その呪いは、避けることができなかった。
 十歳を過ぎた男に必ず降りかかる、慢性的で強烈な呪い。個人差はあるが、ひとたびそれを受けてしまうと、定期的に欲を放出しなければ身体と精神にかなりの負担をかけてしまう。

 そしてそれは、巨人に立ち向かうために厳しい訓練を受けている少年たちとて例外ではない。

 訓練兵第104期生、ジャン・キルシュタインもその呪いを一身に受けてしまった一人だった。ただ、ジャン自身は蓄積された性欲の処理方法を理解しているし、それをささやかな楽しみだと思っているため、呪いというには少し語弊があるかもしれない。
 今日もまた、同室の他の同期生たちが風呂に向かったのを確認し、ベッドの下からお気に入りの本を取り出す。
 開いたページにあるのは、幼い子どもにはとても見せられないような淫靡なイラストの数々だ。それを欲望の滲んだ瞳で眺めながら、空いた右手は自分のズボンの中へと忍ばせる。
 ジャンの中心部は、すでに膨張して破裂しそうになっていた。無理もないだろう。最近はなかなかタイミングがなくて五日もヌいてなかったのだ。この年頃の少年なら、いつ暴発してもおかしくない状態である。
 硬く熱くなったモノを下着から取り出し、諌めるように握り締めると、優しく上下に動かし始めた。
 久しぶりのせいか、包皮から露出した先端はたちまち先走りに濡れ、擦るたびに鈍い快感に襲われた。この感じでは達してしまうのにそれほど時間はかからないだろう。いずれにせよ同室の者たちが帰って来る前に終わらせなければならないからと、肉棒を扱く手を速める。

「――ジャン! 風呂に来ないからみんな心配してるぞ!」

 突然の来訪者が現れたのは、ジャンが間近に絶頂を感じたときだった。



 
 苛まれる思春期の呪い



 制止する間もなく、また、扱いていたモノを隠す間もなく、自分を呼ぶ声とともにベッドカーテンが開かれた。
 来訪者は目の前の光景に驚いたのか、まるで巨人でも発見してしまったかのように目を見開いた。その瞳と視線が交わって、どうしようもない恥ずかしさと気まずさにジャンは襲われる。

「何、してるんだ……?」

 来訪者――ジャンの同期生であるエレン・イェーガーが、静かな声で訊ねてきた。

「何って……見りゃわかんだろうがよ」

 見られた、恥ずかしい、いっそ死んでしまいたい。そんな負の感情の数々を胸に押し込み、ジャンはなんとか言葉を返した。
 よりにもよって、どうしてエレンなんだろう。彼はジャンがライバル視している存在――一方的にではあるが――であり、同期生の中では一番弱みを握られたくない存在だ。

「わかんねえから訊いてんだろ? チンコなんか出して何やってんだ?」
「は? 何いってんだよ? 男なら普通わかんだろうが」
「だから、わかんねえっていってんだろ!」

 苛立たしげに口調を荒くしたエレンに、ジャンはまさかとその顔をまじまじと見返す。

「エレン。おまえ、ひょっとしてオナニーしたことないのか?」
「オナニー? なんだそれ?」

 マジかよ、とジャンは驚きを隠せずに呟いた。
 この歳になってオナニーを知らない。したことがないどころか、その言葉すら知らないなんて信じられない。あの一見無垢なマルコですらそれが何であるか知っているし、夜にこっそりしているというのに。

「おまえさ、月に一回くらい目が覚めたときに、パンツの中に白くて粘っこい液体が付いてることないか?」

 さすがに精通は来ているだろうと、射精の経験の有無を訊ねる。案の定、エレンは思い当たることがあるようなことがあるような顔になって、遅れて一つ頷いた。

「……ある。病気かと思って誰にもいえなかった。ジャンもあるのか?」
「あれは別に病気じゃねえよ。俺は定期的にヌいてるからねえな」
「ヌく? ヌくってどういうことだよ?」

