12. Not foolish love


 誰もかもがそうだとは限らないが、人が誰かに恋をしたとき、その人と身体を重ねたいと思うのはごく普通のことだし、ジャンくらいの歳の男なら持っていて当然の欲求だ。
 ナイルの顔を見るたび、いったい何度彼に抱かれたいと思ったことだろう。そして、何度彼をオカズに溜まった性欲を発散したことだろう。
 ジャンの妄想の中だけで何度も行われた逢瀬が、ついに現実のものとなる。タオルを腰に巻いただけの状態でベッドに腰かけ、ナイルが来るのを待ちながら、ジャンは泣きそうなくらいにドキドキしていた。
 セックスは初めてというわけではないのに、相手がナイルというだけで、なんだか緊張してしまう。けれど下半身のほうは準備万端なようで、巻いたタオルの中心部には、少し歪な形をしたテントが出来上がっていた。

(あ、喘ぎ声が変とか、フェラが下手ってことはねえよな?)

 ライナーとするときには気にもしなかったことが、ナイル相手だとこんなにも心配になる。それが、自分の気持ちがあるかないかの差なのだろう。
 意味もなくいろいろと心配しているうちに、部屋のドアが開いてナイルが入ってくる。ジャンと同じくタオルを腰に巻いただけで、あとは何も身に着けていない。

「はぁ……」

 ジャンの隣に腰を下ろし、肩と肩が触れ合った。緊張していたせいで過剰にびくっと反応してしまい、ナイルに笑われる。

「そんなに緊張すんなよ。相手は俺だぞ?」
「父さんだからだよ。どうでもいいやつが相手なら、なんともない」

 そっか、と言いながらナイルは頭を撫でてくれた。そのまま肩を優しく引き寄せられ、ジャンは素直に頭を預ける。そうすると少しだけ落ち着くことができた。

「もう勃ってんのか、お前」

 ナイルの視線がジャンの下腹部を捉える。タオルの上から指先で触れられ、恥ずかしさと喜びが同時に湧き上がった。本当にするんだと今更ながら実感し、期待と興奮がさらに高まる。

「ジャン」

 呼ばれて顔を上げると、柔らかいものが唇に触れてきた。キスされたのだとすぐにわかって、ジャンの身体はじんわりと熱くなる。
 ナイルが寝ている隙に何度か一方的にキスをしたことがあったけれど、やはり相手の意思があるのとないのとではこちらも気持ちが変わってくる。しかもナイルはキスが上手かった。舌を絡めとられたかと思うと優しく吸われ、歯で軽く扱くように啜られる。それは腰が抜けてしまいそうなほどに気持ちよくて、ジャンはナイルの身体に抱きつきながら、懸命にキスに応える。

「可愛いなあ」

 キスの応酬が止んだかと思うと、ナイルがジャンの頬に触れながらそう呟いた。

「可愛すぎてめちゃくちゃにしたくなる。でも、今日はちゃんと優しくするからな」

 額に口づけられ、その行為に深い愛情を感じた。父親の愛情と、恋人に捧げるような甘い愛情の両方だ。
 ゆっくりと押し倒され、腰に巻いたタオルが剥ぎ取られる。ナイルも自分のタオルを外して、お互いに生まれたままの姿になった。
 何か硬いものがジャンの太ももの辺りに触れている。何か、と言わずともそれがなんであるかくらい同じ男ならわかるのだが、そのあまりに生々しい感触にごくりと息を飲む。

「やべえな。お前の身体に触ってるだけで、イっちまいそうになる」

 目を眇めた顔は、大人の色香を感じさせる。見れば見るほど男前だ。髭も少し生やしているけど、きちんと整えられていて品がいいし、男らしさをいっそう引き立てている。ナイル以上の男前なんて、きっとこの世界にはいないだろう。ジャンは割と本気でそう思っていた。
 再び唇を重ね合い、さらに耳や首筋まで舐められる。その間にナイルの手はジャンの乳首を探り当て、指の腹で優しくこねくり回される。最初は少しくすぐったいなと思っていたそれも、なんだか徐々に気持ちよくなってきて、ざわっと全身に鳥肌が立った。

