05. 初めての……


 夏が近づいてきて、ジャンは長くて鬱陶しくなってきた髪を切ることにした。いつもは少し短くする程度しか切らないのだが、今回は父の髪形を真似て、ツーブロックヘアーにしてもらった。
 さすがにあの髪の色を真似ようとは思わなかったが、髪形を同じにしただけでも、ずいぶんと父に近づいた気がする。あとは少し髭を生やせばそっくりになるのかもしれないが、残念ながらジャンにはまだ生えてこない。

 あれからジャンは父から聞いていたとおり、月に一度だけ父の家に遊びに行くことを許された。月の初めの土曜日の夜から日曜の夕方まで。しかし、それも段々と金曜日の夜から日曜日までの約二日間に変わり、夏休みなどの長期休暇中は一週間も滞在を許されることもあった。母は最初こそ苦言を呈していたものの、一年もすれば諦めたのか、ジャンの自由にさせてくれることが多くなった。
 父とはいろんなところに出かけて、いろんなことをした。遊園地、海、プール、祭り……どこに行って何をしても父と一緒なら楽しかったし、どれだけ一緒にいても、もっと一緒にいたいと思った。

 そうしてあの再会から二年半の月日が流れ、ジャンは十二歳になっていた。



 いつもは父がアパートの近くまで迎えに来てくれるのだが、その日は仕事が終わるのが遅くなると連絡があったため、ジャン一人で、電車で父の家に向かうことになった。
 駅に着いてから交番に顔を出し、忙しそうに働く父――ナイルに鍵をもらって、先に家に上がらせてもらう。
 しん、と静まり返った家の中には、冬の冷たい空気が漂っていた。とりあえず一番に暖房を点け、それから風呂場の掃除に取りかかる。それが終わると今度はキッチンに立ち、夕食を作る。炊飯器はナイルがセットしてくれているようだから、メインのおかずとサラダを作れば出来上がりだ。
 料理は母の手伝いをして覚えた。と言っても、あまり凝ったものはさすがにできないのだが、混ぜて焼くだけの簡単なものなら、母と遜色ないレベルの料理は作れる。
 今日はオムレツにすると決めていた。シンプルな料理だが、ジャンは昔からオムレツが大好きで、いまや作るのもすっかり極めてしまっている。オムレツなら母にも負けないと自負しているほどだ。

「ただいま〜」

 料理が出来上がる頃になって、ちょうどナイルが帰宅したようだ。きりがよかったので一旦手を止め、玄関まで出迎えに行く。

「父さん、お帰り!」

 ジャンは父の胸に飛び込んだ。二年前は確か胸の辺りまでしか頭が届かなかったのに、いまはもう肩の辺りまで身長が伸びている。この調子で行くと、あと数年もすればナイルの身長に追いつくのかもしれない。

「ただいま。電車で来させて悪かったな」
「そんなの、別に気にしてねえよ。たまには電車もおもしろいし。それよりさ、晩飯作ったから一緒に食べようぜ」
「今日は何作ってくれたんだ?」
「チーズオムレツ!」

 そう言った途端にナイルのお腹が「ぐぅ」と鳴って、二人して笑いながらリビングに向かう。
 すぐに食事の準備を整え、食べながらこの一か月の間にお互いの身の回りで起こった出来事を話した。
 ナイルのしてくれた話の中で一番おもしろかったのは、猪の群れがこの近くに出現したというものだ。田舎でも滅多に人里に下りてこないはずの猪たちが、なぜか堂々とこの辺りの道路を走っていたらしい。
 人に危害を加える可能性もあるからと、最終的にはナイルたち警察官が車やクラッカーを使って山へ追い返したという。普段栄えた街に暮らしているジャンには無縁の話だ。

「オレもそのうち猪に会えるかな?」
「会えるかもな。でも、会っても近づいちゃ駄目だぞ。あいつら結構パワーあるから危ない」

 食事が終わってから二人でテレビを観て、それから風呂に入った。
 相変わらずナイルの身体はたくましい。ジャンも少しだけ体格が大人に近づいてきたような気がするが、ナイルのようになるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。

「ジャン、毛が目立つようになってきたな」

 ナイルの言うとおり、半年くらい前から陰毛が生え始め、少しずつ濃くなってきている。最初は身体の変化にひどく戸惑ったものの、昔ナイルに、それは大人に近づいた証だと言われていたのを思い出してから、気にしなくなった。むしろ友達たちに自慢してやったのだが、そのときにマルコのほうが生えるのが早かったと発覚し、少しショックだったのもまだ記憶に新しい。
 それから声も少し変わり始めた。高い声を出し辛くなって、喋っていると時々声が裏返る。ナイルが言うには、もう少しすればそれも落ち着くだろうということだ。そして落ち着く頃には、男らしく低い声になっているらしい。

