ジャンは可愛くてカッコイイ。

 それは世界の常識であると、俺ことライナー・ブラウンは割と本気で思っている。

 ジャンの魅力を上げればきりがねえ。
 でも一番はやっぱりあの顔かな。馬面なんて馬鹿にするやつもいるけど、104期生の中じゃ一番男前な面してるじゃねえか。あのきりっとした目とか最高に好きだな。

 それからあの胸から腰にかけてのライン。すきっとして細い印象を受けるが、胸や腹にはちゃんと筋肉がついていて、それが俺にはずいぶんと扇情的に感じられた。

 あとはケツだな。ズボンの上からじゃあんましわかんねえけど、あいつのケツってプリッとしてて触り心地がよさそうなんだ。いったい何度あのケツに手を伸ばしかけただろうか?

 そんなジャンに恋をしてるなって気づいたのは、いったいいつだったかもう覚えてねえ。いつの間にか強烈に好きになっていて、いつの間にかオナニーのオカズが常時ジャンになっていて、そしていつの間にかあいつを俺だけのものにしたいと思うようになっていた。

 ジャンが好きだ。でも俺もあいつも男だし、何よりジャンには好きな女がいる。だからこの恋はきっと成就することなくひっそりと終わっていくんだろう。俺はそう思っていたんだが――




 馬鹿な恋でも、恋は恋



01. 自分の気持ちを、正直に伝えよう

 開け放たれた部屋のドアの向こうを見て、俺の心臓は危うく止まりかけるところだった。
 俺のベッドの上に誰かいる。いや、誰と問わずともその独特の刈り上げを見間違えるはずがない。そう、ジャンだ。
 ジャンがただ俺のベッドの上にいるってだけなら、俺もそこまで驚きはしねえ。問題はやつが今手に持っているものだ。あれは俺が今朝買ってきたエロ本じゃねえか! しかもただのエロ本じゃなく、マッチョな兄貴たちのやらしい身体が満載の、ホモ向けのエロ雑誌だ。
 枕の下にちゃんと隠しておいたはずなのに、なんでばれたんだ!? いや、あいつがさっきまでいた向かい側のベッドからじゃ、隠す動作も丸見えだったんだ。読書に集中しているみたいだったから大丈夫と思っていたが、ばっちりと目撃されちまっていたらしい。そりゃ、年頃の男なら、同じくらいの歳の男がわざわざ隠すようなもの、見たくなって当然だよな。

 はあ、俺の人生終わったわ。

 あんなもん見たら嫌でも俺の性指向がわかっちまうよな。ジャンってあんまり口堅そうじゃねえから、すぐに噂が広まって、俺の“みんなの兄貴”的地位も一気に“変態ホモゴリライナー”に成り下がっちまうだろう。
 とりあえずなんとかしてごまかそう。そうだ、ベルトルトに買ってくるよう頼まれたって言おう。……いや、駄目だ。それはあんまりにもベルトルトが可哀想だし、俺は泣きながら巨人化したベルトルトに一番に踏み潰されちまうに違いねえ。
 ならどうする? ネタとして買ってみたとでも言ってみるか? つってもそんなバレバレの嘘をジャンが信じるとも思えねえ。

 いや、待てよ。逆にこの状況を利用できるんじゃねえか?

 そもそも人の買ってきたものを勝手に開けて見るなんて、非常識にもほどがある。躾のなってないやつにはそれなりの罰が必要だろう。それもとびきりのやつが。そう、たとえば身体で罪を償わせるとかな。
 よし、それだ。それで行こう。少々手荒なことをしなきゃなんねえけど、そんなのジャンの自業自得だし、何よりいい加減あの身体に性的な意味で触れたい。心に残ったわずかな良心の警告も無視して、俺はジャンしかいない部屋に入る。

「おい、ジャン」

 名前を呼ぶと、スレンダーな身体がピクリと震え、手に持っていた俺のゲイ雑誌が床に落ちた。

「何、人のもの勝手に見てんだよ?」
「ラ、ライナー……」

 俺のほうを向いたジャンの顔は、まるで巨人に遭遇したかのような怯えた表情をしていた。う、そんな顔されると優しくしたくなるけど、せっかく巡ってきたチャンスをものにするには心を鬼にしなければならんだろう。

「わ、わりい。わざわざ隠してたから、てっきりマニアックなエロ本でも入ってるのかと思って、つい勝手に開けちまった」

 まあ、ある意味でマニアックなエロ本で正解だけどな。ジャンのことだからたぶん、それをネタに俺をからかうつもりだったんだろう。まったく、けしからん。

「だ、誰にも言わねえから。その本のこと」
「そんなの当たり前だろう。もし口外したら踏み潰すからな。それよりジャン、人のものを勝手に漁っといた、謝るだけで済むとでも思ってんのか?」
「じゃ、じゃあライナーの分の水汲み、オレが一ヶ月代わってやるよ! それでいいだろ?」

 俺の怒りのオーラ――別に怒ってねえけど、頑張って出している――を感じ取ったのか、自分大好きなジャンにしては珍しく、自分からなかなかに面倒な罰を提言してきた。
 ちゃんと自分が悪いってわかってんなら見逃してやりてえところだが、俺はもうジャンをどうにかしちまおうと心に決めている。だから優しさを見せるわけにはいかない。

「ぬるいな。自分のものを勝手に見られたあげく、性癖まで知られちまったんだ。そんなもんで気が済むわけないだろ」
「じゃあ、どうしろってんだ? 土下座でもしろってのか?」
「いや、そんなことはしなくても、一発で赦してもらえる方法があるぜ?」

 さて、ここからが本番だな。手際よくやらねえと、一瞬の隙を突かれてジャンに反撃されちまう。俺はこれからやることを今一度頭の中でシミュレーションし、抜けがないか再確認する。