「んっ、ぁっ……っ」

 身体がびくりと反応するのに合わせて、甘ったるい声が漏れてしまった。それをよしとしたのか、ナイルが今度は舌先でジャンのそこを突いてくる。

「あっ、あん、んっ……」

 焦らすように周辺を舐めたあと、尖った先端を押しつぶされる。そして今度は強く吸いつかれ、思わず腰が跳ねた。

「す、吸うなよっ……それ嫌だっ」
「嘘つけ。吸いつくたびに身体がぴくぴく反応してんじゃねえか。素直にいいって言えよ」

 同じ場所を執拗に責められ、はしたない声を上げながらジャンは身体を捩ろうとした。けれどナイルはそう簡単にジャンを逃がしてはくれない。体重をかけられ、身動きがとれなくなったことで好きなように責められ、ジャンは涙目になりながら与えられる快感に鳴き続けた。

「ふあっ!?」

 嬌声を上げながら震え上がったのは、ナイルがおもむろにジャンの勃起したそれを握ってきたからだ。先走りでぐっしょり濡れていると自分でもわかる。それを潤滑剤代わりに亀頭に塗り広げられ、ゆっくりと上下に扱かれた。

「こんなに硬くしやがって。本当にお前はエロガキだな」
「うっせえっ……そう言う父さんはエロ親父だろっ」
「親父はみんなエロいもんだろ。まだ高校生にもなってないガキがこんなエロいなんて、世も末だな」

 こんなにジャンをエロく喘がせてるのはナイルだろうと言ってやりたかったが、ふいうちのように耳を舐められ、それを声にすることはできなかった。
 そのまま身体中を舐め回され、ナイルの舌がどんどん下腹部に向かって下りてくる。太腿に噛みつかれ、玉袋を吸われ、そしてついに敏感なそこへと到達する。
 根元のほうから裏筋をゆっくりと舐められた。焦らすように何度かそれを繰り返されてから、一番敏感な亀頭にざらりとした感触が触れた。

「あっ……!」

 表面を一通り舐めてから、中心の窪みを舌先で弄られ、口の中に飲み込まれる。生温かい粘膜に包まれながら巧みな舌技に翻弄され、気を抜くとすぐにイってしまいそうだった。

「オレも父さんの舐めたい……」
「じゃあ、俺の上に跨れよ」

 何をどうすればいいかは、なんとなく理解した。自分の下半身がナイルの頭のほうに来るよう跨り、そしてジャンの眼前にはナイルの勃起したそれが現れる。
 ひとりで虚しく自分を慰めるとき、おぼろげに想像したナイルの性器。実物は思っていたよりも立派で、形も綺麗だ。これで身体の中をぐちゃぐちゃに掻き乱されたら、自分はいったいどうなってしまうのだろう?
 熱っぽい性器を握りしめると、ぴくりとそこが手の中で跳ねた。その反応に嬉しくなりつつ、ジャンはそっとくびれの部分に口づける。そしてそのまま口の中に含んで、上下に扱いてやった。

「お前のケツ、プリッとしてて可愛いな」

 言いながら尻を鷲掴みにされ、揉みしだかれる。決して乱暴な手つきではなく、愛しいものを可愛がるような、そんな優しい触り方だった。逆にそれがなんだか気持ちよくて、ナイルの性器をしゃぶりながらジャンは口の中で小さく喘いだ。

「なんか手入れでもしてんのか? すげえ綺麗なんだけど」
「なんも、してねえよっ。つーか、さっきから揉みすぎ」
「別に減るもんじゃねえだろ。それとも揉まれるより、こっち弄られたいのか」

 指が尻の谷間の中心部を掠める。中を弄られる快感を知っているジャンは、思わずびくりと身体を震わせた。
 ひんやりとしたものがそこに垂らされ、それがローションだとすぐにわかった。表面に万遍なく塗り広げられたあと、指が遠慮がちに身体の中に侵入してくる。
 そこを使ったセックスをする際、性器を挿入する前に指で慣らすという行為はどうしても必要になる。けれど実のところジャンは、指で慣らされるのがあまり得意ではなかった。性器と違って指は硬く、爪もあるので擦れると少し痛いときもある。だからいまも入れられた瞬間身体が強張ってしまった。しかし、その指が何か意図があるように曲げられ、ゆっくりと引き戻された瞬間、いままでに体験したことのない感覚に襲われた。思わずナイルの性器から口を離し、未知の感覚に意識を集中させる。
 ナイルが指を動かすたび、ジャンの性器がぴくりと反応する。何度か繰り返されているうちにすごく気持ちよくなってきて、腰が抜けそうになるのをなんとか堪える。