「どんどん俺に似てくるな」
「父さんは嫌?」
「嫌じゃねえよ。むしろ愛情湧きまくりで困る」

 嬉しそうに笑いながら、ナイルはジャンの頭を撫でてくれる。
 頭を撫でたり、抱きしめたり、そういうスキンシップは昔と変わらず結構してくれる。自分が大きくなるにつれて、段々としてくれなくなるんじゃないかと心配だったが、この二年半の間、父のそういう部分は少しも変わらなかった。
 風呂から上がると、いつものように二人でゲームを楽しんだ。二人で協力しながら進めていくタイプのRPGで、この間の続きからプレイする。普段あまりゲームをしないジャンは、最初の頃こそ操作を覚えるのに手間取ったものの、慣れてしまえば大技を出すのもお手のものだ。ナイルの足を引っ張ることもなく、いかにも強そうな姿をしたボスも手早く蹴散らしていく。
 二時間ほど遊んだ頃にウトウトとし始め、そこでゲームはおしまいになった。フラフラしながら歯を磨いて、二人してベッドに入り、一分もしないうちにジャンは深い眠りに就くのだった。



 それから何時間経った頃だろうか。なんだかよくわからないが、急に意識が覚醒し、ジャンはぼんやりと暗くなった部屋を見出していく。
 そっと隣を見ると、ナイルは半身を起こして何かしているようだった。右腕が小刻みに動いている。何をしているのだろうかとその腕の先を目で追って、ジャンはギョッとした。
 ナイルが右手に掴んでいたのは、彼自身の性器だった。普段よりも一回り以上大きくなったそれを上下に擦っている。何をしているのかジャンにはわからなかったが、それが見てはいけないもののような気がしてならない。けれど目をそらすことはできず、むしろ目覚めたのを悟られぬようじっと気配を押し殺し、食い入るようにその行為を見つめていた。

「はあ……くっ」

 荒く息を吐くナイル。豆電球に照らされた顔はどこか切なげで、それでいて気持ちよさそうな表情をしている。いままでに見たことのないそれに、ジャンはどう言い表していいかわからない何かが自分の中に生まれるのを感じた。ゾクゾクと、あるいは身体が火照って熱くなるようなこの感覚は、いったいなんなのだろう?
 ナイルの手の動きが早くなる。はあ、はあ、と呼吸も更に荒くなって、何かが迫る予兆を感じた。
 そしてそれはすぐに訪れた。ナイルが息を詰まらせたかと思うと、大きくなったモノの先端から、勢いよく何かが飛び出したのだ。それは四、五回ナイルの腹の上に散ったあと、たらたらと先端から根元に向かって流れ落ちていく。
 いまのはいったいなんだったのだろう? 腹の上に溜まったそれはどうやら粘り気があるようで、おしっことはどうも違うようだ。
 少し間を置いて、ナイルは腹に撒き散らしたそれをティッシュで拭き取った。そして床に放っていた下着とスエットを穿き、布団の中に戻ってくる。

 次の瞬間、ナイルと目が合った。

 ナイルは一瞬ひどく驚いたような顔をしたが、すぐに苦笑を浮かべて話しかけてくる。

「見てたのか?」

 少し照れているような声だった。怒っているわけでもなく、不快そうでもないようだったから、ジャンはひとまず安心する。

「ごめん、見てた。さっきの何? 何が出てきたんだ?」

 初めて見た奇妙な光景に、ジャンは興味津々だった。なんだかナイルも教えてくれそうな雰囲気だったし、遠慮なく訊ねてみる。

「学校で性教育ってやらなかったか?」

 そう言われて思い出したのは、“勃起”という単語だった。性器が大きく硬くなった状態のことを指すのだと聞いて、クラスの男子たちで笑い合ったので印象に残っている。
 さっきのナイルの性器は、勃起していたのだろう。確かエッチなことを考えると勃起するのだと教えられた覚えがある。

「父さん、エッチなこと考えてたのか? 勃起してたし」
「ああ、まあ、そうだな。勃起を知ってるってことは、精子とか精液も知ってるだろう?」
「子どもになる、おたまじゃくしみたいなやつ?」
「ああ、それだ。さっき出たのはそれが混じった液で、精液だな。ジャンは出したことねえのか?」
「ないよ。父さんみたいにチンコ擦ったら出るのか?」
「そうだな。あれが出るとき、すげえ気持ちいいんだ。ジャンも出してみるか? つっても、まだ出るかどうかわかんねえけど」
「出してみたい!」

