽど見る目がないか、あるいはB専としか考えられねえ。 もちろん俺もイチコロだったさ。いや、好きだと言われる前からとっくの昔に落ちていたけどな。 「すげえ嬉しい」 想いが通じ合ったことに対する素直な気持ちを告げると、坂上は優しく微笑んだ。そしてまたさっきみてえに俺の身体を抱きしめ、耳元で囁く。 「キスしてもいいか?」 「当たり前だろ。俺たち恋人同士なんだぜ?」 思えば坂上とはあれだけエロいことをしてきたのに、キスはただの一度もしたことがなかった。それだけはなんとなく気持ちが通じ合っている相手でなければしてはならないと、心のどこかで思っていたのかもしれねえ。 男前な顔が眼前に迫る。目を閉じると、次の瞬間に唇は重なって、柔らかくて優しいキスが始まった。 残念ながらファーストキスじゃなかったが、いままでのキスなんて忘れちまうくらい、温かくて気持ちのいいキスだった。 |