05. 迷走の果ての答え-終 いったいどれくらいの間キスをしていたのかさっぱりわからねえ。そんくらい長く互いの唇を貪り合い、ふとした瞬間にそれが終わる。 「服、脱ぐか?」 「お、おう」 そうして自分の服は自分で脱ぎ、あっという間に生まれたままの姿になった二人は再びベッドで重なり合う。言わなくてもわかってると思うが、俺が下で坂上が上だ。 軽くキスをしたかと思うと、坂上の唇は頬、首筋へと下りてきて、今度は耳朶に触れる。ぴくっとつい反応してしまうのは自分じゃどうしようもねえが、それを見た坂上がちょっと笑いやがったのは悔しいと思う。だからと言って我慢できるわけがなく、舌が耳全体を舐め始めたら変な声まで出ちまう始末だった。 「くっ……耳ばっか舐めてんじゃねえよっ」 そう抗議しても坂上は取り合ってくれず、執拗に耳を責め続ける。その間指は俺の乳首を弄り、二か所同時責めに気持ちよすぎて足をバタつかせていると、坂上はついに声を出して笑いやがった。 「谷口、可愛すぎ」 「だってお前がしつこくするから!」 「じゃあどこなら責めていいわけ?」 「どこって、そりゃチンコとか?」 「とかってなんだよ、とかって」 しょうがないな、などと言いながら、乳首を弄っていた指が俺の希望どおり股間に下りてきて、先っぽに優しく触れる。 「すげえ。触ってないのにもう濡れてる」 いちいち指摘されんのはちっともありがたくねえっつーか、むしろ恥ずかしいからやめてほしい。しかも俺の先走りで湿った指先を丁寧に舐め取るから余計に羞恥心を煽られる。 もう一度俺のチンコに触れた手は、ゆっくりと上下に動き始める。その先端部分に坂上は舌を這わせ、唾液で亀頭を濡らしていった。 「うあっ……くっ、気持ちいい」 早漏のはずはねえんだが、あっという間にイきそうになっちまう。さすがにそれは情けねえから、意識を逸らそうと頭ん中で九九を唱えるが、それを阻むかのように坂上のフェラは激しくなってきた。 「坂上っ、イくっ――あっ!」 そしてあまりにも呆気なく俺は絶頂に達し、白濁を坂上の口の中に放出してしまう。坂上は表情一つ変えずそれを飲み込み、口元を手で拭った。そのまま何も言わずに俺の胸の上に跨り、いきり勃った自分のチンコを差し出してきた。 「これ、口でして」 まだイったあとの気怠い感覚から抜け出してないっつーのに、容赦のねえ野郎だぜ。そう思いながらも、唇に硬くて熱いそれを押しつけられれば反射的に口を開いちまう。 いつ咥えてもでけえチンコだ。まだ完全に勃起してるわけじゃなさそうなのに、すでに咥えることがなかなかきついくらいになっている。 気持ちよさそうに瞳を細める、端整な顔立ち。いい男はどんな顔をしててもいい男なんだとまざまざと実感させられる。そんなことを考えていると、坂上の視線がこっちに下りてきて、その熱量の多さに思わずドキっとしちまった。 「一生懸命俺のにしゃぶりついてる顔も可愛いな」 「う、うっせーよ! そんなとこ褒められても嬉しくねえし!」 「あ、離したら駄目だろう、これ」 「んぐっ……」 再びチンコを口の中に押し込まれ、今度は坂上が自ら腰を動かす。いやらしい腰使いに荒い息。普段冷静な坂上が本能のままに乱れる姿は、すんげえ興奮を掻き立てられた。 「谷口の口の中、すごく気持ちいい」 吐き出された声は少し掠れて余裕のない響きだった。感じてくれていることを嬉しいと思いながら、どんなときでも男らしさを失わねえその声に、耳が痺れちまうんじゃねえかとさえ思った。 腰の動きが速くなる。たぶんもうすぐイきそうなんだろう。このままだと口の中に出されちまいそうだが、もうそれでもいいやと覚悟を決めた。 しかし、予想に反して坂上は突然ピストンをやめ、俺の上からそっと退く。 「どうしたんだよ? イかなくていいのか?」 「いや……なんというかさ」 話すときはちゃんと俺の目を見る坂上が、なぜだかそのときはベッドの脇のほうに視線を落として言葉を紡ぐ。 「谷口が嫌ならいいんだ。その、もしよかったらお前のここに入れさせてくれないか?」 ここ、と言いながら撫でたのは俺の無防備な尻だ。さらりとした手の感触を感じた瞬間、全身が総毛立つ。だがそれは決して不快だったとか怖かったというわけじゃなく、撫でられるのが気持ちいいと感じてしまったからだ。 「いいぜ」 何の迷いもなく、俺は坂上の頼みを受け入れる。 