05. 正直なところ不安が大きい 滝のような雨が降っていた。 前に進もうにも、視界が悪くて立体起動では思うように進めない。こうも雨がひどいとアンカーの刺さりも安定しないし、何より障害物にぶつかる危険性が高いため、俺たちは地上を徒歩で突き進むことにした。 「ひでえな、これ!」 「まったく、どこの雨男雨女がこんな雨を呼びやがったんだ!」 俺の少し後ろを歩くジャンが、憎々しげにそうぼやく。 この日は立体起動を使っての実地演習だった。三人一組の班をつくり、ところどころに設置された巨人の模型を攻撃しながら、山を越えた先のガス補給地点に向かい、そこから再びスタート地点に戻るというものだ。 俺たちの班は当初、俺、ジャン、ダズというメンバーだったんだが、ダズが体調不良で訓練に出られず、結局俺とジャンの二人で挑むことになった。ぶっちゃけダズありがとうって感じだな。ジャンと二人きりでいられるなんて俺にはとても嬉しいことこの上ない。 そんな風にうきうきとしていたのも束の間のこと、補給地点に向かう途中で突然大雨が降り出し、いまに至る。これはもう訓練の続行なんぞ不可能だろう。自分の身を守るために任務を中断することも、正しい判断と言えるんじゃないだろうか? 「ジャン! どっかで雨宿りしよう! これじゃ余計な怪我をするぞ!」 「了解! 洞窟みたいなもんがあればいいんだけどな!」 さすがのジャンも点数を気にしていられる状態じゃないと思ったんだろう。俺の提案をあっさりと受け入れ、足を止めて辺りを見回す。 「あの辺木が密集してるみたいだ! あの辺ならなんとかなるかもしれねえ!」 「行ってみよう!」 ジャンが指差したのは二百メートルくらい東に進んだところだ。さっき言ったとおり、木が密集して枝や葉がアーチのようになっている。その奥は山肌に面していて、上手いこと風雨を防げそうだった。 足早にそこに向かうと、さっきは気づかなかったが木と木の間に小さな小屋が一軒建っていて、これで完全に雨に濡れずに済みそうだと安堵する。 てっきり物置小屋か何かと思ったが、中に入るとベッドや机が置いてあり、人が住めそうな空間がそこにはあった。ただ埃の量から察するに、長らく使われていないようだ。 「ひどい目に遭ったな」 立体起動装置をはずしながら、ジャンがそう言う。 「けど、運がいい。近くにこんな小屋があるなんてな」 「まったくだ。タオルもあるようだし、とりあえず着ているものを脱ごう。このままじゃ風邪をひきそうだ」 俺も重い立体起動をはずし、びしょ濡れになった訓練服を脱いでいく。合羽なんか用意してなかったから、下着までぐっしょりだ。 「って、おい! なんでパンツまで脱いでんだよ!」 「こんなの履いてたら気持ち悪いだろう? 乾くかどうかはわからんが、おまえも脱いで乾かしておいたほうがいいぞ?」 「パンツは別にいいだろ! つーか、きたねえもん見せんな!」 「汚くはねえよ。それともあれか? 俺のほうがデカいからってひがんでんのか? それで恥ずかしくて自分は脱げないんだろう?」 「はあ!? 誰もそんなこと言ってねえだろ! わかったよ、脱げばいいんだろ、脱げば」 ジャンって意外と単純だよな。まあ、そのおかげでどうやらジャンのチンコを拝めそうだが。 いままでも風呂やトイレでお目にかかる機会はあったが、そのときはさすがに人目を気にしてじっくり観察することはできなかった。けど、いまは俺とジャンの二人きりだ。何も遠慮する必要なんてない。いつもじっくり見られなくて物足りなさを感じていた分、存分に目に焼きつけておこう。 露わになったジャンのチンコは、大きさこそ人並だが、うっとりしちまいそうなほどに形が綺麗だった。単にデカいだけのチンコより、俺はこういうののほうが好きだな。ああ、むしゃぶりつきたい。 「じろじろ見てんじゃねえよ」 俺の視線に気づいたジャンが、睨みながら手でチンコを隠す。 「好きなやつの裸は見たくなるもんだろ、普通。つーか、男同士なんだから別にいいだろ?」 「おまえの場合は下心があるだろうが」 むしろ下心しかないと言ってもいいかもしれない。 「ジャンはやっぱり、俺の裸に興奮とかしないか?」 「悪いが、いまんとこそれはないな。すげえ身体だとは思うけど。胸なんて貧乳な女よりありそうだ」 「なんなら触ってみるか? 自分で言うのもなんだが、なかなか触り心地がいいぞ?」 「そ、そうなのか?」 あ、あれ? てっきり全力で拒否されるもんだと思っていたが、意外にも食いついてきたぞ? まあ、俺にとっては好都合な誤算だけどな。 