08. 進路


 肌のぶつかり合う音が、薄暗い部屋の中に響き渡る。音がするたび、ジャンは下半身が痺れるような快感を覚えて、いやらしくて甘い声を何度も漏らした。
 ごつくて大きな手が、ジャンの太ももを強く掴んだ。そして打ちつける腰の動きが早くなり、相手の絶頂が近いのだと察して、ジャンも自分のモノを激しく扱く。

「ジャン、もうイクぞっ」
「ああ、いいぜっ……全部オレの中に出せよ、ライナー」

 ギシギシと軋むベッド。振り落とされそうなほどに身体を揺さぶられ、それに比例して快感も増していく。

「ジャンっ……うっ!」

 ひときわ深く奥を抉られた瞬間、タイミングよくジャンも射精に至った。中に熱いものが注がれるのを感じながら、ジャンは快感の余韻に浸る。
 息が整うのを待っている間に、彼がティッシュでジャンの腹や性器に付いた白濁を拭いてくれる。それが一通り終わると、心配そうな顔でジャンの顔を覗き込んできた。

「ケツ、痛くねえか? 一応結構慣らしたつもりではいるんだが」
「ああ、今日も大丈夫だぜ。すげえ気持ちよかった」
「俺も気持ちよかったぞ」

 彼――ライナーはジャンの一つ上の先輩だ。彼が高校に進学したことで、いまは別の学び舎で学校生活を送っているが、卒業する前は同じ中学校のバレー部のチームメイトとして付き合いがあった。
 ライナーがバイセクシャルだと知ったのは、つい二か月前の話である。母に携帯電話を買い与えられたジャンは、それで男同士のセックスに関して調べているうちに、GPSを使ったゲイのコミュニティーサイトに辿り着いた。さっそく登録をし、自分の近所にはいったいどれだけゲイがいるのだろうと検分しているうちに、ライナーの顔写真を見つけたのである。
 勇気を振り絞ってメッセージを送ってみると、ライナーもすぐにジャンのことがわかったようだった。お互いの近況を報告したり、どんな男に興味があるのか教え合ったりしているうちに、近いうちに会おうという話になった。そして再会したその日にセックスをした。
 ジャンも男同士のセックスに興味津々だったし、彼の容姿が好みの範疇だったため、特に断る理由はなかった。初めては好きな人としたい、という気持ちがなかったわけではないけれど、そんなことを言っていると好きになった相手が相手なだけに、永遠に処女、あるいは童貞のまま生涯を終えてしまうだろう。
 いまでこそ気持ちがいいと感じるセックスだが、初めてのときはいろいろと大変だった。お互い未経験ということもあり、上手く入らなかったり、入ったと思ったら死ぬほど痛かったりと、苦い経験を二人して積んでいる。

 シャワーを浴びて、さっぱりしてから二人でベッドに寝転がる。ライナーのベッドは彼の体格に合わせて普通より大きなものになっているのだが、男二人で寝るにはやはり狭い。筋肉猛々しい身体にぴったりと身を寄せると、ごつい手がジャンの背中を抱きしめてくる。

「クリスタは元気してるか?」

 藪から棒な質問に、ジャンは思わず呆れた顔をした。

「別に、相変わらずモテモテだよ。彼氏はいないのも変わらずっぽいけどな」

 そっか、とライナーは安堵の息を零した。
 セックスをしても、そしてこんなふうにぴったりと身を寄せ合っても、二人は恋人同士ではなかった。それはどちらにも別の想い人がいたからだ。ジャンは自分の父親に、そしてライナーはジャンと同級生の、学校のアイドルとも言われている少女に恋をしている。

「つーか、まだ諦めてなかったのかよ。もう接点なんてねえんだから、クリスタもライナーのこと忘れてんじゃねえの?」
「んなことねえよ。カッコいいって思った相手を、そう簡単に忘れるわけねえ」