「父さんっ、それ駄目だっ……なんかやばいっ、あっ、あっ」
「駄目じゃねえだろ? ケツ弄っただけで、チンコのほうは触ってもねえのに我慢汁漏らしまくってんじゃねえか」

 もどかしくなるほどの、ゆっくりとした律動。けれど射精感のようなものは着実にせり上がってきていて、このまま果ててしまいたいと本能的に腰を揺らす。

「あっ、やばっ、すげえ気持ちいいっ……」

 羞恥心などとうの昔にどこかへ行ってしまった。いまはただ未知の快感に対する期待と、もっと太いものを突っ込んでほしいといういやらしさだけが、ジャンの胸と身体を取り巻いている。

「待って、父さんっ……マジで出るって! あっ――!」

 下半身が溶けてなくなってしまうのではないかと思うほどの快感を伴い、ジャンのそこは触れてもないのについに射精に至った。けれどいつものような瞬間的な快感ではなく、じんじんとしたそれが長く続く。股座を覗き込むと、射精もいつもの勢いのある感じではなく、ドロドロと白濁を漏らしている。

「ケツだけでイけるとか、エロすぎだろ。どんだけライなんとかに教え込まれてんだ」
「ち、ちげえよ! こんなの初めてだよ! いままでは手で自分のしねえと、絶対イけなかった」

「本当か?」とナイルは訝しむような目をするが、嘘偽りのない事実だから困る。
 ライナーと身体の関係があったことは、さっき一緒に風呂に入っている間にナイルに打ち明けた。隠していて、あとになってからばれたとなれば、そちらのほうがお互い気まずいだろうと思ったからだ。
 ナイルと結ばれるとわかっていたら、ライナーとは絶対にしなかったのに……。今更遅い後悔だが、自分の処女をナイルに捧げたかったと悔やむのを抑えられない。

「イったばっかで悪いけどよ、そろそろここに俺のを突っ込ませてくれ」
「いいよ、父さん。早く来てっ」

 自分から四つん這いになり尻を突き出すなんて、なんていやらしいやつなんだろう。わずかに残った冷静な部分でそう思いながらも、本能は淫らに煽るのをやめられない。早くナイルに入れてほしくてどうしようもなかった。
 熱い肉棒があてがわれ、ジャンの身体は歓喜で震えた。この瞬間を、どれだけ待ちわびたことだろう。そのままずぶずぶと襞を?き分けるように奥へと進んできて、あっという間にそのすべてを飲み込んでしまった。

「あったけえ」

 気持ちよさそうな声を上げ、ナイルはジャンの背中に身体をくっつけてくる。

「ぎゅうぎゅう絡みついてきやがって。そんなにこれが欲しかったのかよ?」
「欲しかったっ……ずっと欲しくて、父さんに突っ込まれるの想像しながらヌいてた」
「そうか。本物の味はどうだ? 想像してたよりいいか?」
「あっ!」

 中に突っ込まれたものがゆっくりと引かれ、さっき散々弄られた部分に擦れて声を上げてしまう。

「今日まで待たせて悪かったな。いっぱい気持ちよくしてやるから、いっぱい鳴いていいぞ」

 背中に口づけられ、それが始まりの合図のように、腰がゆっくりと動き出す。少し苦しかったが、痛みはない。あるのは頭を痺れさせるような快感と、包み込むような満足感だけだ。

「あっ、あっ……んぁあっ!」

 入り口まで引き戻され、また最奥まで入られる。その動きが徐々にリズミカルになっていき、ジャンは力強いストロークで突き上げられた。身体がぶつかり合う音と、中を掻き混ぜられる湿った音、そしてベッドが軋む音が聞こえて、とても卑猥だ。そのせいで自分もどんどん淫らになっていく。