「ほれ、こっち来て好きに触れよ」 ベッドに腰掛け、手招きするとジャンはなんの躊躇いもなさげに隣に腰を下ろす。 「じゃ、じゃあ、マジで触んぞ」 たぶんこれは俺に対しての興味じゃなく、単に胸というものがどんなもんなのか気になるんだろう。おそらく童貞だろうし――いや、俺も童貞だけど――、この年頃の男ならまあ正常な思考だな。ただ、女の胸の感触と同じかどうかはわからんが。 ジャンはおそるおそると言った具合に手を伸ばしてきて、俺の胸を覆うように触る。最初はそのまま撫でるように優しく手を動かし、ゆっくりと揉み始めた。 「あんっ」 「キモい声出してんじゃねえよ!」 「すまん。乳首を掠ったから、つい。性感帯だからしょうがないだろう?」 「いや、男が感じるもんじゃねえだろ!」 いやいや、年頃の男なら興味本位で自分の弄ったことがあるのが普通だろ? いや、もしかして俺のほうがおかしかったりするのか? でも、あの気持ちよさを知らないなんてもったいないな。チンコを弄るときほどじゃないが、あのぞくぞくするような快感は堪らん。せっかくだからジャンに教えてやろう。というか、触りたい。 「男でも乳首は感じるんだよ。こうやって擦ったら、チンコがピクピクってなるんだ」 「ちょっ……触ってんじゃねえ!」 俺の指先が乳首に触れた瞬間、ジャンの身体がぴくりと跳ねた。これは素質があるに違いない。 「ほら、気持ちいいだろ?」 「き、気持ちよくなんかねえよ。指が冷てえからびびっただけだ」 「へえ。じゃあもっと擦っても大丈夫だよな? ほれ」 「ちょっ……やめろっ、馬鹿っ」 突起をこねくり回すように指で弄れば、そこはたちまち硬さを増してくる。感じている証拠だ。俺の腕を引き剥がそうとしている手も、上手く力が入っていないようで、小刻みに震えているのがわかる。 俺はそのままジャンをベッドに押し倒した。途端にジャンは驚いたような、怯えたような顔をしたが、それを無視して自分の身体を少し下にずらす。 目の前にあるのは、綺麗な桃色をした乳首だ。純潔そのもののようだと思いながら、これを犯してやりたいと煽られた情欲が心の中から溢れ出す。 俺はそっと唇をその綺麗な乳首に近づけた。迷いなんてない。性的な意味では誰も触れたことがないだろうジャンのそこに、かぶりつくような勢いで口づけた。 「んっ……!」 組み敷いた身体が、再びぴくりと跳ねた。やっぱりジャンも乳首が性感帯で間違いないらしい。 軽く吸いついたあと、舌先で乳首を転がすと、ジャンはそれから逃げるように身体を捩ろうとする。だが、力じゃ俺に敵うわけがない。肩の辺りをがっしりと押さえつけたまま、段々と赤くなってきたそこを虐め続ける。 「マジでやめろって! バカライナーっ」 「気持ちいいくせに、強がってんじゃねえよ。舌が当たるたびに身体はいちいち反応してるぞ?」 俺の腹の辺りに当たっているモノだって、なんだか硬くなってきてるじゃねえか。 これはしていいってことだよな? ジャンも俺に乳首舐められて喜んでるってことだよな? いままで想像でしかしたことのないあんなことやこんなことを、実践していいってことだよな? ジャンの身体……ずっと欲しかった。いったい何度オカズにしただろう。妄想の中で何度めちゃくちゃに犯してやったか、数えきれないほどにはやってしまってるな。 ふとジャンの顔に目をやると、男前なそれはいまにも泣きそうになっていた。そういえば前にもこんな状況になったことがあったな。俺のエロ本を勝手に見たジャンを、お仕置きと称して押し倒したあげくに、キスをしようとした。しかしジャンが泣き始めてしまって、結局キスをすることは叶わずに終わったのだった。 そのときのことを思い出し、膨れていた興奮が急速に冷めていく。あのときジャンが泣いたのは、俺のことが恐かったからだ。いまだってきっと同じような気持ちなのだろう。いくら恋人になったからとはいえ、恐がっている相手を無理やりに抱いていいわけがない。 「すまん……」 名残惜しく思いながらも、俺はジャンの身体からそっと離れる。 「我慢が利かなかった。おまえの裸見てると、やっぱり欲情しちまう」 「いきなり、こええだろうがっ……何の心の準備もしてなかったんだぞっ」 「本当にすまん……。頭冷やしてくる」 ちょうど外も雨が降ってくることだしな。もう一回打たれて、いま暴走しかけたことを反省して来よう。 「おい、どこ行くんだよ?」 ベッドから立ち上がろうとした俺の腕を、ジャンが強く引いてくる。 「外だ。