 性器を扱く父の顔は、確かに気持ちよさそうだった。それに自分の身体から本当に精子が出てくるのかどうか試してみたい。

「じゃあ、短パンとパンツ脱いで、ここに座れ。最初は俺がやってやるから」

 ここ、とナイルが指差したのは、彼の股の間だ。言われたとおりに下を全部脱ぐと、ジャンはナイルに背を向けてそこにちょこんと腰を下ろす。

「なんだよジャン。もう勃ってんじゃねえか」

 ナイルの指摘したとおり、ジャンの性器は小ぶりながらもしっかりと勃起していた。ナイルが自分の性器を扱いている姿を見たときから、ずっとそうだ。
 後ろからナイルがそっと抱きしめてくれる。なんだかいつもより熱い。その熱さが自分の股間に集中していく気がして、この感覚はなんだろうかとジャンは戸惑う。

「緊張すんなよ。気持ちいいことするだけだから、大丈夫だ」
「緊張なんかしてねえし」
「嘘つけ。身体が強張ってんぞ」

 言いながらナイルは、ジャンの性器に触れてきた。優しく竿を握ると、さっきしていたように上下に動かし始める。
 なんだか少し気持ちいい。勃起はいままで何度もしたことがあったけれど、それを擦ると気持ちいいなんて、いまのいままで全然知らなかった。

「気持ちいいか?」
「うん、気持ちいい……父さんの手、熱い」

 よくわからないが、その熱さに興奮する。それだけでなく、ナイルの吐息が耳たぶを掠る感触さえ、気持ちいいと感じてしまう。
 なんだか自分の身体が自分のものではないみたいな感覚がする。けれど感じる気持ちよさは間違いなく本物で、下半身が蕩けてしまいそうだと、ぼんやりとしてきた意識の中でそう思った。

「我慢汁が出てきたな」

 見れば、先っぽのほうから透明な液体が出てきている。我慢汁とはそれのことなのだろう。トロトロと溢れ出したそれは、扱くたびに湿った音を響かせて、それがひどくエッチな気がして更に興奮した。
 快感はどんどん増していく。何かが身体の奥底からせり上がってくるような気がして、恐くなる。恐いけど、でもそれが上がりきったとき、どうなるのかを知りたい。

「父さんっ……」

 ジャンはナイルの腕にしがみついた。そうしないと、気がおかしくなってしまいそうなほどに気持ちよかったからだ。
 ナイルの手の動きが早くなった。握る力も少し強くなって、それに倣ってせり上がってくるもののスピードも増す。そしてそれは急激に頂点に近づいてきて、勃起したそこを強く圧迫した。

「父さんっ、やばっ……出る、出る、ああっ!」

 次の瞬間、頭の中が真っ白になるくらいの強烈な快感にジャンは襲われた。同時に性器から白い液が勢いよく飛び出して、ジャンの太ももや腹を汚していく。
 こんなに気持ちいいことは初めてだ。気持ちよすぎて、一瞬意識を手放しかけた。あの高みに上り詰め、そこで何かが弾けるような感覚は、ジャンの身体に強い余韻を残した。
 その快感も徐々に収まっていき、じんじんとしたもの変わる。
 頭がくらくらした。全身に力が入らない。そのままナイルの身体に背をもたれさせ、すっかり荒くなった呼吸を整える。

「すげえ出たな。気持ちよかっただろ?」
「うん、やばかった。これが精液?」
「そうだ。これから先、いまやったのを自分でやるんだぞ? でないと寝てる間にパンツの中に出ちゃってたりするからな」

 それは不味い。パンツを洗濯に出すか、あるいは自分で洗うにしても、母に知られるのはなんだか気まずい気がした。それにこんなにも気持ちいいんだったら、毎日でもやりたい。

「これで一つ大人になったな」

 ナイルは辺りに巻き散ったジャンの精子をティッシュで拭いてくれる。

「それにしても、気持ちよさそうにしてるジャンは最高に可愛かったな〜」
「……可愛いって言うな。オレは男だ」
「はは、知ってるよ。でも可愛いもんは可愛いんだから仕方ねえだろう」

 後ろからきつく抱きしめられ、更に頬にキスをされる。可愛いと言われるのも、こんなふうに触れられるのも、ナイルが相手なら正直に言うと嬉しい。けれどそれを素直に口にするのは、なんだか少し悔しかった。

「疲れただろ? パンツとズボン穿いて、さっさと寝るぞ。明日は温水プールに行くんだろ」
「うん」

 そうしてジャンは再び寝る態勢に入る。
 なんだかナイルと向き合うのが恥ずかしくて、ベッドの外側を向いて横になった。すると背中にぴったりとたくましい身体が密着してくる。やっぱりなんだかいつもより熱い。熱くて、興奮する。精液を出してそこは元の大きさに戻ったはずなのに、再び鎌首を持ち上げようとしていた。




続く





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