「あんっ……父さん、父さんっ」
「ジャンっ……」

 ジャンの繋がった部分が、はしたなくナイルにむしゃぶりついているのを感じた。気持ちよくて、頭がふわふわとしてくる。けれどこの感覚をずっと味わっていたいから、簡単に意識を手放したりはしなかった。
 急に腰の動きが止まったかと思うと、優しい力で身体を仰向けにされる。頬を紅潮させたナイルと目が合った。そこにあるのはいつもの息子を思う父親ではなく、本能を曝け出した雄の顔だ。初めて見るそれに、腰が蕩けそうだった。

「気持ちいいか?」
「あっ、すげえいいよっ……父さんのが奥に擦れてっ、感じるっ」
「俺も気持ちいいぞ。すげえ締めつけてきやがる。わざとやってんのか?」
「なんもしてねえよっ。父さんのが気持ちいいから勝手に……」

 ナイルの汗が、ジャンの身体に滴り落ちてくる。険しい顔をしながら懸命に腰を振る姿は、いつもよりワイルドでカッコいいし、色気があった。この顔をいままでいったい何人の人に見せてきたのだろうかと考えかけ、すぐにやめる。そんなことはどうでもいい。だっていまナイルに一番愛されているのは、他でもないジャン自身なのだから。
 たくましい背中にしがみつくと、激しい腰の動きとは正反対の、優しいキスが降ってくる。荒ぶる性欲の中に垣間見えるのは、大きな愛情だ。身体だけじゃなくて、心もちゃんと繋がっている。その事実が死ぬほど嬉しかった。

「父さんっ、好きっ、大好きっ」
「俺もお前が大好きだ。だから、もう絶対他のやつにここを使わせるんじゃねえぞ。浮気は絶対許さねえからな」
「オレが浮気なんか……するわけねえだろっ。どんだけ父さんのこと好きだと思ってんだよ」
「嘘だったら承知しねえからな」

 腰の動きがいっそう激しくなる。ぞくぞくするような快感は急速に絶頂を呼び寄せて、ジャンは自分でも驚くほど早く限界を迎えそうになった。

「あっ! 駄目っ、父さん駄目っ……イクっ、イクっ、あっ!」

 どうすることもできずにナイルに強くしがみついた瞬間、意識が飛びかけるほどの強烈な快感に襲われた。下肢に目をやれば、さっきみたいに性器からドロドロと白濁が溢れている。その快感は射精したからといってすぐに終わることはなく、むしろさっきよりも敏感にナイルのモノの感触を感じさせられた。

「くっ……俺もイきそうだっ」
「イって…オレの中で、イって、父さんっ」
「ああ……中にぶち込んでやるよ。ふっ、うっ――!」

 男臭い台詞にドキリとさせられた瞬間、ナイルのモノがジャンの中ではぜた。熱いものが愛情とともにドクドクと注ぎ込まれ、ジャンの中を瞬く間に埋め尽くしていく。
 大きく息をついて、ナイルがジャンの身体にゆっくりと体重をかけてくる。背中にたくましい腕が差し込まれ、骨が折れそうなくらいに強く抱きしめられた。

「もう、俺だけのものだからな」
「わかってるよ。父さんだって、浮気とかすんじゃねえぞ」
「しねえよ。一生大事にする。お前に悲しい思いなんか絶対させない。だから死ぬまで一緒だぞ?」
「ああ。ずっと父さんのそばにいるよ」

 柔らかく笑んだ顔は、いつもの父親のそれだ。さっきの荒々しい雄の顔も好きだけど、この優しい顔も大好きだ。

「愛してるぞ」
「オレも愛してるよ」

 愛の言葉を囁き合い、どちらともなく唇を重ねる。
 いままでずっと一人でドキドキして、一人でいろいろと期待して、まるで馬鹿みたいだと何度も自分で自分に呆れた。叶うはずのない恋なのに、諦めることができずに三年の月日が経っていた。
 いろんな壁を乗り越え、その恋が成就したいま、諦めなくてよかったと心の底から思える。大好きな人と身体を繋ぎ、大好きな人に包まれて眠る――そんなどうしようもない幸せを手にすることができたのだから。
 この気持ちを誰かに伝えたい。ナイルと結ばれ、夢のように幸せだと、誰かに自慢したい。そんな気持ちが溢れ出して、ナイルの身体にしがみつきながらジャンはしばらくの間泣いていた。




続く





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