ケツを使うのは決して初めてじゃねえ。チンコを入れられたことはねえけど、指を入れられたときに死ぬほど気持ちよくなっちまったのを覚えている。もしその経験がなかったら返答に少し時間を要したかもしれねえが、いずれにしても坂上相手に本番を断るわけがなかった。 「優しくしろよ」 「うん。頑張ってみる」 切れ長の瞳がキョロキョロと辺りを見回した。それがある一点で止まると、デカい図体がのそりとベッドから下りる。そして、机の上にあったマッサージオイルのボトルを手に取ると、それを持ってこっちに戻ってきた。 「ローションとか準備してなくて……。でもたぶん、これだったら大丈夫と思う。――自分の膝抱えてて」 言われたとおりに膝を抱えれば、ケツの隅々まで坂上に見られちまうような恥ずかしい態勢になっちまった。慌てて足を下ろそうとするが、坂上の腕がそれを阻止し、空いたほうの手でマッサージオイルをケツに垂らす。 重力に従って徐々に垂れ下がっていくオイルが穴の辺りに差し掛かると、坂上は指でそれをすくい、穴の表面に塗りつけてきた。 「ひっ……ぁ」 十分に濡れたとわかると、指はついに俺の身体の中に入ってくる。 「結構きついね」 思うように侵入は進まないらしかったが、ゆっくりと内襞を押し広げながら、確実に奥に入り込んでくる。 「痛くないか?」 「大、丈夫……」 半端ない異物感に変な汗が出ちまいそうだが、それも最初のうちだけだと知っている。指がもうちょい奥に入れば、あのぞくぞくとする快感を味わえるだろう。 「あっ……」 そして坂上もそれを知っているのか、中で指を曲げてピンポイントに感じるところを責めてきた。イって間もないチンコが瞬時に硬さを取り戻し、ひくひくと反応し始める。 「ここ、いい?」 「わかってるくせに訊くなっあっ」 ほぐれてきたところで指がもう一本増え、中を掻き回す。手つきは決して乱暴じゃなく、俺が痛くないように、苦しくないように慎重になっているのが伝わってきて、なんだか嬉しかった。 「坂上、もういいから、入れろよ」 勃起した坂上のチンコからは我慢汁が涎みてえにダラダラと垂れている。それを早く突っ込んじまいたいはずなのに、自分を抑えて俺に尽くしてくれる辺り、改めてこいつは優しい男なんだと実感させられた。 無言で頷いた坂上は、ガチガチに硬くなったチンコを入り口に押し当ててくる。そのあまりの熱さに腰が引けそうになるが、受け入れると決めたからにはもう逃げるわけにはいかねえ。 「息吐いて、力抜いて」 「おう」 指とは比べ物にならないほどの質量が、ズブズブと身体の中に埋められていく。標準よりも一回りほど大きいサイズだと知っているだけに怖くもあったが、それ以上に坂上のを受け入れたいという気持ちが先行して、自分から腰を坂上のほうへと押してしまう。 そして、初めての挿入だったにも関わらず、信じられねえくらいぴったりと噛み合う感覚がした。 「全部入ったのか?」 「ああ。痛くないか?」 「ちょっときついけど、意外と平気だ」 もちろんまったく痛くなかったわけじゃねえけど、それを言うと優しい坂上はチンコを抜きかねないから黙っておいた。 「動いてもいい?」 「いいぜ。好きなようにしやがれよ」 ゆっくりと、中に侵入したそれが動き始めた。さっき指で弄られた気持ちいい場所にちょうど当たって、押しても引いても快感に襲われる。 「谷口のケツやばいな。死ぬほど気持ちいい」 「俺もすげえ気持ちいい……あっ」 暇になった坂上の手が俺の手を握り締める。ふと見上げたところには余裕のない目をした男前な顔があって、視線が交わると優しい口づけをくれた。 「遠慮してねえで、もっと好き勝手していいんだぜ?」 「でも、谷口は初めてなんだろ? いきなり激しくしたら、たぶん壊れてしまう」 自分の欲を抑えて、その我慢もそろそろ限界を迎えそうな顔をしながら、よくもそんなことが言えるもんだ。 「壊れたって別にいいんだよ。おまえのこと好きだから、いまの俺はどんなにされてもたぶん幸せに感じちまうぜ?」 「でも……」 「俺は女じゃねえんだ。おまえばっか我慢する必要なんてまったくねえ」 握り締めた手がギュッときつくなる。最初は何か迷っているみてえに難しい顔をしていたが、やがて苦笑を浮かべ、俺の耳元に口を寄せる。 「じゃあ、ホントに激しくするぞ?」 