 ライナーは中学時代、バレー部のエースだった。長身であると同時にいまと同様に筋肉も猛々しく、その身体から放たれる強力なスパイクは、とても同じ中学生のものとは思えなかったほどだ。チーム自体はそれほど強いわけではなかったが、ライナーだけはかなり評価されていた。強豪校にバレーの推薦で受かったという事実がその証拠だ。
 ライナーとクリスタの出会いは、とある試合の時のことだった。実はクリスタはバレー好きで、それまでも何度かバレー部の試合をこっそり見に来ていたという。その日ライナーは会場内でたまたま彼女と鉢合い、そこで「すごくカッコよかったです」と彼女に声をかけられたそうだ。
 クリスタは確かに可愛い。そんな子にカッコよかったです、などと言われたら、惚れてしまうのも仕方ないだろう。ジャンだって自分がノンケならば、どうなっていたかわからない。

「でも、いまはもう試合見に来てくれてねえんだろう? せっかく一年でレギュラー入りしたっつーのに」
「いや、絶対こっそり見に来てくれているはずだ。あんな笑顔で俺のこと褒めてくれたんだからな」
「お前のプレイがカッコいいんであって、お前自体を褒めたわけじゃねえだろ、絶対」

 この野郎、とライナーに軽く頭突きをかまされた。

「ジャンだって、親父さんと進展ないんだろ?」
「あるとかないとか以前に、進展させる気なんてねえよ」

 ナイルに恋心を抱いていることは、ライナーに少し前に話したことがある。実父に恋をしたからと言って彼は偏見するでもなく、むしろ大変だなと気遣ってくれた。
 ジャンの恋は、きっとライナーとクリスタが恋仲になる以上に実る可能性が低いのだろう。いや、低いどころかそれは限りなくゼロに近い。男同士がどうとか以前に、親子の壁は簡単に乗り越えられるものではないだろう。

「オレはいまのまま、平和な親子でいられるだけで十分なんだよ」
「だが、一緒に風呂入ったり、同じベッドで寝たりしてよく我慢できるな。俺がもしクリスタとそういう状況になったら、絶対理性が持たねえ」
「安心しろ。お前とクリスタでそういう状況になることなんてねえから」

 ライナーの指摘したとおり、ナイルのそばにいて、気がおかしくなりそうになったことがないわけではない。思春期の男子として、それは至極当たり前の反応だろう。
 ナイルの家に遊びに行くときは、直前にたくさんヌいておく。これが最も効果的な自制法だった。最近はライナーとセックスをすることで、以前よりも欲を満たすことができているし、とりあえず安泰と言えるだろう。



 歳を重ねるごとに、月日が過ぎるのが早くなったような気がする。ジャンはそう思った。
 十五歳。ナイルとの再会から、いつの間にか五年も過ぎている。
 十歳のとき、物心ついてから初めて目にした父の姿は、ずいぶんと大きく感じたような覚えがある。けれどこの五年で身長は数センチ差ほどに迫り、目線の高さもほぼ同じになった。その事実にジャンは驚いた。成長期というのはすごい。
 日曜日、珍しく部活が休みということもあり、今日はゆっくりできる。だからといっていつまでも寝ているのは時間が勿体ないので、早く起きて二人分の朝食を作り、まだベッドの中にいるナイルを起こしに行く。
 薄暗い部屋の中には、規則正しい寝息が響き渡っていた。足音を立てぬようベッドに近づくと、寝息の主の顔を覗き込む。
 相変わらず男臭い顔だ。けれどパーツはちゃんと整っているし、髭もワイルドでカッコいい。セフレのライナーも男臭い顔をしているが、彼にはない大人の色香をナイルには感じる。
 人差し指で触れた唇は、ふにふにと柔らかい。そこに今度は自分の唇を一瞬だけ重ねて、ジャンは一人で身体を熱くする。