 そのときジャンはふと思った。自分だけ弱みを握られているのはおもしろくない、と。だからただオナニーの仕方を教えるだけじゃなく、彼の初射精をジャンの手で導いてやろう。男に射精を実地で教わったなんて、かなり屈辱的な話だ。それを弱みとして自分が握っていれば、いざというときに役に立つかもしれない。
 ジャンが冷静であったなら、他人の、しかも男の自慰行為の手伝いなどやりたいとは思わなかっただろう。しかし、このときのジャンはオナニーを他人に見られたことへのショックと恥ずかしさから、思考回路が少しだけこんがらがっていた。

「実地で教えてやっから、ちょっと外出ようぜ?」
「ここじゃ駄目なのか?」
「ここだと誰かに見られる可能性あるだろ? オナニーしてるとこなんて、見られて気持ちいいもんじゃねえからな」



 そんなこんなでジャンとエレンは、教官に見つからないようにしながら建物の外に出る。場所は馬小屋の裏に決めた。ここなら誰も来ないだろうし、どこからも見えないはずだ。

「とりあえずチンコ出せ」
「ああ」

 エレンは恥じらいもなさげにズボンとパンツを下ろす。露わになったエレンのそこは、ジャンのものに比べると少し小ぶりだが、包皮はしっかりと剥けている。まあ、風呂で何度も目にしているものだから、今更なんとも思わないが。

「とりあえず勃たせねえとな」

 ジャンはエレンの背後に回り、肩口からそれを見下ろしながら、エレン自身にそっと手を伸ばした。

「よく触れるな。まだ風呂にも入ってないんだぞ」
「別に。あとから手洗うから大丈夫だよ」

 柔らかな先端を指先で優しく撫でると、エレンの身体がぴくりと反応する。射精を目的として触ったことがないというから、もしかしたら反応がないかもしれないと心配していたのだが、どうやら杞憂のようだ。
 人差し指と親指で棒を擦りながら、空いたほうの手で玉を軽く揉んでやる。するとエレンのそこは巨人化のごとく徐々に容積を増してきて、ついには完全に戦闘態勢へと変貌を遂げた。

「どうだエレン? 気持ちいいかよ?」
「あ、ああ。なんか腰の力が抜けそうになる……」
「知ってたか? ここって触るだけじゃなくて、エロいこと想像するだけでも勃つんだぜ? あと、女の裸なんか見たらすぐにビンビンになるだろうな」
「女の裸? 母さんの裸見ても別に勃つようなことなかったぞ?」
「そうじゃねえよ! 同年代の女の裸だ」
「同年代の女? 考えたこともないな」

 少し信じられなかったが、確かにエレンがそういうやましい妄想をしているようには思えない。巨人を駆逐するという明確な目標以外の邪心はすべて胸の奥深いところにあるか、あるいは故郷に置いてきてしまったのだろう。

「こうやって勃起したら、今度はこういうふうに手で軽く握って擦ってやるんだ。摩擦で痛けりゃこうやって」

 ジャンは自分の掌に唾を吐き、再びエレンの肉棒を握る。

「唾を付けときゃ擦りやすくなるんだ」
「くっ……」

 硬くて熱くなったものを扱き始めると、たちまちエレンの呼吸は乱れ始め、時折呻くような声を漏らした。

「エレン、声我慢しなくていいぜ? ここなら誰にも聞こえはしねえ」
「べ、別に我慢なんか、してねえ――あっ!」

 彼が意地を張ろうとしているのだとすぐに理解したジャンは、それを崩してやろうと、先端を手で包み込んでぐりぐりと弄り回す。途端にエレンの口から甘さを孕んだ声が零れ、してやったりとジャンは密かにほくそ笑んだ。

「いい声出すじゃねえか、エレン。そんなに俺の手はいいかよ?」
「うっせ! 黙ってやれよ、ジャンの馬鹿! うあっ!」

 耳たぶに噛み付けば、エレンの減らず口もすぐに嬌声へと変わった。いつも格闘術では彼に簡単にねじ伏せられてしまう自分が、こうして彼を喘がせていることが、ジャンにとっては快感だった。
 気に入らない相手に扱かれて、いったいエレンはどんな顔をしているのだろうかと、ジャンは耳を舐めながらこっそりと盗み見る。

(おい、なんだよ、それ……)