 よし、やろう。男には引けない状況ってもんがある。それが今このときだ。

 俺はジャンとの間合いを一瞬で詰めると、ベッドに座っていたスレンダーな身体をシーツの上に押し倒した。すかさず両手をまとめて拘束し、ジャンの身体に軽く体重をかけて身動きがとれないようにする。

「ラ、ライナー!?」

 いきなりのことに驚いたジャンが、悲鳴のような声を上げた。

「何すんだよ!?」
「何って……その本見たんなら、俺が何をする気なのかなんとなくわかるんじゃねえのか?」

 おまえがたった今落とした本には、男同士で盛り合っているイラストやらがたくさんあったはずだ。だから言わなくてもわかるだろう?
 案の定、賢いジャンはすぐに察したらしく、その男前な顔を見る見るうちに青くしていった。

「じょ、冗談だよな……?」

 本気で怯えきった表情に、このまま冗談で済ませてやろうかという気持ちにもなる。だが、ここで優しくなれば目的を果たすことは一生できなくなるだろう。だから簡単に諦めるわけにはいかなかった。

「身体で償うって方法もあるだろ? それなら一発で赦される」
「も、もっと他の方法もあるだろうが!」
「躾のなってないやつにはそれなりの罰が必要だ。甘んじて受け入れるんだな」
「やめろよ馬鹿! 洒落になんねえぞ!?」
「別に、洒落で済ませるつもりなんてねえから」

 どうせジャンは俺のものになんかなったりしない。ならここで俺の好きなようにしたって罰は当たらねえはずだ。――いや、もちろん俺とジャンの間に今まであった友好的な関係はなくなっちまうのかもしれないが、もう後戻りはできねえ。
 男らしく整った顔立ちに、俺は自分の顔をずいっと寄せる。その瞬間にジャンがじたばたと暴れ出したが、体格差的にも態勢的にも無意味な行為に終わった。
 薄くて形のいい唇だ。荒れてるところもないし、むしろ少し湿り気があってキス欲をそそる。その唇に自分の唇を重ねることを、いったい何度妄想したっけな?
 柄にもなく、今すげえドキドキしてる。俺にとって初めてのキスで、相手は愛しのジャンだ。そうなって当然なのかもしれねえ。

「ジャン……」

 しばらくするとジャンは諦めたのか、一切抵抗しなくなった。キスするなら、もう今しかない。俺も覚悟を決めて、自分の唇とジャンの唇との間にあった十センチ程度の距離をゆっくりと詰めていく。
 だが――あとほんの数センチで重なり合うというところで、俺は動きを止めた。なぜならジャンの閉じられた瞳から、涙が流れ出していたからだ。

「ジャ、ジャン!?」

 殴られることは覚悟していた。けれどまさか泣かれるとは思ってもみなくて、俺はどうしていいかわからずに一人焦る。

「す、すまん。さすがにからかいすぎた。何もしねえから、泣かないでくれ」
「ひっく……な、なんだよ、冗談だったのかよっ。おまえ、怖いんだよっ。オレ、マジで犯されるか思って、すげえ焦ったんだからなっ」
「わ、悪い……」

 本当は冗談なんかじゃなかったけど、泣いてしまったジャンにはさすがに手を出せない。
 俺は手近にあったティッシュでジャンの濡れた頬と目元を拭ってやり、安心させるつもりでやつの短い髪を優しく撫でてやった。

「ライナーの馬鹿野郎っ……でも、本を勝手に見たのはマジで悪かった。誰にも言ったりしねえし、別に偏見もねえから、安心しろ」
「ああ。俺のほうこそ、怖がらせちまって悪かったな」

 目的は果たせなかったが、これでよかったのかもしれねえ。だってあのままジャンを犯したりなんかしていたら、もう二度と口を利くことはできなかっただろうし、下手すりゃ開拓地送りにされていたかもしれねえからな。さっきまでの俺はちっとも冷静じゃなかった。
 んで、まあこのまま元通りの“ただの仲間”を演じれば、何もかもが平和的に終わったんだろう。だが俺は、ジャンを慰めながらある一つの覚悟を決めていた。

 自分の気持ちを、正直に伝えよう。

 俺がホモだってことは、さっきの一件でジャンにばれてしまった。それならもう、このジャンに対する熱い感情も隠す必要はないだろう。伝えた上で、諦めて次の恋を見つけよう。いつまでも何も変わらないままじゃ、俺だって辛い。だから今ここですべてを打ち明けてしまおう。
 だが、さすがにジャンの顔を見ながらそれを言う勇気はなかった。だからベッドの淵に座り直し、窓の外の景色を見ながら口を開く。

「俺は、ジャンのことが好きなんだ」

 心が焼けてしまうんじゃないかと思うほどの、熱い気持ち。それが行きつく先なんてたかが知れていたが、それでも自分の中から消えることはなかった。諦めたいけど諦めきれず、結局こんなとこまで引っ張ってきちまったな。
 でもなんか、すっきりした。いつも感じていた胸のつっかえみたいなものが、告白した途端に綺麗さっぱりなくなっている。だが、心臓は相変わらずバクバクしたままだ。顔も恥ずかしさだからか、なんだか熱くなってきている。

「気持ち悪いこと言って、悪かったな」

 もう行こう。これ以上ジャンと同じ空間にはいられない。赤くなってるところなんて見られたくないしな。
 一度も振り返ることがなかったから、そのときジャンがどんな顔をしていたのかはわからねえ。驚いた顔をしていたのか、それとも嫌悪を露にしていたのか――いずれにしてそれを確認する勇気は最後まで出なかった。

 俺はただ静かに、後ろ手にドアを閉めるのだった。


■続く■





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