「……父さん、起きろよ」

優しく身体を揺すると、ナイルは「ん〜」と唸りながら目を開けた。ジャンと目が合うなり、にやりと笑って布団の中に潜っていく。

「なんで笑うんだよ?」
「いや、幸せだな〜と思って、ついな。息子に朝起こしてもらって、一緒にどっか出かけてって、普通の家庭じゃそれが当たり前なのかもしれねえけど、俺はしばらくそれができなかったから」
「何今更言ってんだよ。こうして朝起こすのも、初めてじゃねえだろうが」
 
 ジャンがナイルに会えるのは、長期休暇中を除けば、昔と変わらず月に一度だけだ。だから時間は大切にしたくて、朝は早く起きる。朝食を作るのも最初はナイルの仕事だったのだが、一度気まぐれにジャンが作ると、それが当たり前のようになっていた。それに対して別に不満があるわけではなく、むしろナイルが喜んでくれるから、ジャンも嬉しくて進んでやっていた。
 その日は海に行く約束をしていて、朝食と歯磨きを済ませると、水着やタオルを持って父の車で出かける。
 ビーチまでは車で十五分。少し早い海開きを迎え、ポツポツと泳いでいる人の姿が見える。天気もいいし、今日は最高の海日和だ。

「早く行こうぜ」
「待てよ。まだ浮き輪膨らませてねえんだから」

 足で踏むタイプの空気入れで浮き輪を膨らませるナイル。すでに服は脱いで水着姿になっており、雄々しい身体を惜しげもなく太陽の下に晒していた。
 いつ見てもナイルの裸には興奮してしまう。勃起しないよう気を引き締め、ジャンは浮き輪を膨らませるのを手伝った。
 準備が整うと、二人で一つの浮き輪に掴まりながら深いほうへと泳いでいく。足が軽く届かないところまで来ると、ジャンは浮き輪に尻から乗って、その身体を抱きしめるような形でナイルが掴まってくる。二人で泳ぐときは、だいたいいつもこの形になることが多い。

「海温けえな〜。ちょうどいい」
「そうだな〜」

 まるで温泉にでも浸かっているような、くつろぎ切った声を出しながら、穏やかな波に身を任せる。

「そういやお前、高校とかもう決めてんのか? もうそういう時期だろう?」

 もう受験まで半年と少ししかない。希望の高校もそろそろ決めて、それなりの準備をしていかなければならない頃だろう。もちろんジャンも先のことはきちんと考えている。

「オレ、父さんが行ってたとこにしようと思う」

 ナイルの通っていた高校は、ナイルの家から自転車で二十分ほどの距離にある。バレーの強豪校の一つで、かつてのジャンのチームメイトであり、チームのエースでもあったライナーもそこに進学していた。

「推薦で行けるかどうかはわかんねえけどさ。やっぱ強いとこでバレーしてえんだ」
「そっか。まあ、ジャンがしたいんならそれが一番だな。頑張れよ」
「受かったら父さんちに行きやすくなるな。電車で一駅だし」

 バレーをやりたいというのももちろん列記とした理由の一つであるが、何よりナイルの近くにいたいという思いで、ジャンはその高校を希望していた。

「むしろ父さんの家に住みたいくらいだ」
「それは……そうなれば俺も嬉しいけどな。でも、マリーとエルヴィンさんの許可がねえと駄目だぞ」
「わかってるって」

 いずれは母とエルヴィンにも話すつもりだ。エルヴィンはさておき、母のほうは攻略するのも難しいだろう。いまだって、月に一度はナイルの家に行くことを許してくれているが、それ以上は基本的に許されない。だからと言って簡単に諦めるつもりはないが。
 高校でバレーを頑張ったあとは、警察官になりたい。小さい頃はそんなこと思いもしなかったのに、ナイルの制服姿を見てから、それもいいなと惹かれ始めた。
 何はともあれ、まずは母を説得するところから始めなければならないだろう。マンションからも通えない距離ではないが、ナイルと一緒に暮らすのは、彼に恋する前からのジャンの憧れだ。
頭上に広がる青い空を見上げながら、ジャンはナイルとの生活をおぼろげに想像するのだった。




続く





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