耳が痺れちまうような低音ボイスに、どこか肉食獣めいた響きがこもっていた。 そして握られていた手が離れた瞬間、突き上げるような激しい律動が始まった。 「っ!」 容赦のない動きにしばらく声も出ず、俺の口からは途切れ途切れに息が漏れるばかりだった。 気持ちいい。なんだよ、これ。頭まで痺れちまうくらいの快感に堪らず坂上の背中に縋りつき、吹っ飛んじまいそうな意識を必死に保つ。 「くそっ……なんでこんな気持ちいいんだっ。谷口なんかしてるのか?」 「なんもっ、してねえし! ひっ……あっあっ」 貪るっつー表現がぴったり合うくらい、坂上は俺の中を掻き混ぜ、腰を叩きつけ、時折掠れた吐息とともに気持ちよさそうな呻きを漏らした。頬を伝う汗さえ色っぽいと感じさせる顔は険しい表情を見せている。 「このままだと、すぐイっちまいそうだっ」 俺の身体で感じてくれている。その事実が嬉しくてつい笑っちまうと、なんだよ、と坂上は少しだけ表情を緩める。しかし、腰の動きだけは緩慢になることはなくて、むしろさっきよりもスピードを増してきている気さえした。 「ここ、絶対他のやつに使わせるなよ。キスも、抱きしめるのも手を繋ぐのも、俺以外のやつにさせるな」 乱暴な言い方だが、それでも俺を想ってくれているのだとわかると心が舞い上がるのを抑えられねえ。 「誰にも……使わせねえよっ。俺が好き、なのは、おまえだけなんだから」 もう他の男も女もいらねえ。坂上がずっと俺を好きでいてくれて、抱いてくれるというなら、もう何も求めねえよ。ちゃんと与えてくれる分の――いや、それ以上の愛情を返して、死ぬまで相思相愛でいられるならそれで満足だ。 「坂上っ……好きだ」 「俺も谷口が好きだよ」 噛みつくような勢いでキスをされ、逞しい腕が俺の足を持ち上げる。振り落とされるんじゃねえかってくらいに打ちつけられる腰に少し痛みを感じながらも、そんなものはケツの気持ちよさのせいでどうでもよくなっていた。 間近にある、欲情しきった顔と灼き殺しそうな目。獰猛だと思うのに、不思議とそのすべてから愛情を感じる。 触ってもないのにチンコが破裂しそうだった。坂上が奥を突くたび、何かが身体の奥底から湧き上ってきて、悲鳴みてえな声が漏れちまう。 「ごめん谷口、俺もうイきそうっ」 「あっあっ……俺も、イク、イクっ」 「くっ……うっ!」 ひときわ激しく腰を打ちつけられた瞬間、ついに臨界点を超えた。チンコからは勢いよく精液が飛び出し、自分に思いっきり顔射しちまう。 坂上もどうやらイったらしく、俺のケツの中にドクドクと白濁が注ぎ込まれる感覚がした。 切れ切れの二人の息がしんと静まり返った部屋に響き渡る。なんだか急に恥ずかしさが込み上げてきて、とりあえず手で顔面を覆った。 「いますごく幸せだ」 落ち着きを取り戻した坂上の声がそう告げる。 「谷口はどう?」 「……んなこといちいち訊いてくんなよ。俺の答えくらいわかってんだろ?」 恥ずかしくて、素直に本当の気持ちを口にすることはできなかった。だが坂上は少し笑っただけで、それ以上は追及してこない。 「俺の予想してるとおりなら、すごく嬉しい」 「……そんなのおまえの予想どおりに決まってんだろ」 しばらく続いた迷走は、ついに終着点へと辿り着いた。 坂上のことが好きだって最初からわかっていたのに、なぜ迷走したかっつーと、まあ理由はいろいろだ。たとえば本当に俺は男が好きなのか確かめたかったとか、男同士っつー未知の世界をもっと理解したかったとか。 迷走の中で坂上への気持ちは予感から確信へと変わり、そして結末は知ってのとおりの展開だ。 痴漢されたことがスタートのきっかけになったなんて笑い話もいいところだが、それでもあれがなければ恋人同士になるどころか、出会うことすらなかっただろう。わざと痴漢されに行ったのも、あのときトイレん中でしゃぶり合いしたのも、いまはやってよかったと心の底から思っている。 「なあ、坂上って下の名前なんっつーんだ?」 自己紹介は互いに苗字しか伝えなかったし、そのあとも特に名前が気になるようなことはなかった。しかし、恋人同士になるならそのくらい知っておかなければならねえだろう。 「友樹だよ。そういう谷口はなんって言うんだ?」 「俺か? 俺はなあ、谷口――」 そうして俺は、普段家族以外に呼ばれることのないその名前を、坂上――じゃなかった、友樹に教えてやるのだった。 |