 いつもは真っ直ぐで、まるで常に目の前に目標を見ているかのような強い眼差し。それがいまは気持ちよさそうに細められ、時折ギュッと瞑っては甘い声を漏らす。一言でいうなら、すごく色っぽかった。
 初めて見るエレンのそんな表情に、ジャンはどうしようもないくらいの興奮を覚えた。すっかり縮こまっていたはずの股間が徐々に鎌首をもたげ始め、たちまち下着とズボンを押し上げる。

(なんてエロい顔しやがんだ、くそ)

 童顔で、目がクリッとしていて、確かに可愛いのかもしれない。けれどいままで一度もそういう目で見たことがないのに、急になんだというのだろう。
 きっと、さっき寸止めされてしまったのが悪いのだ。それで欲求が蓄積されて、エレンが喘ぐ姿が扇情的に思えてしまうに違いない。

「ジャンっ……んっ、あっ、……気持ち、いい」

 でも頭はちゃんと、いま自分の腕に抱きしめているのがあのエレンだとわかっている。わかっていながら、興奮するのを抑えられなかった。
 ジャンのあそこはついに最大の硬度まで達し、溜まった欲望を吐き出したいとうずうずしている。ジャンはそれを本能的にエレンの尻に押し付け、いやらしく腰を動かした。

「ジャン、なんか、硬いものが当たってるぞ……?」
「気にすんな。おまえはオレの手の感触に集中してろよ」

 そもそもはエレンの弱みを握ろうと思っていただけのはずなのに。それがいつの間にか彼を気持ちよくしてやりたいと、別の目的に変わってしまっている。
 エレンは、ジャンが密かに想いを寄せているある女性と親しい。それがすごく気に入らなくて、更に考え方の不一致もあっていつも一方的に目の敵にしてきた。けれどいまはそんなエレンが愛らしく感じられて仕方ない。ジャンの腕に抱きしめられ、性器を扱かれ、エロい顔をしながらいやらしい声を出す姿が、堪らなく愛おしいと思った。

「ジャン……なんか、出そうっ」
「いいぜ。そのまま出してみろ」
「でも、ジャンの手が、汚れる」
「オレの手なんか気にすんな。どうせお前の先走りでとっくに汚れてんだから」

 扱く手を速めれば、エレンの身体に回していたジャンの腕を彼は強く握った。

「出、る――あっ!」

 そして彼が息を詰まらせた瞬間、先走りとジャンの唾液でぐちょぐちょになったそこから白濁が勢いよく飛び出した。

「あっ……くぅ……うっ」

 一度や二度に留まらず、勢いこそ徐々に衰えていったものの何度も白濁を吐き出す、エレンの性器。これほどまでに溜めておいて、よくもまともな精神でいられたものだとジャンが感心するほどの量だ。
 初めて体験する射精の感覚に疲れたのか、エレンはジャンに身体をもられさせてくる。態勢が悪いのもあってジャンはそれを支えきれず、そのまま後ろに倒れ込んだ。

「わ、悪い、ジャン。なんか力が抜けて立てなくなった」
「……まあ、初めてならそうなっても仕方ねえよ。それより、気持ちよかったか?」
「ああ。すっげえ気持ちよかった」

 エレンの性器も、それを握っていたジャンの手も、白濁塗れで大変なことになっている。けれどジャンはたいして気にすることもなく、黙って彼の身体を抱きしめていた。

(……って、なんでオレはエレンを抱きしめてんだ?)

 用が済んだならさっさと手を洗いに行くなりすればいいのに、どうしてこんな事後の恋人みたいなことをしているのだろうか?

「……これを自分で定期的にやっとけば、朝起きたらパンツに出しちゃってました、なんてこともなくなるだろうよ。あと、やるならこっそりやれ。オナニーってのはそういうもんだ」
「わかった。ありがとう、ジャン」

 エレンに礼をいわれるなんて、もしかしたら初めてのことかもしれない。いままではずっと顔を合わせれば口論ばかりしていたし、そうでなければ互いに関わることもしなかった。
 けれど今日からは違う。少なくともジャンの中には、いままでの「気に入らない死に急ぎ野郎」というイメージとはまったく別の、何か熱くて切なくなるような感情が芽生えていた。

(違う。これは、絶対恋なんかじゃない。ただの……)

 ただの、なんだというのだろう? 好意? いや、そんな生温いものではない。

(くそっ……エレンのくせに、エロい顔すっから、こういうことになるんだ)






続く……かもしれない





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