頭冷やしてくるって言っただろ」 「雨降ってんだろうが。物理的に冷やしてどうすんだよ。いいからここにいろ」 「でも、俺はいまおまえを……」 「……一人じゃ寒いんだよ。それに毛布も一枚しかねえし、どっちにしろ寒さを凌ぐには二人で包まるしかねえだろ? だからここにいろ。大人しくオレの湯たんぽになっとけよ」 「湯たんぽってなあ、おまえ……」 「早くしろよ。おまえがくっついてねえと寒くて風邪ひくだろうが。ついでにそこの毛布も取ってくれ」 いいのか? 俺はさっきおまえを襲いかけてたんだぞ? いや、もう完全に襲ってたな。もう一度同じことをしないなんて保証はどこにもないってのに。 だが、ジャンがいいというならそうしよう。今度は本能が暴走しないよう気をつけて、湯たんぽにでもなんにでもなってやる。俺は棚にしまってあった毛布を取ると、それと一緒にジャンのそばに身体を横たえる。 「もっとくっつけよ。隙間があると寒いだろうが」 「あ、ああ……」 ぴったりと密着すれば、ジャンの仄かな体温が伝わってくる。これじゃ俺じゃなくて、ジャンのほうが湯たんぽだな。 ジャンのほうも積極的に俺に抱きついてきてくれるが、嬉しさ半分、もう半分は勃起しないよう努めるのに必死だ。さっきみたいに恐がるんだったら、もう少し考えて行動してほしいもんだ。 「ジャン、俺のこと恐くないのか?」 「別に、恐くはねえよ。さっきはいきなりすぎてびびったけど、ライナーがオレを無理やりにはしないやつだってわかったから、いまは大丈夫だ」 ジャンは俺の胸に額を当ててくる。 「オレだって年頃の男だ。ライナーのやりてえ気持ちもよくわかるし、オレだっていきなりじゃなければ、してもいいと思ってる」 「俺とか?」 「そうだよっ……そう思えるくらいには、おまえのこと好きなんだよ」 その台詞を聞いて、俺の胸がじんわりと温かくなる。 ジャンの口から初めて聞いた、好きって言葉。たった二文字の短い言葉だが、ずっと聞きたくて堪らなかったものだ。 「けど、ミカサへの気持ちがなくなったわけじゃねえ」 だが、心に満ちてきた感動も、次の一言で一瞬にして砕け散る。 「なんでだろうな。希望はねえってわかってんのに、なかなか諦めがつかねえ」 「……そんだけミカサのこと好きだったんだろ」 「でも、ライナーのことだってちゃんと好きなんだぜ? セックスしてもいいって思ってんだ。やっぱりそれは友情とかじゃなくて、恋愛感情なんだろう。オレは……ライナー一筋になりたい。いい加減中途半端なのは嫌だし、ライナーだってやっぱりオレがこんなんじゃ嫌だろ?」 「まあ、そりゃ俺だってジャンに俺のことしか見てほしくねえよ」 ジャンが俺一筋でない限り、やっぱり心のどこかに不安がある。もしかしたらどっかで駄目になるかもしれない。お試し期間が終わったら、ただの仲間同士に戻っちまうかもしれない、と。 「なあ、ライナー。いまからオレのこと抱けよ」 「……何言ってんだ」 「おまえとヤれば、もしかしたらミカサへの気持ちもどっかに吹っ飛んじまうかもしんねえ。そうしたらオレはおまえ一筋だ」 「……それはできない。そりゃあ、抱きたくて堪らねえけど、俺が一番欲しいのはおまえの身体じゃなくて心だ。俺のことしか好きになってほしくないし、セックスするときだって俺のことしか考えてほしくない。けど、いまのジャンは心のどっかでミカサのこと考えちまうだろう? それは嫌だ」 ジャンが中途半端な気持ちでいる限り、やっぱりその身体を抱くことはできない。はっきりと俺だけを想ってくれると言ってくれないと、次には進めそうになかった。 「……さっきはオレの乳首舐めながらチンコ勃ててたくせに」 「あ、あれは事故だろ! それにちゃんと途中でやめたじゃないか!」 「はっ! なんとかぎりぎりって感じだっただろうが!」 「うるせえ。さっき俺に好きって言いながら顔真っ赤にしてたのはどこのどいつだ」 「真っ赤になんかしてねえよ!」 「なってた。あれはリンゴも顔負けだな」 「おまえ目がおかしいんじゃねえのか!?」 「でも、嬉しかったぞ。好きって言ってもらえて」 宥めるように頭を撫でながら、俺はジャンの身体を強く抱きしめる。さっきよりも温かくなってきたな。これはホントに湯たんぽみたいだ。 お試し期間が終わるまで、あと十日と少し。それまでにジャンの気持ちを完全に掴み取れるかどうかはわからないし、正直なところ不安が大きい。だが、毛布に二人して包まり、抱き合っているこの時間は、どうしようもないくらいに幸せだった。 |